ロケット団幹部のアジトを出発してから、数十分が経った。
スミレの今の状態は、ピカチュウポシェットを肩から提げ、薄いピンクのリュックを背負っている。アテナから貰ったアタッシュケースは腕に抱えたままだ。
『お嬢様、重くありませんか?』
「重いけど、大丈夫。これからずっとこうなんだから、慣れなくちゃね・・・」
そんな会話を繰り返しながら、道なき道を歩いていると、スミレの足に何かがぶつかった。
「イテっ・・・」
『あ!ごめんよ!おいら急いでて・・・って人間か!!』
「かすっただけだから大丈夫だよ。それより、急いでるんでしょ?早く行った方がいいんじゃない?」
『おまっ・・・おいらの言葉がわかるのか!?』
「うん、わかるよ」
『そっか・・・おいらを見逃してくれてありがとな!いい人間!!』
「いえいえ。今度はちゃんと前向いて走りなよ、コラッタ君」
『おうよー!!』
笑顔で走り去っていくコラッタを見送って、スミレも歩きだそうとしたのだが、キンカに止められる。
『お嬢様、そのままだと青痣になってしまいます』
「ぶつかったの脛だったからねー。まぁ、ワカバタウンに着いたら湿布でも貼るよ」
『そうしてください』
そんなやり取りをしている内に、二人はワカバタウンに到着した。
木々に囲まれた、空気の澄んでいる町。
『・・・見事に何もありませんね』
「昔、父様と行ったマサラタウンを思い出すね」
『そうですね・・・』
トキワシティのジムリーダーであったサカキ。スミレもキンカも、サカキに連れられてよく遊びに行ったものだ。
「グリーンとレッドは元気かなぁ・・・」
『あの赤餓鬼は殺しても死にませんよ』
「き、キンカ・・・」
過去、レッドに負けたことが悔しいのか、それともレッドによってサカキ率いるロケット団が解散してしまったことを根に持っているのか――おそらく両者だろう。キンカは、レッドの話になると機嫌が悪くなる。
そんなキンカに苦笑しつつ、スミレは事前にランスから聞いていた"ウツギポケモン研究所"という場所を探した。
「あれ・・・かな・・・?」
『・・・私には少し現代的な普通の家にしか見えませんが』
「・・・同じく」
スミレがこそこそと表札を確認すると、確かに"ウツギポケモン研究所"と記されている。
スミレは意を決して扉をノックした。
――コンコン
「す、すいません」
「はいはーい」
中から出てきたのは、眼鏡に七三分け、白衣を着た「いかにも研究員です!」というような、若い男性。
「あの・・・ウツギ博士?に会いに来たのですが・・・」
「あ、トレーナーさんですか!博士なら奥にいますよ!」
「ありがとうございます」
研究員(仮)に言われた通り奥へ進むと、眼鏡をかけた"博士"にしては若い優男がいる。
「ウツギ博士ですか?」
「ん?君はだれk
あああぁぁー!!」
スミレに気が付いた途端、優男の両手に抱えられていた書類が雪崩を起こす。
思わぬ出来事に、スミレは呆けてしまった。
『随分と間抜けな博士ですね』
「き、キンカ!すいません、私も手伝います!」
「ごごごごめんよ〜!」
さっさと手際よく書類を集め、バラバラになってしまった順番を整えてから博士に渡す。その間、三十秒。
向こうの世界ではれっきとした社会人(しかもエリート)だったスミレにとって、これくらいは屁でもない。
「ありがとう、助かったよ。それで、君は・・・?」
「あ、初めましてウツギ博士。私はスミレと申します」
「小さいのに随分と礼儀正しいんだね」
優しい手つきでスミレの頭を撫でるウツギ博士。
本来とっくに成人しているスミレは、苦笑いだ。
「・・・(見た目は子供、頭脳は大人って・・・どこかの名探偵と同じじゃない)」
「あ、で、スミレちゃんは僕に何の用かな?」
「あー・・・最近ジョウトに来たばかりなのですが、旅に出ようと思っていまして・・・それなら、ウツギ博士の所へ行けばいいと、知り合いが」
「そっかそっか!ジョウトの前はどこに?」
スミレは焦った。「別の世界から」なんて、言えるわけがない。頭がイタイ子だと思われるのは、目に見えている。
「ライモンシティです!」
『お、お嬢様・・・』
咄嗟に出てきた言い訳は、この世界に戻ってくるまでやっていたゲームの街の名前だった。
キンカは呆れたというような視線をスミレに投げている。
「ライモンシティって、イッシュ地方の?」
「そ・・・そうです」
「そうなんだ!ならちょうどいいね!」
「え?」
「スミレちゃんに頼みたいことがあるんだ!」
「頼みたいこと・・・?」
ウツギ博士はご機嫌な様子で何かの装置を開くと、中から丸い物を取り出した。
「・・・卵?」
「そう!ポケモンの卵だよ!アララギ博士は知っているかい?」
「名前くらいは・・・」
「この卵ね、何の卵なのかさっぱりわからないんだけど・・・ずっと生まれてこないんだ。この状態のまま、もう一年が経つんだよ」
「一年、ですか・・・」
『死んでいるのではないのですか?』
「キンカ、不謹慎なこと言ったらダメ!」
「え?」
ウツギ博士は哀愁漂わせる雰囲気を一転、大きな目を更に見開いてスミレを見る。
どうしたのかわからないスミレは、戸惑うばかりだ。
「スミレちゃんって・・・ポケモンの言葉がわかるのかい?」
「あ」 『あ』
ロケット団にいた頃は、スミレがポケモンと会話することが出来る事実が団員(スミレと関わりのある上層部のみ)にとって当たり前の常識であった。
向こうの世界に行っても、キンカにシズル、マシロは擬人化することが出来たし、その環境で周囲に気を遣う必要はない。
そのせいで、すっかり失念してしまっていたのだ。
「えと、その・・・はい」
「すすすごいよスミレちゃん!噂では聞いたことがあったけど、伝説のような物だと思ってたんだ!まさか実在するなんて!僕はなんて運がいいんだ!」
『・・・素晴らしい興奮ぶりですね』
「そうだね・・・」
ウツギ博士はスミレの両肩をいきなり掴み、興奮の冷めないテンションで言った。
「僕の研究に協力してくれないか!?」
「・・・・・・・・・え?」
ウツギ博士
(第一印象は"変な人")
2011.05.15