――突然の引っ越し宣言。
シズルとマシロが居るから、作業は普通の引っ越しに比べて数十倍早い。
キンカは、父様との話し合いが終わったらしく、客室で考え込んでいる。そんな父様は「旅に必要だろう?」と、買い出しに出かけた。時刻は真夜中に近いのだが、東京には"ドン・キホーテ"という日用品や雑貨、食材まで全てが揃う二十四時間オープンの店がある。
「・・・ねぇ、マシロ」
「んー?」
お気に入りのティーセットや、こだわりの食器を片付けている時、私はマシロに声を掛けた。
「今回も"気まぐれ"?」
「・・・・・・・・・必然的な、"気まぐれ"だよ」
「そっか・・・」
マシロの気まぐれな性格は、私たちメンバーは全員知っている。しかし、彼が真剣に"気まぐれ"と称した時には、何かしらの意図があり、計り知れない重みを持っている時だ。
「出発、は?」
「明日の早朝」
「わかった・・・」
私には、この世界でのまともな友人はいない。
心残りといえば、あの雰囲気からして帰郷を拒むであろう父親と、彼に並々ならぬ忠誠心を持つキンカだ。
キンカが「この世界で生きる」と決めた父様から離れるだなんて、想像できない。
食器の整理が終わった頃、リビングからいつの間にか帰ってきていたらしい父様に呼び掛けられた。
「父様?」
「話がまとまった」
「そうですか・・・では、私は飲み物を「飲み物は僕が持ってくるから、スミレは話し合いに集中だよ。ね?」
・・・ありがとう、マシロ」
今度は、私の左隣にシズル。私の正面は父様で、その右隣りにはキンカ。
無意識下でもやはり緊張しているのか――膝上に置いた私の手は、少しばかり震えている。
それに気付いたシズルが、そっと私の手に自分の手を重ねてくれた。
「・・・父様。私とシズルは・・・・帰ります」
「ああ・・・私はこの世界に残り・・・今の野望を終えたら、マシロに頼んでお前達の世界に帰りたいと、思っている」
「ありがとうございます」
父様の決心は、とても厳しく、それでも優しい。
確かな愛を、こういう時にとても感じる。彼は、帰郷した私が後悔しないよう、そう言ってくれたのだ。
それでも、彼が私たちに嘘を吐くことは有り得ないので、どれだけ時間が掛かろうともあの世界に帰るのだろうけれど。
「キンカは・・・どうする?」
声が震えるのを、必死に我慢した。
昔から一緒にいた、キンカ。彼はこのメンバーの中で、父様と同じくらい付き合いが長い。
名付けたのはこちらの世界に来てからで、しかも命名は私なのだけれど。
キンカは珍しく無表情で、しかし真剣に答えた。
「・・・私は、サカキ様の部下。勿論、サカキ様には感謝してもしきれません・・・。
しかし、それは貴女・・・お嬢様にだって、そうなのですよ」
「・・・え?」
「・・・よろしければ、私も連れていってくださいませんか、お嬢様」
「いい・・・の・・・?」
「大切なお嬢様を・・・私にも守らせて頂きたい。それが、今の私の本心にございます」
「き、んか・・・・・・」
「・・・私の決意・・・わかって頂けましたか?」
「あ、たりまえ、です」
溢れそうになる涙を必死に堪えながら、俯く。
すると、コトンと、テーブルに何かが置かれた。
ぼやける視界を指の腹で拭い、音の方に視線を向ける。それは、懐かしい"R"のロゴが入った、ロケット団専用のモンスターボール。
ちなみに、シズルのボールもこれだ。マシロは捕獲したわけではないので、ボールがない。
「父様・・・これは・・・」
「キンカのボールだ。これは、私にとってもキンカにとっても・・・今までの色々な思いが詰まっている。
お前にやろう・・・違うな、お前だから、任せられる」
「・・・ッ!・・・はい!」
懐かしい――もう、十年以上見ていなかったボール。
こちらの世界では必要なかったシズルのボールは、当時向こうの世界で愛用していたピカチュウのポシェットに入っている。
流石に今の年齢でピカチュウのポシェットは恥ずかしいので、向こうに着いたら新しくポーチを買おうと思った。
「もう明け方だが・・・持って行く物の整理はついたのか?」
「大体はね。意外と大荷物になっちゃったけど・・・あとは、父様が準備してくれた道具を詰めるだけ」
「そうか」
向こうの世界で、悪の組織"ロケット団"を束ねる首領であった父様。こちらに来てから、ポケモンにも、こちらの世界の動物にも、随分と態度が変わった。
そんな"愛する事"を覚えた父様は、柔らかさと、元からあった威厳や残酷性、そのギャップを上手く使い、こちらの世界でもあっという間に"サカキ"としての地位を得た。
昔の仲間が父様の帰還を願うのは、必然的だったのかもしれない。
父様は、何をしても完璧で、天性のカリスマ性がある。揺らぐことのない強い意思も、父様の魅力の一つ。
その意思を貫く為に、悪いこともいっぱいした。沢山の人を傷付けた。
だけど、世間一般には"悪"であっても、私たちにとっては、父様こそが"正義"だったんだ。
「じゃぁ・・・準備はシズル達が終わらせてくれてると思うから・・・もう、行くね」
「ああ・・・スミレ、お前はお前の道を進め。私も色々片付いたら・・・今までとは違う、新しい私なりの"ロケット団"を作ろうと思う」
「うん・・・今でも待っててくれる人がいるわけだしね」
「・・・フッ・・・そうだな」
見送りはしないということなので、私はみんなが集まっているだろうリビングに来た。
着替えもしたし、みんなもこちらの服ではなく、それぞれの衣装を着ている。
キンカの様子が気になったけれど、キンカはキンカで、きちんと踏ん切りがついたみたいだ。
シズルは――
「あ!」
「・・・どうしたの?」
「シズル、ウィッグとカラコン外し忘れてるよ」
「あ・・・」
シズルの髪と瞳の色は、こちらの世界では珍し過ぎたので、いつ誰に見られてもいいようにウィッグとカラコンをつけていたのだ。私も私で、カラコンをつけていたのだが、私はもう外してある。
失態に気付いたシズルはすぐにコンタクトを外し、ウィッグを取り払った。
白に近い薄紫の髪、キラキラとしたアメジストのような大きな瞳。シズルの白い肌に、とてもそれは似合っている。(キンカもマシロも色白なんだけど)
「シズルのその色、久々に見たー!」
「私もです」
「私も・・・お風呂上がりくらいしか見てなかったからなぁ」
「・・・・・・じろじろ見ないで、恥ずかしい」
照れてしまったシズルに微笑み、キンカとシズルをボールに戻した。この動作も久々だ。
今度はマシロへ視線を移す。
「さて、それじゃぁ、行こっか」
「うん」
「場所は、スミレの望みの通りでいい?」
「勿論!」
「じゃ、スミレ・・・合図よろしく!」
「では 出発 進行ーッ!!」
一時の世界にサヨナラを
((スミレ・・・サブウェイマスターの影響受けすぎ))
2011.05.12