「・・・イタリアもいいなぁ」


ぼんやりと、大型の液晶テレビを見ながら呟く女性。その小さな呟きを漏らすことなく聞き取った、見た目が十八歳前後の少年は、両手に紅茶の入ったティーカップを持ちながら、キッチンから歩いて来る。


「・・・・・・イタリア語、話せたっけ?」

「日常会話くらいなら」

「・・・あの人は?」

「父様なら、三日前からキンカとアメリカ支社。来年の春までには帰るって」

「・・・ふーん・・・・・・あいつは?」

「相変わらず放浪中みたいだよ。昨日は電話で北海道にいるって言ってたから、近々帰って来るかもね」

「北海道・・・先週は北極にいなかったっけ・・・?」

「ね。寒いとこ好きだったっけ?って聞いたら、雪ばっかり見てたら桜が見たくなったって、さ」

「・・・?今、五月・・・」

「北海道は今頃に咲くらしいよ」

「へぇー・・・」


女性は優雅な動作で紅茶を飲み、少年は女性が見ていたテレビに視線を向けた。チャンネルは女性の好きな旅番組で、今週はイタリアの特集らしい。恐らく、これを見ている内に行きたくなったのだろう。少年は思案する。


「・・・仕事、いつから?」

「明後日」

「明日行く?日帰りで」

「いいね」


うっすらと微笑んだ女性に、少年の脳内にあるスケジュールが確定した。


「・・・出発はお昼からにして、夜中には帰って来よう」

「うん。プランは?」

「・・・スミレが決めて」

「うーん・・・今時期はサマータイムがあるし・・・時差は約八時間でしょ・・・明日までには考えとく」

「わかった」


頭を捻らせ、考えるのはスミレと呼ばれた女性。少年はただ、こくんと頷くだけだ。

周りから見れば、二人の会話は意味が解らないだろう。
二人が居るのは、日本の都心にある高級マンション。今から飛行機の予約を取るのはほぼ不可能であり、しかも日帰りだなど有り得ない。
それでも、少年は夢物語を提案したわけではなく、スミレも彼の妄想に付き合っているわけではない。二人は到って真剣である。

――この二人には、有り得ないことが有り得ないのだ。


「・・・あ、」


突然、思考を中断したスミレに、少年が問い掛ける。


「・・・何?」

「イタリアで思い出した」

「何を?」

「今日の十時に、イタリアの子とポケモン交換する約束してるの」

「・・・あぁ、前のウルガモス?」

「そうそう」

「相手からは?」

「色違いのツタージャ」

「・・・珍しいね」

「ねー。孵化頑張ったんじゃないかな?」

「・・・スミレみたいに?」

「・・・うん・・・5Vのウルガモスみたいにね」

「・・・僕も手伝ったね」

「・・・シズルのDSがフリーズした時はどうしようかと思ったよ」


孵化作業の時に起きた珍事件を思い出し、スミレとシズルと呼ばれた少年は、僅かに顔をしかめる。


「・・・・・・もしさ、こんな感じでポケモンにハマる人が向こうの世界でも当たり前だったら、私たちは"悪"じゃなかったのかな」

「・・・どうだろう、ね」

「想像しようと思ったけど、やっぱり無理だわ」

「・・・僕も」


お互いに苦笑を漏らして、スミレとシズルはぼんやりとテレビに意識を戻した。

二人は、元々この世界の住人として生きていたわけではない。異端者――異邦人なのだ。
ある事件をきっかけに、こちらの世界の住人になった二人。それを知るのは、スミレの家族だけ。
"家族"と言っても、スミレと血が繋がっているのは父親しかいないのだが。

この世界の常識に合わせて、スミレとシズル、他にも"キンカ"や"あいつ"も同じ苗字を名乗っているが、本来は赤の他人であり、擬似家族。それでも、互いの繋がりは普通の家族以上に強い。
この"家族"にとって、家族を表す苗字というものは、どうでもいい常識だ。それは、今も変わらない。

常識が非常識であり、非常識が常識である彼等に、"有り得ない"は通じないのだ。




異邦人の常
"常識"は、くだらないモノ
"非常識"は、日常生活




2011.05.11



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