少女を左腕に抱えたまま、玄関に入っていく。
予想していた怒鳴り声は聞こえず、ガタガタと室内が揺れるだけだ。(時折、何かが割れたような音もする)


「ゲンちゃん、ジュペちゃん。もういいよ」


少女がそう言うと、壁からゲンガーとジュペッタが現れた。少女の手持ちらしく、彼等は少女の無事を目にして泣いているようだ。


「大丈夫だから、なかないで?いいこ、いいこ」


少女から撫でられたゲンガーとジュペッタは、嬉しそうな顔も一転、私を睨みつけてくる。


「だめだよ、ふたりとも。この人は、いい人なの」


すると、今度は「この子を助けて欲しい」と言わんばかりの視線が向けられた。


「レイスー!レイスはいねぇのか!?」


襖越しに聞こえた声に、少女の肩は強張る。しかし、それよりも愕然とした。それは、私の父親と同じ声だったのだから。

右足で襖を開けると、既に拳を振り上げていた父親と目が合う。彼も驚いたのだろう。数年前に出て行った我が子が、今の我が子を抱いて登場したのだから。


「ら、ランス・・・!?」

「えぇ、お久しぶりです。貴方は相変わらずなようですね」


私の母親は、私が出ていくと決意した日の晩に倒れ、そのまま永眠した。つまり、少女の母親は私と同じではない。
新しく見初めた女と出来た子供なのだろう。


「い、今更、何の用だ・・・!」

「職場がジョウトに移るので、挨拶しようと思ったのですが・・・玄関先に泣いている女の子を見つけましてね」

「レイス・・・!」


今度は、怒りの矛先が少女に向けられた。少女は父親にとても怯えているらしく、私の服をギュっと握る。


「この男、どういたしますか?」


いつの間にそうしたのだろう、少女のゲンガーによる金縛りで、男は拳を振り上げたまま動くそぶりを見せない。
私を見上げる少女の目には、元々備わっていた殺意と、私に対する疑問が浮かんでいた。


「お兄さんは、この人の息子なのですか?」

「残念なことに、肯定です」

「では、私のお兄ちゃんなんですね」

「そうなるようです」


やっと、少女がふわりと微笑んだ。


「にぃには、パパに未練がありますか?」

「未練も何も・・・不快な嫌悪しか残ってませんよ」

「じゃぁ・・・約束してください」

「何をです?」

「私を、ここからさらってくれると」

「・・・、・・・いいでしょう」


そう笑うと、少女は腰からモンスターボールを取り出して、宙に投げた。眠たそうだったムウマージも、この惨状と私に抱かれる少女へ早急に理解したようだ。


「にぃに、私は大丈夫ですので、耳を塞いでいてください」


ムウマージが歌う。その姿を、少女は複雑な表情で見ている。
手で塞いだ耳は完璧ではなく、所々、ムウマージの歌声が聞こえてくる。

――滅びの歌。

使用するトレーナーには影響がない。そのことを踏まえれば、彼女はそのムウマージのトレーナーなのだろう。ゲンガーや、ジュペッタも。

動かなくなった父親を見て、少女は私に視線を向けた。


「・・・パパ、消えちゃいました。このことは、多分マツバにぃにとミナキにぃにが片付けてくれると思います」

「そうですか」

「あ、の・・・私・・・」

「私に着いてきなさい。・・・それとも、ポッと出の兄は信用できませんか?」


すると、少女は必死そうにぶんぶんと首を左右に振る。


「にぃにの髪は、わたしと同じ色です。にぃにはあの人を父親と言いました。私は、にぃにが怖くないです」


微笑んだ彼女に、雷撃を打たれたような気がした。






その後、レイスは手持ちのヘルガーで屋敷を骨すら残らぬよう父親の遺体ごと焼き付くし、そんな業火を見ながら何か思案しているようだった。おそらく、今後の身の振り分けだろう。正当防衛とはいえ、彼女は人を殺してしまったのだから。


「何をそんなに恐れているのですか?」

「にぃににはわからないかもしれませんが・・・毎晩枕元にパパが立ったらどうしようって」


少女は、枕元に立つかもしれない父親が怖いらしい。カタカタと震える肩に手を置くと、自分でも驚くような言葉を言ってしまった。


「私の元に来ますか?」


少女は、躊躇う様子もなく、頷く。






少女の手を引き、ジョウトに設けたアジトを訪れると、中は混乱に満ちた。


「あのランス様が子供を保護するだなんて・・・!」

「人の心が残ってたんでしょうね」

「でも・・・有り得ねぇよ!」


失礼なことを言っているのは、ラムダの部下とアテナの部下だった筈。訳もわからず否定される少女――レイスは、今や私の後ろに隠れ、裾をギュウッと握り締めている。


「・・・あなたたち」

「「はい!ランス様!」」

「これ以上、この子に対する蔑みをおっしゃってごらんなさい。私が相手になりましょう」


そう言うと、下っ端達はすぐに閉口した。レイスの前で"冷酷"である自分はあまり見せたくなかったのだが、それ以上に、この子を馬鹿にする輩に腹が立ったのも事実だ。
伺うようにレイスを見ると、予想に反し彼女は大きな瞳を輝かせていた。


「にぃには、とっても強いのですね」


なにはともあれ、幸せそうなのでよしとしよう。

ちなみに、今私たちが向かっているのは、復活を掲げるロケット団の最高幹部の部屋だ。






――コンコン

「誰ですか?」

「ランスです」

「・・・お入りなさい」


がちゃりと扉を開くと、あともう少しで終わりそうな書類の山を横に、執務用の机で下半身の隠れたアポロがいる。


「過去の清算はできましたか?」

「ええ・・・実際に手を下したのは、私ではありませんが」


「は?」という表情で顔を上げたアポロは、ようやく私以外の人物に気が付いたらしい。


「・・・そ、の娘、は?」


必死に取り繕っているものの、言葉を噛みすぎである。人のことを言えた口ではないが、"子供"に相当トラウマがあるらしい。
レイスは私の後ろに隠れるのをやめたのか、アポロに向かって45度腰を折った。


「は、はじめまして・・・レイスと申します・・・」


呆然としているアポロと、腰を曲げたままのレイス。私はため息を吐いて、アポロに説明した。


「過去を清算しに行ったら、妹がいました。私が出て行った後に生まれたのでしょう。ちなみに、昔の私よりも酷い待遇を受けていたようです」

「しかし・・・彼女を連れて来るのは・・・」


アポロの言いたいことはわかる。「ロケット団という悪の組織に子供を連れて来るな」とか、そんな感じだろう。


「・・・私は、自分の手ではなく、過去を清算することができましたよ」

「・・・はい?」

「私の過去を殺してくれたのは、レイスですので」


黙り込んでしまったアポロ。私はレイスに自分の手持ちであるムウマージを出すようにと耳打ちする。
彼女は酷く従順で、お気に入りらしいピカチュウリュックからボールを出すと同時に、それを宙へ投げた。

旅疲れで眠たげなムウマージが、レイスに視線を寄越す。そしてアポロを視界に入れたところで、レイスは慌てて、


「この人はにぃにの上司さんだから、だめだよ」


と言っていた。
レイスが止めなければ、アポロは滅びの歌の餌食になっていたのだろうか。
色んな意味で恐ろしいが、そんなムウマージを懐かせたレイスも恐ろしい。


「・・・大体は理解できました」


そして、命の危険に晒された筈の上司は凛々とした表情でそう言う。額に浮かんだ冷や汗は、見なかったことにしよう。


「・・・それで、ランス。お前は年端もいかない少女を連れてきたのですか?」


アポロの言葉に、むっとしたのは私だけではなかった。レイスはレイスで、「子供だから役立たずだ」と言っているように聞こえたのだろう。

アポロに聞こえないよう、私の袖を引っ張り、耳打ちしてくる。


「にぃに・・・みんな、だしていいかな?」


返事の代わりに頷いてやると、レイスはピカチュウリュックから残りの三つのボールを出した。


「ゲンちゃん、ジュペちゃん、ヘルちゃん。威嚇するくらいで、攻撃しちゃだめだよ」


ボールを弾いて飛び出したのは、実家で見たのと同じポケモン。
どれも酷く鍛え込まれていて、彼女一人でロケット団を殲滅してしまってもおかしくはない出来だ。


「・・・あ、の・・・ロケット団の資格、ないでしょうか?」


珍しく圧倒されていたアポロは、なんとも言えない複雑な表情で答えを出した。


「部屋の準備ができるまでは、ランスの部屋にいなさい」


余程嬉しかったのだろう。「アポロさん優しくてだいすきです!」と、飛び掛かったレイスを焦ったゲンガーが追い、それよりも早く行動していた私は、アポロに飛びつかれる前にレイスの両脇を持ち上げて静止した。


「ぴ?」

「レイス、私の部屋はこちらです。しかし、その前に医療班・・・いや、アテナに怪我を見てもらいましょう」

「アテナ、さん、ですか?」

「私の同僚ですよ」






シスコンの始まり
アポロはまだしも、医療班だなんて得体の知れない男共になど任せられません




2011.04.10



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -