「いつか父様みたいに強くなって、姉様はおれが守ってやるからな!」
柔らかな赤い髪に、銀色の瞳をキラキラさせてそう言った、可愛い弟――シルバー。
この世界に帰ってきた理由は、ロケット団という家族に、シルバーに会いたくてという理由だった。
そのシルバーが行方不明で、しかもロケット団を・・・父様を憎んでいるだなんて、そんな展開、考えたこともなかった。マシロだって、アポロさん達だって、教えてくれなかった。
――たった三年半の間に、世界は目まぐるしく変わってしまっていた。
「シズル・・・」
「・・・ん?」
「私、なのか、なぁ・・・」
「え?」
「私が・・・シルバーを変えちゃったのか・・・な・・・」
向こうの世界では、十数年の時間を過ごしたけれど、シルバーのことも、ロケット団のことも、忘れたことはなかった。
『なぁ・・・スミレ』
「ん?どうしたの、エンジ」
ふと、ずっと腕に抱いていたエンジが口を開く。
『俺はさ・・・そのシルバーって奴、知らないけど・・・』
「うん」
『寂しかった・・・んじゃ、ねーのかな・・・』
「・・・寂しかった?」
『スミレも、スミレの父さんもいなくなっちゃって・・・寂しかったんだと思う・・・俺だったら、寂しいもん』
「・・・・・・・・・」
『だからきっと、怒ってるだけなんだよ。じゃなきゃ、スミレのこと探さないよ』
そういえば、ズバットがそんなことを言ってたっけ。
シルバーは、行方不明になった私を探していたって。
『だから、さ・・・シルバーって奴探して・・・ちゃんと話してさ・・・何で怒ってるのか、聞こう?でさ、スミレが悪かったら、謝って、仲直りすりゃいーじゃん』
「・・・でも、」
『だってスミレは、スミレの父さんも、ロケット団も、シルバーってやつも、みんな家族で、大事なんだろ?』
「・・・・・・うん」
エンジの言う通りだと思った。ぐずぐずしてても、落ち込んでても、解決するわけじゃない。
そんなこと、父様がレッドに負けて、ロケット団が解散した時から、嫌という程知っていた筈なのに。
私は、あの頃から何も変わっていない。
「・・・スミレ」
「・・・ん?」
「取り敢えず・・・今は泣いとけばいいと思う」
「・・・・・・うん」
エンジを抱きしめたまま、シズルの肩に頭を乗せた。
目の奥が熱くなって、じわじわと視界が歪む。
気付いたら涙を流していた。
ああ、私はこんなにも守られてる。こんなにも、みんなに依存してる。
「みんな・・・大事だよ」
「・・・うん」
『俺らも、スミレが大事だよ』
「・・・ありがとう」
静かに、静かに泣いて、気が付いたら意識を手放していた。
私にとって"シルバー"というのは、あまりにも大きな存在で、ロケット団はかけがえない大切な居場所。
シズルは、まるで本当の家族。長年連れ添ってきた、唯一無二。
キンカだって、そう。
エンジは今日出逢ったばかりなのに、こんなにも私を心配してくれる。
本当、昔のシルバーみたい。
だから、気になったのかな。エンジが傷付いてるのが許せなかったのは、心のどこかでシルバーを重ねて見てたのかもしれない。
それでも、シズルがシズルであるように、キンカがキンカであるように、エンジはエンジで、彼なりに私へ精一杯の言葉をくれたのだろう。
まだ短い付き合いだけど、エンジの"飾らない本心からの優しさ"は、ロケット団首領の娘として生まれて、向こうの世界でもそれなりにスレた私の心へ、温かいぬるま湯みたいに浸透した。
ひゃー君のズバットも「帰りたい」と言ってたみたいに、ロケット団はポケモンで悪いことばかりしていたわけじゃない。
ランス兄様のクロバットみたいに、目に見える形で世間で言う"悪い奴"へ心から懐いてる子もいる。
世間は、それを見ようと、認めようとしないだけ。
みんなポケモンは"道具"なんて言ってるけど、下っ端達はいざ知らず――幹部達や、ひゃー君みたいに私の知ってるロケット団の人達は、そんなことを思ってない。
みんな変にプライドが高いから、そう言っているだけ。
世間に"悪"とされるロケット団は、ポケモンマフィアなんて言われてるけど、ポケモンを大切にしないような奴が取り仕切ってる組織じゃないんだよ。
ただ、純粋に。
父様の、子供みたいな純粋な夢を、みんなで追い掛けてるだけの、家族なんだ。
シルバーがこの三年半で、何を思ったのか。何を考え、父様を恨んでいるのか。
ちゃんと、聞かなくちゃ。
私に解ける誤解なのか、シルバーがシルバーなりに見付けた正義や夢なのか、きちんと知らなくちゃね。
大丈夫、明日からはまたいつもの私で、ちゃんと立ち直ってみせるから。
泣かせてくれてありがとう、私の家族達。
***
夢を、見た。
何だか非現実的なようでいて、温かく懐かしいような、夢。
「・・・んぅ・・・・・・」
「・・・・・・んー」
「ん・・・へ?」
"まだ寝たい"という思考が、一気に振り払われる。
背後から腰に回っている手は、シズルの手。これは長い間寄り添っていた生きてきたからすぐに理解できる。
「んー・・・スミレ?」
しかし私は、目の前で眠たそうにこちらを見上げてくる少年を、知らない。
「だっ・・・・・・」
「?」
「誰だ君はー!!?」
「へ?」
「・・・ん?」
「お嬢様!?」
『スミレ様!?』
寝起きドッキリ。
目を覚ましたら美少年を抱き枕にしておりました。
・
・
・
「エンジ・・・だよね?」
「うん、エンジだ」
今の状況→赤と黄色のグラデーションに少し黒メッシュが入った短髪の、細目で推定八歳くらいの美少年が床に正座。
シズルとキンカはモーニングコーヒーを飲みつつ、こちらの様子を伺っている。ズバットはおろおろしながら、私の肩に着陸。
そんな私は、突如現れた美少年に、視線を合わせて質問中。
「エンジ・・・自分で、何でそうなったか、わかる?」
「いや・・・スミレに抱っこされてそのまま寝て・・・スミレの声で起きたら、こうなってた・・・」
「・・・原形に戻ることは?」
「多分・・・できる・・・」
「そっか・・・でも、まさかエンジまで人化するなんて・・・」
本人が何で人化したのかわからないのなら、どうすることもできない。取り敢えず、協力者のウツギ博士には報告しなければならないだろう。
それにしても、
『キンカ様も人間・・・!?
エンジ様も人に・・・!?
どどどどうなって・・・!?』
ズバットが五月蝿い。
「ズバット・・・」
『はい!スミレ様!』
「もうこの際だから君には教えておくけど、シズルとマシロもポケモンだよ」
『・・・・・・!?・・・!!?』
ズバットが言葉を失うのも、無理はない。
シズルとマシロは、ロケット団で幹部以上の地位にいると思われている。
(まぁ、シズルは私の相棒だし、マシロは神様なんだから間違ってはないけど)
この事実を知っているのは、ロケット団内では私と父様とキンカくらいだろう。
「シズル、元に戻って貰っていい?」
「・・・・・・うん」
シズルの周りを、淡い光りが包む。その先にいたのは――
『ミュッ・・・・・・!!?』
「そうだよ、シズルはミュウツー」
『え・・・えぇえ!!?』
ズバットが混乱している。
それはそうだ、ミュウツーといえば、過去ロケット団によってミュウの遺伝子を使い生み出された、遺伝子ポケモンなのだから。
「シズルは、私の相棒だよ。誰にも言っちゃダメだからね」
『ももも勿論です・・・!!』
「うん、いい子」
ズバットの頭を撫でてやれば、緊張はいくらか解けたみたいだ。
「それに・・・みんなから聞いたけど、ズバットも一緒に旅、するんだよね?」
『・・・、・・・スミレ様に許して頂けるならば、スミレ様の・・・ロケット団の力になれるのであれば、何処までも着いて行きたいです』
キッパリとそう言ったズバットに、心が暖かくなる。でも、一つ問題があった。
「ひゃー君はどうするの?」
『・・・マスターの夢は、俺の夢です・・・マスターの憧れは、俺の憧れ、です』
「・・・・・・すぐには"自分なりの"答えなんか出ないと思うから、ゆっくり考えるといいよ。
ただ・・・決断の日までよろしくね、ズバット」
『、御意』
私の言いたいことを察してくれたひゃー君のズバットは、本当に賢いと思う。
無理に従わなくていい。
無理に合わせなくていい。
私たちは、またゆっくりと、歩き出せればそれでいい。
新しい仲間と疑問
(君達が大好き)
(ただ、それだけ)
2011.06.07