「うわ、暗い・・・」


暗闇の洞穴に入ると、予想以上の暗さにスミレは思わず呟いた。


「シズル・・・は、トレーナーがいたら困るから・・・キンカはフラッシュできたっけ?」

『ええ、任せてください』


キンカは言葉の通り辺りを照らす。フラッシュは使用するポケモンの強さによって威力が変わるが、キンカのフラッシュは電気タイプのポケモンにも劣らない強さで、エンジが眩しそうに小さな手で糸目を擦った。


「どのくらいまで行けばシズルの模擬バトルできるかなぁ・・・」

『スミレ様、俺が先に行って見てきます』

「、いいの?」

『こういう場所は得意なんです』


少し声のトーンを高くしてそう言うズバットは、どこか楽しんでいるようだ。もしかしたら、生まれはこういう洞窟のような場所だったのかもしれない。
ロケット団に所属している者は、人もポケモンも過去を語りたがらない。望んで所属していない者は別だが、ロケット団が好きなこのズバットの過去は恐らく誰も知らないだろう。


「じゃぁ、お願いね」

『はい、スミレ様』

「危ないことがあったら、すぐに戻ってくるんだよ」

『勿論です!スミレ様に危害を加えるようなことは「違う違う」・・・え?』


キョトンとするズバットに、スミレが苦笑する。


「ズバットに何かあったら嫌だもの」

『、え・・・』

「怪我、しないでね」

『は、はい!』


嬉しそうに颯爽と飛んでいくズバットを見て、キンカが呟いた。


『・・・お嬢様に心配して頂けるのは、私たちの特権ですね』

『?、何で俺達だけなの?』

『スミレ様は自分が認めた者以外、基本的には無関心なのですよ』

『え!そうなのか!?』

「そこまでじゃないと思うけどなぁ」


眉をしかめるスミレに、シズルが「・・・そこまでだから、向こうでも友達いなかったよね」と言う。確かにその通りなので、スミレはぐうの音も出ない。


『じゃあ、俺もズバットの兄ちゃんもラッキーだな!』

「そう?」

『スミレの優しい所知らないなんて、悲しいもん!』

「・・・エンジってなんでそう可愛いことばっか言うかなー」


頭の上から腕にエンジを抱えなおし、苦笑するスミレ。しかし、その顔はどこか照れ臭そうだ。
のほほんとした和やかな空気でズバットの帰りを待っていると、


「!」

「今のって・・・」

「ズバットの声・・・」


奥の方から小さく悲鳴のような声が聞こえた。


「キンカ!」

『はい、お嬢様』


スミレは素早くキンカに跨がり、暗闇の中を駆ける。エンジはスミレから落ちないようにしがみつき、シズルはキンカに遅れを取らないよう走った。






「ズバット・・・!!」


キンカの耳を頼りに来た場所では、エリートトレーナーだと思われる少年二人がズバットにサンダースとマルマインを向けている。どちらも飛行タイプであるズバットには相性の悪い相手だ。
ズバットは電磁波を食らって麻痺してしまったのか、地面に倒れていた。「ズバット!」そう叫ぼうとしたスミレだったが、少年の片方が取った行動に思わず絶句した。


「え、ボール弾かれたんだけど」

「誰かの手持ちってことだろ」

「ちぇっ、なんだよー。折角弱らせたのに、むだ足じゃん」

「だな」


捕獲しようと思ったのだろう、弾かれたモンスターボールが転がる。人の手持ちであるポケモンは、その主人が権利を放棄するかポケモンの入ったモンスターボールを破壊しない限り捕まえることはできない。


「クソッ、期待させやがって」


動けないズバットに近寄り、蹴り飛ばした少年。
スミレはキンカから飛び降り、一目散に駆けてその少年を突き飛ばした。


「っ、んだよアンタ!」

「・・・!・・・ズバット!!」

「そのズバットのトレーナーだろ。野放しにしてたアンタが悪いんだ、悪く思うなよ」

『・・・、・・・・・・、』


動けないズバットを、優しい手つきで抱き上げるスミレ。そうして見ると、ズバットは"弱らせた"なんていうレベルではなく、瀕死状態といってもおかしくはない程にボロボロだった。


「なに・・・ごめんね、きこえなかった・・・」

『・・・、・・・ま、・・・せ』

「そうだぜー、ボール無駄にした俺の気持ちも考えて欲しいよなー」

「ボールもタダじゃないからな」

「ズバット・・・?」




『・・・スミレ、さ、ま・・・やくそ、く・・・やぶって・・・すいま・・・せ、ん・・・』




がやがやと騒ぐ少年二人の声など、もうスミレには届かない。
スミレの脳裏にフラッシュバックするのは、彼女の人生で最も最悪な日。

仲の良かった幼なじみによって次々と倒れていく仲間達――否、家族。

スミレの中の、何かが切れる音がした。


「・・・シズル、キンカ」

『・・・はい、お嬢様』

「ん」


底冷えするような冷たい声に、エンジが震える。
彼女が怒っていると誰にでもわかるような、少女である見た目からは信じられないような威圧感――殺気に、少年二人も口をつぐんだ。


「シズルはサンダースとマルマインを守って」

「わかった」

「キンカ、アイアンテール
・・・死なない程度にね」

『御意』


――バガァン!!!!

柔らかそうなキンカの尻尾が、鋼で殴ったような音を立てて少年達を薙ぎ払う。彼もまた――キレているのだ。

払い飛ばされたまま岩の壁に激突した二人は、気絶したらしくピクりとも動かない。シズルに守られていた彼らの手持ちは、その光景を唖然とした表情で見ていた。


「・・・スミレ、電磁波でもかけとく?」

「・・・いや、いいよ。起きたら痛みに耐えながら歩かなきゃいけないんだから」


「こんな洞窟じゃ誰も助けてくれないだろうしね」そう言いながら、スミレは固まっている二匹に近付く。
視線を合わせるようしゃがんだスミレに、二匹はビクりと身体を強張らせた。


「・・・、・・・ごめんね、君達の主人なのに」

『・・・・・・どうして、攻撃した俺達じゃなくてマスターなんだ』

「ズバットに攻撃したのは君達でも、命令したのは彼らでしょ・・・・・・謝らなかったのもね」


ズバットを優しく撫でながら、それでもスミレは俯きながらギリリと奥歯を噛み締める。
それに気付いたシズルが、スミレの肩に柔らかく手を置いた。


「・・・スミレ、行こう。ズバットの治療しなきゃ」

「・・・、・・・そうだね。

それじゃ、私たちは行くから・・・本当にごめんね、貴方達に罪はないのに、こんな洞窟で立ち往生させちゃう」


何も言わない二匹を置いて、スミレはキンカに跨がる。


『・・・ズバットの兄ちゃん、大丈夫なのか?』

「うん・・・ロケット団の子達はこんなことで死ぬ程やわじゃないよ」

『しかしお嬢様、急いだ方がよろしいかと』

「・・・うん、そうだね」

『シズル、貴方も乗ってください』

「ん」


二人と二匹を乗せた重さなど、全く感じさせない速さで走り出すキンカ。
その直前、振り向いたスミレの唇の動きを読み取った二匹は、ただ去っていくスミレ達を見ていた。




「ごめんね」




2011.11.12



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