現在、スミレ達一行は29番道路の中間辺りを歩いていた。
キンカは原形姿でスミレの左隣を歩き、シズルは人間の姿で右隣を歩いている。ミュウツーが原形姿で歩き回れば、大変な騒ぎになってしまうからだ。
ヒノアラシは乗り心地がいいのか、スミレの頭の上に乗っている。約八キロしかないヒノアラシだが、頭に乗れば重い。しかし、何事もないかのように平然としているスミレの首が、どうなっているのか謎である。
ちなみに、ウツギ博士から貰った手提げはシズルが持っている。余りのアンバランスさにスミレが吹き出したのは言わずもなが。
「・・・・・・・・・」
『それにしても、この道路はトレーナーが全くいませんね。ポッポばかり出てきますし』
『そうだなぁ・・・あ、俺が倒れてた所、もうすぐだ』
「・・・・・・・・・」
『そうなんですか』
「・・・・・・・・・何で傷だらけだったの?」
『あー、それは・・・「決めた!!」
『『!?』』
「・・・さっきから黙ってると思ったら、何考えてたの?」
ワカバタウンを離れてから、野性のポケモンとバトルをする時以外黙り込んでいたスミレ。呆れたようにシズルが問うと、スミレは嬉しそうに口角を上げた。
「ヒノアラシ君の名前だよ!」
『俺の・・・名前・・・?』
「うん!だって、"ヒノアラシ君"ってさ、種族名じゃない。
人間に"人間さん"って呼んでるのと同じだよ」
『それはそうだけど・・・』
「あとは、私たちの"家族"になった証拠かな。
ヒノアラシは世界に沢山いても、私たちの仲間のヒノアラシは君しかいないんだから」
『・・・・・・!』
「・・・それで、名前は?」
「"エンジ"、なんてどうかなって」
『エンジ・・・』
「漢字で書くと、炎の子か、閻魔の子」
『炎はわかりますが・・・何故、閻魔なのですか?』
「メインは炎の子だよ。閻魔は隠し名みたいな。
復讐を誓ったヒノアラシ君が、閻魔大王みたいに強くなれればなって!」
『・・・そうですか。(強いという意味で閻魔大王に辿り着くとは・・・悪の組織だっただけありますね・・・)』
「で、ヒノアラシ君、どう?」
遠い目をするキンカをスルーして、キラキラした瞳でスミレは頭から腕に抱え直したヒノアラシを見つめる。
しかし、ヒノアラシは俯いたままだ。
「ヒノアラシ君?気に入らなかったなら考え直すよ?」
『・・・・・・ジ』
「え?」
『・・・"ヒノアラシ"、じゃなくて、"エンジ"、だろ?』
「!うん!」
『・・・・・・スミレ』
「なに?」
『・・・ありがとう』
小さな、まるで鳥の囁きのような声だったが、そのお礼はスミレにきちんと届いた。
そんないじらしい姿に胸を打たれたスミレは、思わずその小さな体を抱きしめる。
『ちょ、苦し・・・ッ!』
「これからは、ずーっと傍にいてね、エンジ」
『・・・!任せとけ!』
そうして戯れていると、「ぐぅ」と妙な音がした。音の元は、エンジのお腹だ。
「・・・さっきご飯食べたばっかりなのに、もうお腹すいたの?」
『・・・俺、大食いだから・・・』
「へぇー!代謝がいいんだね。エンジ、きっと強くなるよ!私が保障する!」
『そ、そうか!』
実は、大食いはエンジのコンプレックスだった。前のトレーナーに、「食うだけ食うのに弱い奴だな」と罵られたことが、小さな棘のように胸を刺す。
しかし、そんな棘も、スミレの純粋な一言によって、霧散したようだった。申し訳なさそうな表情を一転、今は嬉しそうにニコニコしている。
「じゃぁ、ちょっと早いけどおやつにしよっか」
道の端、ちょうどよい木陰に入り、腰を下ろす。鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌なスミレだが、
「・・・・・・・・・」
リュックを開いて、固まった。
『・・・お嬢様?』
『どうしたんだよ?』
スミレの反応に疑問を投げる二匹。率先して、シズルがスミレの横からリュックを覗いた。
「・・・うわぁ」
「・・・ラムダさん・・・」
『どうしたんですか?』
スミレは溜め息を吐き、キンカとエンジにもリュックの中身を見せる。
『これは・・・』
『すげー!このリュックどうなってんの!?』
中に入っていたのは、ラムダが言っていた通りの着替えを始め、回復の薬(×約50個)、何でも治し(×約50個)、人間用の救急セットに、野営用のテントと毛布、色んな味の保存が効くポフィンと、高級ポケモンフーズが大量。
極めつけには、札束まで入っていた。
「ドラえもんの四次元ポケットみたい・・・っていうか、ラムダさん・・・」
「・・・スミレ、手紙入ってる」
「ん?あ、ホントだ」
手紙は、ラムダからだ。
何でも、このリュックはアテナの発明品らしく、どれだけ物を入れても重さを感じない優れものらしい。そして、着替えはラムダから、薬類と野営セットはアポロから、お菓子はアテナからで、フーズと札束はランスからだという。
『ロケット団って、悪の組織なんじゃねぇの・・・?』
『団員・・・特に上層部は、お嬢様を溺愛していますから・・・サカキ様が「スミレを取られた気分だ」と嘆かれる程に・・・』
『サカキ様?』
「私の父様だよ」
『父親が嘆くほどって・・・俺、"悪の組織"っていうののイメージ変わった・・・』
「に、任務の時は冷酷なんだよ!」
「・・・ランスだけじゃん」
「だって・・・他に言葉が浮かばなかったんだもん・・・」
とりあえず、ヨシノシティに着いたらお礼のメールを幹部陣に送ろうと決め、スミレ達は早速ポフィンを食べることにした。(スミレは自分で持ってきたアポロチョコレートを食べている)(ラムダから貰った物だ)
『ふぉふぉふぉふぇ、』
「エンジ、口の中の物飲み込んでから喋ってくれなきゃ、何言ってるかわかんないよ」
『んっ、ゴクッ。ごめん。
ところで、サカキ様がスミレの親父ってのはわかったけど、ラムダとかアテナとかアポロとかタンスって誰?』
「「『ぶっ・・・』」」
エンジの最後の一言に、一同は思わず吹き出す。
「あはははは!タンスって誰!タンス兄様とか・・・あはははは!」
「・・・・・・・・・」(フルフル)
『・・・クスクス』
『????』
ツボに入ったらしく、大笑いなスミレと、珍しく肩を震わせて笑うシズルにキンカ。発言元のエンジは、頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
「あはは、はぁー・・・面白かった・・・。エンジ、"タンス"じゃなくて、"ランス"だよ」
『リンス?』
「ぶっ・・・ちが・・・ランス!ランス兄様!ね?お願いだから間違えないでこれ以上笑わせないで・・・!ックク」
『キンカ・・・俺、そんなに面白いこと言った?』
『ええ・・・ランスや他の三名は、ロケット団の幹部なんですよ』
『偉い奴なのか!』
『はい。それで、ランスは・・・』
「・・・・・・ロケット団で最も冷酷な男・・・自称」
『・・・自称?』
「ランス兄様はねー、本当に冷酷な時はかなりの冷酷さんなんだけど、自分で言っちゃうんだよねー。決めポーズ付きで」
『・・・えー』
「真似してあげよっか?」
『見たい見たい!』
はしゃぐエンジの期待に応えて、スミレはリュックからキャスケットを取り出し、目深かに被った。
立ち上がり、背中を向けたスミレに、好奇の視線が注がれる。
「あー・・・あー・・・。
じゃぁ、いくよ!」
『おう!』
「私はロケット団で最も冷酷と呼ばれた男・・・・・・
私たちの仕事の邪魔などさせはしませんよ!」
――クルッ
――ピシ! パチン☆
バッチリとポーズを決め、サービスにウィンクまでしてみせたスミレ。
シズルは震えながら芝生に伏せ、エンジは笑いすぎて呼吸困難に陥っている。唯一、色んな壁を乗り越えたキンカはそれでも笑いながら口を開いた。
『お、お嬢様・・・似過ぎですよ・・・しかも、ウィンクまで・・・』
「ふふ・・・これはもう私の持ち芸だよ。あの父様だって爆笑だったんだから」
『サカキ様・・・お気持ち察し致します・・・』
――その頃、ワカバタウンの外れにある現ロケット団本部では、
「・・・っくしゅん!」
「んだぁ?ランス、風邪でも引いたのかぁ?」
「いえ、平熱ですが・・・」
「誰かがお前の噂でもしてるんでしょうね」
「・・・・・・・・・噂」
「ランス・・・スミレちゃんだったらいいなって思ってるのがバレバレな顔よ」
「なっ・・・!私はそんなこと微塵も思っていませんよ!」
「ムキになるところを見ると、図星ですね、ランス」
「冷酷(笑)でムッツリとか、救いようがねーなぁー」
「あなた達・・・!!」
ランスが盛大にからかわれていた。
我等ロケット団一家
(エンジ、いつかランス兄様に会っても笑わないであげてね)
(・・・・・・善処する)
2011.05.16
冷酷(笑)贔屓。