――深い、ふかい、

誰かから聞いたことのある深海という場所で暮らす生物のように、俺はそうして闇で生きていくと決意した祖先から時代を跨ぎ、生まれてきた。

生まれる前は、真っ暗だった。生まれてからも、真っ暗だった。

俺は"ズバット"という種族の生物で、生まれた時から瞳を持たなかった。

洞窟で暮らしていた頃、ズバットから進化しゴルバットになった仲間は言った。


『目が見えたって、真っ暗さ』


それが洞窟の中だからということなのか、世界のことを言っていたのか、その後洞窟に訪れたトレーナーと遭遇し、瀕死のまま放置され死んで行った彼に真意を確かめることはもうできない。

彼が死んでから、俺はロケット団による大量捕獲で捕らえられた。実験用に研究室送りとなった仲間もいれば、俺は運よく新人ロケット団への配布用に選抜された。

俺の主人は、変わった奴だ。
ロケット団という組織に属している時点で変わった人間だが、彼はロケット団の中でも変わった人間だった。

才能のあった彼はすぐに地位を上げ、最初に配布された俺のようなズバットでなくとも好きなポケモンを持てるようにまでなった。
彼――マスターは、直属の上司の影響か酷くドガースがお気に入りで、用無しになった俺は野性に帰されるか、実験用としてアテナ様の元へ送られるのだと思っていた。

――しかし、予想は見事に外れたのだ。

俺はマスターのポケモンとして、ベルトからボールを外されることはなかった。
バトルには中々出して貰えないものの、マスターはあらゆる任務で訪れた先、俺をボールから出して言うのだ。


「今はなー、トキワシティってトコにいんだ。なーんもねーけど、空気がうまいよなー」

「ここはクチバシティっつって、水平線に落ちる夕焼けが綺麗・・・ってもお前に色はわかんねーのか!まぁ、とにかく暖かい色だ!で、あったまる景色!ザザーンってな!ひゃっひゃっひゃっ!」


俺には目がないのに。
マスターは色々な場所の景色を声という音にして、香りという風にして、言葉という記憶にして教えてくれた。


「ズバット、あのな・・・今日はロケット団の・・・この城の姫君に会うからな〜。緊張して超音波なんか出すなよ!ひゃっひゃっひゃっ!」


マスターから度々聞いていた"ロケット団の姫君"。
マスターがとてつもなく憧れ、そして最も尊敬している"サカキ様"の御令嬢がいるといることは知っていた。だが、その御令嬢に会うのは始めてだ。
しかし、俺はそんな地位の高いニンゲンに会うことへ極度の緊張を持ちながらも、それ以上に喜びを感じていた。

マスターが好き好んで所有しているドガース達ではなく、御令嬢へ紹介する相手に俺を選んでくれた。
マスターは表面上人当たりの良い性格ではあるが、信頼している者にしか心の鍵を開かない。

俺は、そんなマスターから御令嬢への挨拶を許された唯一の手持ちだったことに、優越感よりもとてつもない喜びを感じたんだ。




スミレ様と出会ったのは、タマムシにあるロケット団のアジト。どうやら応接室であるそこに、入ってきたのは一人の少女と若い青年、そしてサカキ様の相棒であるペルシアン様。

――それが、スミレ様との初めての邂逅だ。

無言を貫く青年を余所に、ボールから出された俺はマスターの肩に乗りながらとにかく緊張していた。


「ひゃーくん、かれがあなたのあいぼうのズバット?」

「はい、お嬢様。今日はこいつの紹介でも・・・と思って。お嬢様が会ってみたいと言ってましたし」

「そうなの・・・ありがとうひゃーくん!かれは、ひゃーくんのたいせつなパートナーなのね」


目は見えないけれど、彼女が柔らかく微笑んだことはわかった。目の見えない俺にとっては、こういった心の言葉に敏感だ。



「ズバット、まだまだいたらない、ただのオンナというにんげんだけど、よろしくおねがいしてね」

『はい、こちらこそ・・・マスターをよろしくお願いします』


人間にポケモンの言葉が通じないことは知っていたが、俺は気付けばそう口に出していた。


「モチロン・・・といっても、ひゃーくんはつよいから、わたしじゃむずかしいけどね」


ふふふ、楽しそうに笑った少女に、俺は心底驚いた。彼女の言葉は、明らかに俺へと向けられた言葉だったのだ。


「・・・スミレ、ズバット固まってる」

「あ!ごめんねズバット!いましゃべったのがシズルっていうわたしのだいじなヒトで、わたしはスミレっていうの!」

『スミレ・・・様、は、俺の言葉が、わかるんですか・・・?』

「?、あれ、ひゃーくんズバットにわたしのこといってなかったの?」


スミレ様がそうマスターに聞くと、マスターは「ひゃひゃひゃ!」と楽しそうに笑いながら言った。


「言ってませんよ、お嬢様。コイツが驚くと思って黙ってたんです」

「もう!ひゃーくんったら、いじわるなのね」

「嬉しいことで驚かせるサプライズってやつですよ」

「・・・ひゃーらしい、ね」


そして、マスターは俺に教えてくれた。
サカキ様の御令嬢であるスミレ様は、生れつきポケモンの言葉を理解できること。シズル様はサカキ様やスミレ様から最も信頼されている団員だということ。(会うことは出来なかったが、シズル様と同様の立場を持つマシロ様という方もいるらしい)

スミレ様達との会話は、とても楽しかった。
ただ恐ろしいのだと思っていたサカキ様のペルシアン様は良い意味で期待を裏切り優しい方だったし、シズル様は無口だが気配りがすごく上手い。
そしてスミレ様は――まるで、ロケット団という闇を背に立つ場所の中、可憐に咲く一輪の花のようだと、思った。
花というものを見たことはないが、綺麗で可愛らしくて良い香りがして、とても素晴らしい植物なのだとマスターが教えてくれたことがあったから。スミレ様は、そんな"花"というものによく似ている。

――もしも、俺がゴルバットに進化して、瞳を得たのならば、

一番最初はマスター、そして次にはスミレ様を見てみたいと、心底思ったものだ。


「お嬢様の能力は、ドガース達には内緒だからな?」


会話を終えて部屋を出たマスターは、俺に笑ってそう言った。だから俺は、『勿論です!』と大きく答える。マスターにはただの鳴き声にしか聞こえていない筈なのに、彼には俺の返事の意味がわかったようで、頭を撫でてくれた。

それから俺達は、時折スミレ様達とお茶会をするようになった。
数える程ではあるが、マシロ様にも会った。

スミレ様は幼いながらも流石ロケット団の御令嬢というように、底知れない優しさと一緒に冷徹さも心に持っている。それがまた面白いのだ。
そして彼女は、俺が今までずっとマスターに伝えたかった気持ちを人間の言葉に変えて通訳してくれた。


「ひゃーくん、ズバットね、あなたのことがだいすきなんだって」

「ひゃひゃひゃ!なんか愛の告白みてーだなぁ・・・
ま、そんなの知ってるぜぇ、何せ俺の相棒はお前なんだからな!」


嬉しかった。ただただ歓喜が心を満たした。
昔死んだ仲間のゴルバットは目が見えても真っ暗だと言ったが、俺にはきっと極彩色という色に見えるのだろうと、そう思った。


その、矢先だ。

――ロケット団が一人の少年に破れ、サカキ様を始めとしたスミレ様に、シズル様、マシロ様、ペルシアン様が行方不明となってしまったのは。




2011.11.23



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