「僕の研究内容については、知っているかな?」
「申し訳ありませんが・・・」
「そっかそっか。そんなに気に病まないでいいよ。
僕はね、ポケモンの"連れ歩き"について研究してるんだ。スミレちゃんは既に実行しているみたいだけど・・・」
ウツギ博士の視線が、キンカに移る。しかし、キンカはそんな視線も華麗にスルーしていた。
「今の時代、ポケモンをモンスターボールに入れて持ち歩くのは当たり前だろう?
だけど、モンスターボールが発明される前は、みんなポケモンを外に出して、連れ歩いていたらしいんだ。
そう!まさにスミレちゃんみたいにね!」
「はぁ・・・」
「勿論、モンスターボールにはポケモンを持ち運びしやすくするという利点もあるけど、連れ歩くことにも何かしらの意味はあると思うんだよね。
それはもしかすると、ポケモンの成長や進化に関係があるのかもしれない・・・」
「確かに、"懐き進化"がありますし、連れ歩いてポケモンとのコミュニケーションをより多く増やせば、色々な可能性がありそうですね」
「そう!そうなんだよ!スミレちゃんは話がわかるね!
そこで!君にもポケモンをあげるから、それを連れ歩いてみて、ポケモンと人間の間に何か特別な感情や絆が生まれるものか、調べてみてもらいたいんだ!
スミレちゃんはポケモンと会話が出来るし、より研究が捗ると思うんだよ!」
興奮する博士だが、相反してスミレは複雑な表情だ。
「博士の好意はありがたいのですが・・・私は既に相棒がいるので・・・」
「相棒って、そこのペルシアンかい?カントー地方のポケモンだよね」
「キンカは父から譲り受けた、大切な家族です。相棒は別の子ですよ」
「スミレちゃんのパートナーか・・・是非見てみたいな!」
スミレは困り果ててしまった。
相棒のシズルは、ロケット団によって造られたポケモンだ。そのせいか、研究者という人種を嫌っている節がある。
しかも、ミュウツーは世界に一体しかいない、伝説のポケモン並に価値がある。自分の大切な相棒を"研究対象"として見られるのが、スミレはとても嫌なのだ。
うんうんとスミレが考えていると、ピカチュウポシェットに入っているボールがカタカタと揺れた。
『・・・僕は、大丈夫』
ボールの中から、シズルの声が聞こえる。
「でも・・・」
『・・・僕は今、スミレの相棒だよ?・・・仮にも博士なんだから、人の相棒をいじくりまわしたりしないよ』
「シズル・・・」
『・・・お嬢様、シズルを信じましょう』
「う、ん・・・そうだ、ね」
かなり不本意であったが、スミレはシズルの意見を尊重することに決めた。
仲間の意思をできるだけ尊重するというのは、スミレのポリシーだ。
スミレはポシェットからシズルのボールを出し、ウツギ博士を見据えた。
「ウツギ博士・・・私の相棒をお見せする代わりに、条件を出してもよろしいですか?」
「う、うん」
「第一に、彼のことをジムリーダー以外に口外しないこと。特に、研究者には。
第二に、彼を研究対象として見ることで彼を傷つけたら、私は貴方に容赦しません」
「うん・・・わかったよ」
スミレはまじまじとウツギ博士の瞳を見る――その目に、嘘は見えない。
それを確認して、スミレはボールを宙に投げた。
「〜〜〜ッ!!!?」
薄紫の身体に、紫のフォルムとしっぽ。人間に近い身体を持ちながらも、造形物のような美しさ。
「・・・私の唯一無二の相棒シズルは、"遺伝子ポケモン"のミュウツーです」
「ミュウ・・・ツー」
「だから、シズルは連れ歩けないんですよ」
「それはそうだね・・・それにしても、ミュウツーとは・・・僕、初めて見たよ」
「そうだと思いますよ。私がシズルに出逢った時、片手で数えられるくらいしかトレーナーに会ったことがないって、言ってましたから」
「シズル君の片手・・・」
ウツギ博士の視線が、シズルの手に移る。現在、原形の姿であるシズルの指は三本しかない。
それ程捕獲が難しく、最強と言われるポケモンを捕まえたのは、博士の目の前に立つ幼い少女。
「・・・世の中は、まだまだ未知で溢れているんだね」
「え?」
「いや・・・スミレちゃんはすごいなぁって思って」
意味のわからないスミレは、首を傾げるばかりだ。
「・・・スミレちゃん」
「はい?」
「旅の目的は、なんなんだい?」
「・・・引きこもりなシズルに、世界を見せてあげることです。
あとは、シズルもキンカもバトルが大好きなので・・・ジム制覇も目標にしています」
『・・・引きこもり・・・』
「何年も洞窟に一人ぼっちで暮らしてたんだから、引きこもり以外の何者でもないじゃない」
『う・・・・・・』
「あはは!
そっか・・・シズル君もキンカ君も、素晴らしいトレーナーに出会えたんだね」
『・・・うん』
『お嬢様が素晴らしい人間であるのは周知の事実です』
ウツギ博士に二匹の言葉の意味はわからないのだが、良い返事を貰えたことは理解できたのか、嬉しそうに微笑む。対してスミレは、そんなことを言われてしまってとても恥ずかしいのだが。
「そんなにかっこいい相棒がいるなら、新しいポケモンは必要ないよね・・・でも、新しいポケモンでないと懐き具合がわからないし・・・連れ歩きに会話ができるとなると研究の新天地になるし・・・うーん」
悩み始めるウツギ博士に、スミレ達は何も言うことができない。
数分悩んだウツギ博士は、ようやく何かを決めたのか、スミレに向かって輝かしい笑顔を向けた。
「うん!決めたよ!
やっぱり、スミレちゃんには新しいポケモンを渡すよ!
それで、その子とどんな会話をしたかとか、色々と僕に教えて欲しいんだ」
「それは構いませんが・・・いいのですか?」
「もっちろん!
あ、あと、さっきの卵の話は覚えているかい?」
「ええ・・・一年以上孵化していない卵ですよね」
「うん。その卵をね、スミレちゃんに預けようと思って」
「え・・・ぇえ?」
「イッシュから来たなら、卵が孵っても何のポケモンだかスミレちゃんにはわかるだろうし、シズル君やキンカ君がそこまで信頼しているスミレちゃんなら、卵も心を開いてくれるんじゃないかな」
「そそそんな大役・・・!」
「僕はスミレちゃんに賭けるよ!」
『・・・僕も、スミレなら出来ると思う』
「シズル・・・」
『あのシズルを懐かせたお嬢様です、私もそう思いますよ』
「キンカまで・・・」
一人と二匹にごり押しされ、結局スミレは何かの卵を受け取ることにした。
ウツギ博士から卵を受け取ると、今まで微動だにしなかった卵が、カタカタと微かに揺れる。
「!」
「動いた!やっぱりスミレちゃんに任せて正解みたいだ」
嬉しそうなウツギ博士。先ほどまでは微妙な心境だったスミレも、卵の反応に嬉しくなる。
「ありがとうございます、ウツギ博士」
「いやいや、お礼を言うのは僕の方だよ。それで、次はスミレちゃんの新しい仲間選びだね」
未来の仲間
(早く生まれておいで)
(君と一緒に、世界が見たいよ)
2011.05.15