サカキ様達がいなくなって、俺の世界はまた色を失った。
元々色なんてわからないが、先に見えるだろうと期待していた世界の色が、暗闇に戻った。
しかし、マスターも、ジュンサーへ捕まらずに生き残った団員も、諦めなかったのだ。
いつか彼等は帰ってくる。
その時の為に、俺達はロケット団という居場所を守らなくてはいけない。
絶望の中に、小さくとも輝かしい希望が生まれた。
俺達は奮闘した。
周到に水面下で準備を進め、漸くその希望が現実になると、そう思ったのに、
――またしても、今度は違う一人の少年によって、夢は砕かれたのだ。
前よりも団員は減り、サカキ様の代わりに最高幹部として俺達を率いてくれたアポロ様は、マスターに命令とは別の頼み事をした。
シルバー様――サカキ様の御子息であり、スミレ様の弟君である彼を探して欲しいのだと。
快くその頼みを引き受けたマスターが、ロケット団から自らの足で出ていってしまったシルバー様を心配していたことは知っていたから、当然のことだと俺もボールの中で頷いた。
それから暫く、俺達は世話焼きな爺さんの家に居候することとなった。
その爺さんはかなりのお人よしで、良い奴だ。俺もまた、彼にはそれなりに懐いていたんだ。
暫く経って、マスターがシルバー様の情報の尻尾を掴んだ。マスターは爺さんに会わずに出ていくらしく、置き手紙を書きながら俺に言った。
「ズバット、お前はここに残れ」
嘘だろ?
そう聞きたいが、声が出ない。俺はそれだけ動揺していたんだ。
「お前も爺さんに懐いてたしな・・・ロケット団がこの先どうなるのかは、誰にもわからねぇ。だからお前だけは、普通の場所で幸せになってくれ」
なんて、なんて残酷な優しさ。
瞳があれば、俺はきっと涙というものを流していたに違いない。
マスターがいなくなり、爺さんと俺の一人と一匹の生活。
温かさのある時間だが、俺の心は萎びたまま。
――ロケット団に、帰りたい。
マスターと、スミレ様やシズル様、ペルシアン様に、アポロ様やランス様、アテナ様、ラムダ様、捕まらずに逃げきった下っ端の仲間達。
みんなに――会いたい。
夢を、希望を、追い求めていたあの場所が、悪だと罵られようが"ロケット団"という存在が、俺の居場所だったのに。
全てを諦めかけたある日。
――再び、俺に希望が戻ってきた。
「久しぶり、ズバット」
長らく聞かなかった声。
ロケット団やシルバー様が――俺が捜し求めていた、花。
スミレ様が、帰ってきた。
声の高さは変わらないが、大人のような話し方をするようになったスミレ様。
シズル様やペルシアン様――キンカ様は相変わらず、エンジ様という新しいスミレ様の手持ちも増えていた。
一緒に来るか?と聞かれた俺の返事は、当たり前かのように決まっている。
もう一度、ロケット団に。
もう一度、俺の居場所へ。
しかし、俺は気付いてしまったのだ。
約三年前よりも大人びたスミレ様。けれど彼女の声には、昔と違う傷がある。
きっと、いや、絶対に、あの少年が起こした最初の終わりが原因だろう。
スミレ様がロケット団を何より大切に思っていたことを、俺は知っているのだから。
スミレ様との旅は最初から驚きの連続だったが、俺はただ本当に嬉しくて仕方がなかったのだ。
――だからこそ、油断していた。
俺が生まれた場所と似たような匂いのする場所で、いきなり襲われた。サンダースとマルマイン、相性は最悪だ。
ボロボロになった俺が意識を失う直前に聞いたのは、スミレ様の泣いてしまいそうな声と温かな体温。
俺が傷付くことがいやだと言ったスミレ様。
俺はその優しい約束を守れなかった。
正直、マスターとスミレ様という選択を問われた時、俺に答えることはできなかったし、もしもマスターが俺を再び必要だと言ってくれるのならば、俺はマスターを選んでしまうのだろうと思っていたのだ。
――だけど、震える手でボロボロな俺を抱き上げるスミレ様を、泣きそうな声で俺を心配するスミレ様を、
――俺の知らない、それでも深い傷を抱えているスミレ様を、
――守りたい、と。
俺なんかでは僅かな支えにしかならなくとも、傍にいて差し上げたいと、心の底から思った。
強い光に、包まれる。
体験したことはなくとも、何となく気付いた。
――ああ、俺は、進化するのだ。
柔らかな光、徐々に浮上していく意識。
生まれて初めての瞬きというものをした後、一番最初に瞳へ映ったのは頬を濡らした愛らしい少女。
――そう、彼女が、
「スミレ・・・さま・・・」
「ゴル・・・バット・・・?」
「・・・人の涙の色は・・・美しいのですね」
スミレ様の白い頬を濡らす涙というモノは、まるで、マスターから聞いたことのある透き通る海のようだと思った。
初めての色彩
それは、貴女が俺の為に流してくれた優しい色
2011.11.23