「――・・・すよ」
――・・・声が聞こえる。
自分はまだ夢の中にいるのだろうか?
しかし、今日は夢をみた記憶がない。いつも見る悪夢も、今日は何故か見なかった。
「――・・・朝ですよ」
――・・・朝?そうか、朝か。
「・・・にぃに?」
――ガバッ
「ひゃう!」
焦って上半身を起こすと、ベッド脇にいたレイスが素っ頓狂な声を上げて驚いていた。
そうだ。今この部屋にいるのは自分だけではない。妹が出来たのだ。
「・・・あさ、ですか・・・」
「はい」
「いまは・・・なんじですか?」
「七時ですよ」
七時というと、いつも自分が起きている時間だ。レイスはそれよりも早く起きていたのか、まだ覚醒しきらない頭を抑える私をニコニコと見上げている。
「にぃには、寝起きだと可愛いのですね」
「・・・・・・・・・はい?」
「にぃにの寝起き、可愛いです」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・実の妹(しかも歳の離れた)に"可愛い"と言われて、嬉しい成人男性がいるならば、私はその方に二度と近寄りたくない。
「にぃに、顔を洗ってきてください。朝ごはんはどうしたらいいのでしょうか?」
「・・・そこの棚にポケモンフーズが入ってます。私たちの食事は、食堂があるのでそちらで」
「わかりました。ところで、」
「どうしました?」
「・・・あの、私の・・・着替えは・・・?」
レイスの格好は、パジャマ代わりにと即席で渡した私のシャツ。体格があまりにも違うので、袖の長いワンピースのようになっている。レイスの寝巻は彼女自身が燃やしてしまったし、昨日着ていた服は洗濯したものの、まだ乾いていないだろう。
そういえば、団服は今日渡されるとアポロが言っていたが、まだ届いていないのだろうか。
「・・・着替えは、アポロに聞いてみます」
「わかりました」
レイスは頷くと、ボールから自分のポケモン達と私のポケモンを出し、棚からポケモンフーズを取り出して、彼等に与える。私は一つ欠伸をして、顔を洗う為に洗面台へ向かった。
「ガゥッ!!」
部屋へ戻ろうとした矢先、ヘルガーの鳴き声が聞こえる。
何事かと思えば、朝食を終えたらしいレイスのヘルガーが、ドアに向かって威嚇していた。ヘルガーの飼い主であるレイスは、それを見てキョトンとしている。
「ヘルちゃん、誰か来たの?」
「がう」
「勝手に出たら駄目だよね、にぃにの部屋だし・・・」
「・・・レイス、どうかしましたか?」
「あ!にぃに!」
満面の笑顔で、トテトテと走り寄って来るレイス。
可愛い・・・じゃなくて、ヘルガーのことを聞かなければ。
「ヘルガーがどうかしましたか?」
「あ、何だかお客様のようですよ」
「わかりました」
まだ、時刻は早朝。団服を着ていない私は、その客人を迎入れるのに少し躊躇したが、この時間に尋ねて来る人物は大体決まっている。
まず部下なわけがないし、朝に弱いアテナやラムダも除外だ。とすれば、おのずと一人に絞られる。
――ガチャ
「朝早くからご苦労ですね。アポ・・・」
ドアを開けた先にいたのは、ロケット団最高幹部であるアポロだ。
・・・アポロに違いはないのだが、彼は何故か廊下の端で膝を抱えて座っている。背後に"どよん"という効果音がつきそうな体制で。
「・・・・・・アポロ?」
「――・・・です」
「え?」
「愛らしいヘルガーに敵視されたのは初めてです・・・」
どうやら、(自称)ヘルガー愛好家の彼は、レイスのヘルガーに吠えられたことが相当ショックだったらしい。私の後ろからアポロの様子を覗き込んだレイスは、慌てて自分のヘルガーの元へ走った。
「ヘルちゃん、昨日は威嚇してって言ったけど、もうだめだよ。アポロさんは優しい人なんだから」
「わぅ・・・」
「ちゃんと反省した?うん、いい子ね」
レイスに褒められて気をよくしたのか、ヘルガーは私の横をすり抜け、今だ落ち込んでいるアポロの元に向かう。何をするのかと思えば、ヘルガーはアポロの丸まった背中に擦り寄った。まるで、「ごめんね」というように。
「・・・・・・・・・ッ!!」
途端、喜びに涙を滲ませるアポロ。相変わらず顔は無表情だが、彼の周りには幻覚の花が咲き乱れている。
頼むから、そんな様子を部下の前では見せないで頂きたい。威厳も何もあったものではない。
「・・・ところで、何の用事ですか?」
「あ、ああ・・・レイスに団服を持って来たのですよ。急でしたので一着しかできませんでしたが、明日には何着か届くでしょう。部下には貴方の執務室へ届けるよう手配しました」
「わざわざありがとうございます」
「いえ・・・そのような格好でアジト内を出歩けば、変態趣味のある下っ端が彼女をさらってしまいそうですからね」
「・・・・・・・・・・・・」
「では」
私に紙袋を渡し、颯爽と去っていくアポロ。私はまだヘルガーを撫でているレイスを見て、ため息を吐いた。
私のシャツ一枚を着たレイス。自分の妹であるが、彼女は身内の贔屓目なしに可愛らしい顔をしている。ロリコンの気がある男からすれば、恰好の餌食だろう。
私の妹だと知れば、手を出して来る輩はいなくなるだろうが、一々吹聴して回ることはしたくない。私のプライドが再起不能になる。
「・・・レイス」
「にぃに。アポロさんの用事は終わりましたか?」
「ええ・・・貴女の団服を持ってきてくれましたよ」
そう言うと、レイスはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。
「これで私もロケット団の一員なんですね!」
喜ぶレイスは年相応に可愛らしいのだが、あの強靭なムウマージやヘルガーを、この少女はどのように鍛えたのだろうか。
過去、旧ロケット団を解散にまで追い込んだ少年といい、最近の子供というのは随分と恐ろしいものだ。
「さぁ、早くお着替えなさい」
「はい、にぃに」
私から紙袋を受け取り、両手に抱えて洗面所へ歩き出すレイス。今にもスキップをしてしまいそうだ。それ程、嬉しいのだろう。
レイスが着替えている間、私もいつもの団服に着替えた。赤く"R"の字が入った黒いジャケットに、黒いズボン。ベルトを巻いて、白いブーツと手袋を装着する。帽子は部屋を出る時に被ればいい。
着替え終えたところで、洗面所の方から「にぃに」と私を呼ぶ声が聞こえた。振り向けば、扉から顔だけ出したレイスがいる。
「どうかしましたか?」
「に・・・似合わなかったらどうしようかと・・・」
何とも可愛らしい。
洋服店の試着室の前で、彼女の登場をニヤニヤと待つ男の気持ちが、少しばかり理解できた気がした。(完全には理解したくない)
「大丈夫ですから、こちらにいらっしゃい」
「は・・・はい」
もじもじしながら出てきたレイスは、大変可愛らしい。
・・・可愛らしいのだが、大問題があった。
白いシャツの胸元には、ロケット団を象徴する"R"の文字。
首元と袖には、ふんだんに黒いレースがあしらわれている。
スカートはふんわりと広がっているのだが、おそらくパニエによるものだろう。スカートには二段程、黒のフリルがついている。
膝下まである白のブーツは、黒い紐で編み上げ式になっており、とても似合うのだが――胸元に"R"の紋章がなければ、全くロケット団に見えない。
「・・・あと、これも入っていたのですが・・・使い方がわからなくて・・・」
おずおずとレイスが差し出してきたのは、白地に黒レースのヘッドドレス。
取り合えず、私は、
「・・・・・・・・・・・・」
――絶句した。
どうやら、気をつけなければいけないのは、ロリコン気質な下っ端ではなく、ロリコン(+ロリータ趣味)疑惑の浮かんだ、ロケット団最高幹部らしい。
警戒対象
(あのM字ハゲめ・・・)
2011.04.11