食卓に着くのは、私以外がいつもと違う席。しかし、これは擬似であっても、"家族"での席順。
私の左にはシズル、右にはマシロ。正面には、父様だ。キンカは父様の右隣り、シズルの正面に座っていた。

右隣りからは、バリバリとマシロがポテチを食べている音が聞こえてくる。
それが余りにも憐れに見えたので、やっぱり半分あげたらよかったかな、なんて。


「マシロ・・・」

「ん?なぁに?」

「良かったら、私のうなぎ半分食べる?」

「え!本当?」

「良かったら、ね」

「食べる!やっぱり僕、スミレ大好き!」

「ふふ、私もマシロ大好きだよ」


キッチンから、本来は果物用のナイフとお皿を持ってきて、私のうなぎを半分に切り、持ってきたお皿に移した。
マシロに差し出すと、彼は晴れやかな笑顔を浮かべ、ご飯やお味噌汁をよそいにキッチンへ消える。


「・・・お前は相変わらず、こいつらに甘いな」

「まぁね。でもさ、父様も、キンカと私には甘いじゃない」

「・・・否定はしない」


キンカとシズルは嬉しそうに目を細め、私と父様は互いに苦笑を漏らした。
と、そこへ、ルンルンと鼻歌混じりで上機嫌なマシロが帰って来る。そうして私たちは、最近あったこと、父様の会社の経営状況やら新企画、そんな話で盛り上がった。




食事も終え、父様とマシロには私の煎れたコーヒー、キンカと私とシズルには、シズルの煎れたダージリンが渡される。
コーヒーは豆からだし、紅茶も私がお気に入りなメーカーの茶葉。勿論、ティーカップもお気に入りのセット。両方共、私のこだわり。
ただ、私の影響でお茶系が好きになったシズルは、私よりも紅茶を煎れるのが上手い。なので、私はいつもコーヒーと他のお茶係だ。


「・・・それで、マシロ」

「ん?」

「何を企んでいる?」

「あはー☆」


父様の疑問に、笑顔を返すマシロ。これで、マシロが"何か"を企んでいるということはハッキリした。


「こっちの時間では、昨日の夜中・・・向こうで新しく結成されたロケット団が、解散したよ」

「・・・・・・・・・・・・」


思わず、全員無言になる。

――"ロケット団"。

こちらの世界では、ただのゲームやアニメでの悪役。
それでも、私たちにとっては、元の世界――ポケモンの世界で生きていた時、とても重要な組織だった。
裏切り者を除く全ての団員は、私にとって家族のようにも思っていた。


「・・・そうか」


複雑そうな表情で頷いたのは、父様。
私の実父である父様は、ロケット団の元首領――サカキだ。
あることがきっかけでこちらの世界に来てからは、IT業界の大手企業の代表取締役なのだけれど。


「マシロ・・・結局、新生ロケット団の目的って・・・何だったの?」


ここに居る全員、元の世界で新生ロケット団の存在が現れたことは、知っている。しかし、当時マシロは、それ以上の情報までは探っていないということで彼等の目的はわからなかった。


「あー、彼等の目的はね、サカキとスミレがロケット団に戻って来て欲しいという願いだったみたい」

「「・・・・・・・・・」」


思わぬ目的に、私と父様は硬直する。
活動を始めたのは聞いていたが、目的は知らなかった。


「ロケット団は・・・みんなはどうしたの?」

「・・・ごめんね、スミレ。
真の目的は、サカキとスミレを、ロケット団に連れ戻す為の行為だったみたいなんだ。
でも、最終的には、相手の気持ちも考えられない無知で己の正義感だけで行動する子供に・・・負けちゃった」

「そうか・・・しかし、私はあの時、ロケット団を捨てた身だ。今更・・・、」

「父様、すごく強くなったじゃない。ねぇ、キンカ?」

「お嬢様のお優しい言葉、感謝します」


一瞬和やかな雰囲気になったリビングの空気だが、私と父様は複雑な気分だ。
ロケット団――世間での一般感覚にすれば恐ろしいイメージが強いだろう。

下っ端達まではそんなに解らないけれど、父様にとって、ロケット団は重要な"世界"。少し落ち込むメンバーを余所に、マシロは言葉を続けた。


「サカキとスミレの頼みだったから、新しく結成されたロケット団の本心も、調べてきたよ」


脳内を走馬灯のように、駆け巡る記憶。
弟であるシルバーの現在、解散したらしいロケット団の行方。
そして、何の為にロケット団を再興したのか、先程の説明では腑に落ちない。勿論、それは父様もだろう。
そんな私の意思を汲み取ったらしいマシロは、懇切丁寧に状況を話始めた。


「サカキの・・・"ロケット団の築き上げた栄光時代"を取り戻したかったんだって。
あとは、サカキとスミレが、安心してロケット団に帰れるような居場所でありたい・・・ってさ」


そんなマシロの言葉はぐさりと私の心に刺さり、"あの時"、あの世界から逃げてしまった辛さを思い出させる。


「新生ロケット団は・・・」

「必死だったよ?元最高幹部さんも、従う幹部さんや団員も・・・」


――想像すると、悲しくなる。
ロケット団首領の娘である私にとって、そこは"何よりも大切な帰るべき家"。


「お前・・・スミレは、どうしたい?」

「・・・みんなと会えるなら、こんな生温い世界よりも自分の世界に帰りたいのが・・・本音」

「サカキは?」

「・・・少し、時間が欲しい」

「・・・うん、そうだね」


黙り込む父様。ロケット団は、私たちにとって余りにも大きな――大きすぎる存在だった。


「・・・スミレ、お前は・・・?」


今度の問い掛けは、世界に帰ったところでロケット団に会うのか会わないのかということだろう。

――正直、帰りたい。
帰って、みんなと会って、楽しく過ごしたい。

悪い思い出は数え切れない程あるけれど、私が大好きだった水色の青年や、何年経っても美しい女性。新緑の色をもつ少年に、団員や私――父様からも信頼の厚かった陽気な男性。
いい思い出の方が、私の中では上回っている。


「・・・私はみんなに会いたいよ。旅っていうのも、体験してみたいし」

「・・・そうか」


マシロにしては珍しく、真剣な話。

もう何年も前に、父様率いるロケット団は解散した。
そして、私たちはマシロの能力で異世界へ飛んだ。


「父様は・・・どうしたい?」

「・・・私は・・・、こちらの世界に馴染みすぎた」

「そっか・・・」


父様の会社は、海外物の輸入会社。
そこまで悪いことはせず、それでもロケット団首領としての知識やカリスマ性を生かし、優秀な頭脳と実力で、あっという間に彼は最高の地位を獲得した。


「マシロ・・・マシロは、帰りたい?」

「んー・・・僕はね、サカキと・・・いや、スミレが望むなら、帰りたいかな」

「・・・うん」

「あ・・・ロケット団、全員じゃないけど、新生ロケット団の幹部は無事だよ」

「アポロさんも・・・ランス兄様も?」

「勿論、無事」

「・・・良かった」


アポロさんというのは、水色の青年。父様直属の部下であり、私や弟の世話係をしてくれていた――意思の強い目をした、優しい男。
ランス兄様は、父様がスカウトという名目で保護をした、年上の青年。私の、家族同然の親友。

そんなアポロさんやランス兄様の無事を知り、私とシズルは幾分か安堵した。
しかし、彼らよりも大切な存在が、私と父様にはある。


「シルバー・・・は?」

「何か色々大変だったみたいだけど、普通に元気」

「そっか・・・」


シルバーというのは、赤毛で父様似の鋭い瞳を持った少年――私の、たった一人の弟。


「・・・マシロ」

「ん?」

「みんなの所に・・・帰れる?みんなに、また会える?」

「勿論だよ。僕、そんなヘマはしない」

「そっか・・・」

私は暫し考える――先程の、シズルとの会話。
――会えるなら、帰りたい。それは私の本心だ。

距離どころの話じゃなく離れていたって、彼等は大切な仲間で、シルバーは大切な弟。
"愛"なんて言葉じゃ片付けられない程、大切な、特別な存在には変わりない。


「私は・・・行くよ」

「・・・そっか」

「シズルは、どうする?キンカは残るよね。
キンカは・・・父様のポケモンなんだし」


キンカは――キンカだけではなく、マシロとシズルも、人間ではない。
キンカは父様の昔からのパートナーである、ペルシアン。シズルは私の相棒で、ひょんなきっかけで知り合った、ミュウツー。
マシロは私の手持ちではないけれど、家族のような存在であり――ポケモンの世界に限らず、全ての神である、アルセウス。


「・・・・・・僕は、さっきも言ったけど・・・スミレに着いてく。・・・スミレのいない世界で、生きてても無意味だ」


「シズル・・・・・・」

「・・・私は、少し考えさせて頂けませんか?マスターとお話がしたいので・・・」

「勿論だよ」

「そうだよ、キンカは父様の相棒なんだから・・・ちゃんと話し合い、しなきゃね」

「ありがとうございます、お嬢様・・・」


取り合えず、私とシズル、マシロは、帰郷の為の準備を始めることにした。
マシロ曰く、荷物はいくらあっても構わないらしい。

お気に入りの食器、電気機器・・・持っていく物を考えただけで、頭の中は混乱してしまう。
それでも、浮足立ってしまう心に、私は内心で嘲笑した。




2011.05.12


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