「五ヶ月くらい前かのう・・・家に、居候しとったあんちゃんがおったんじゃ」
「ズバットあげるよ!」という突拍子もない発言が元になり、スミレ達は観光案内してくれたおじいさんの家でお茶を飲んでいる。
理由は勿論、案内して貰った上でのズバットとはどういうことだ、というものだ。
「居候ですか・・・」
「あぁ・・・わしの孫と同じくらいの歳でなぁ、ええ子じゃった」
「はぁ・・・」
「何やら探し人がおるっちゅーことで、わしの家で寝泊まりしながら毎日探索に出とったわ」
ズバットの所以が居候青年の身の上話になっている気がしたが、お年寄りだからしかたがないと、スミレ達は諦めた。エンジだけが目を潤ませているのは、彼が純粋無垢だからだろう。
「その子は、決して名乗らなかった・・・何か理由があるのじゃろう。わしも深くは聞きはせんかった」
「訳ありですか・・・」
「多分、そうなんじゃろうな・・・じゃからわしは、彼の特徴を取って、ひゃー助と呼んどった」
「ひゃーすけ?」
どんな特徴だ、と思った一行だったが、
「"ひゃひゃひゃ!"と楽しそうに笑うのが、なんとも特徴的でのう・・・」
「「『え』」」
スミレ、シズル、キンカの三人は、その台詞に固まった。
随分と聞き覚えのある笑い方、名前を名乗らないポリシー。そして――ズバット。
それが全て繋がるのは、スミレ達の良く知る組織――ロケット団だ。
「・・・おじいさん」
「なんじゃ?」
「その人・・・ドガース溺愛してませんでしたか?変装得意だったりとか・・・」
「!そ、そうじゃ!」
「(やっぱりぃいー!)」
スミレの中で、一人の人物が浮かび上がる。
ラムダ隊の上層部であり、誰にでも気さくな青年団員。名前を名乗らなかったのは、ロケット団下っ端達の共通点だ。スミレでさえ、名前を知らない。
幹部が名前を名乗るのは、何かがあった時に責任を取る立場であり、実力がなくジュンサーに捕まれば人生が終了してしまうような下っ端達への気遣いだ。
幹部という地位を持つ者以外は、全て"下っ端"で統一される。
「ひゃひゃひゃ!」と笑うラムダ隊の青年は、幹部候補でありながらも下っ端だったので、彼と仲の良かったスミレは、彼を「ひゃー君」と呼んでいたのだ。勿論、シズルとキンカも彼には面識がある。
「・・・それで、ひゃーく・・・ひゃー助さんは、どうしてズバットを・・・」
「置き手紙と一緒に置かれてたんじゃ。"探し人が見付かった、このズバットは俺だと思ってくれ。ひゃひゃひゃ!"とな」
手紙にまで書くのか、と突っ込みたかったが、それは本人に言うことにして、スミレは話を促す。
「・・・そうですか」
「しかし、わしももう歳じゃからな。そこまで遠出するでもないし、このままだとズバットが可哀相でのう・・・ひゃー助のように、自由に生きて欲しいんじゃよ」
「おじいさん・・・」
のらりくらり、そんな言葉の似合う団員。人当たりがよく、それでも仕事とプライベートはきっちりと別けられる、有能な青年。
おじいさんは、"R"とロゴの入ったモンスターボールをテーブルに置いた。
シズルやキンカと、同じボールだ。
「・・・おじいさん、ズバットを出しても?」
「構わん」
スミレはそれを手に取り、開閉ボタンを押す。すると、すぐさま宙を舞う藍色の塊。
「・・・ズバット、久しぶりだね」
『!?スミレ様!?』
「元気にしてた?」
『お、俺はこの通りです!』
「・・・お前さん、ポケモンの言葉がわかるのか?」
「ええ・・・生れつきで」
『ななな何でスミレ様が!?シズル様にサカキ様のペルシアン様まで・・・!』
「・・・久々」
『お久しぶりですねぇ。ちなみに今はキンカと呼ばれていますよ』
混乱しているズバットと、スミレがポケモンの言葉を理解していることに驚くおじいさん。
「おじいさん・・・ひゃー助さんもこのズバットも、私達の知り合いです・・・」
「!そ、そうなのか!」
「ちょっと、ズバットと話をしてもいいですか?」
「あ、ああ!構わんぞ!」
了承したおじいさんは、一人別の部屋に移動した。盗み聞きの心配はない。こちらには、耳の良い三人がいる。
「まさか、こんな所で再会するなんてねー・・・」
『スミレ様・・・
ロケット団にお戻りになられたのですね・・・』
「戻ったというかなんというか・・・取り合えず、今はリーグ制覇目指して旅に出たばっかりだよ」
『旅に・・・!?
サカキ様は・・・!?』
「父様は、用事が片付いたら帰って来る。で、今は幹部陣が新生ロケット団再構築中なんだけど・・・ひゃー君の探し人って?」
『・・・・・・・・・・・・』
一気に現状を説明し、そのままの流れで疑問をぶつけると、ズバットは黙り込んでしまう。スミレが首を傾げると、落ちそうになったエンジが悲鳴を上げた。
「ズバット?」
『マスターは・・・シルバー様を探してました・・・』
「え!?シルバーって行方不明なの!?」
『いえ・・・しかし、ロケット団を大層嫌ってるようで・・・』
「あのシルバーが・・・?」
『若様が・・・』
「・・・・・・・・・・・・」
スミレの知っているシルバーは、サカキを何よりも尊敬し、「いつか父様みたいに強くなって、姉様はおれが守る!」が、口癖の可愛らしい少年だ。
それを知っているシズルとキンカも、信じられないという表情をしている。
「三年半の間に何がどうなったっていうの・・・」
『・・・シルバー様は、ずっとスミレ様を探しておられます・・・。そして、サカキ様を憎んで・・・』
「え・・・・・・」
もはや、スミレは言葉が出なかった。
自分がいない間に、たった三年半の間に、自分の知っている世界が別物になってしまっている。その事実が、胸に突き刺さった。
「・・・・・・ズバット、どうする?」
そんなスミレの様子に気が付いたシズルは、ズバットに問い掛ける。
ズバットは少ししゅんとした様子で、囁くように口を開いた。
『俺は・・・やっぱり、ロケット団のズバットです・・・あのじいさんは好きだけど・・・ロケット団に、帰りたい』
「・・・そっか」
『なら、お嬢様の旅に協力してくれませんか?』
『・・・っは、はい!スミレ様とサカキ様の為になるのなら、俺の命の一つや二つ・・・!』
「いや・・・命は守って。スミレが悲しむ」
『・・・!わかりました、シズル様!!』
そうして、仲間が一人増えたのだが、スミレの瞳に光りはない。完全に上の空である。
そんなスミレの肩を抱き、シズルは片言でおじいさんに礼を言うと、全員でポケモンセンターへ歩き出した。
思い出は帰らない
(シルバー・・・私が君を変えちゃったの・・・?)
2011.05.17
まさかのシリアス。こんなはずじゃなかった。