――コンコン

アテナやアテナ隊の部下達がポケモンへの新薬の研究作業に没頭している中、アテナの研究所へ控えめなノックの音が響いた。


「誰かしら?」

『あ、アテナさま・・・レイスです』

「!まぁ!レイスちゃん!?どうしたの、早くお入りなさい!」


突然の自分のお気に入りである少女の訪問に、アテナの集中力は空の彼方まで吹っ飛んだ。キョトンとしているのは、今までただ淡々と研究作業をしていたアテナが急にテンションが上がったことを目の当たりにした、アテナ隊の下っ端達である。


「し、失礼します・・・」

「「「!」」」

「あらあら、もしかして緊張してるのかしら?ふふっ!やっぱり貴女ってば、可愛らしいわぁ〜」

「「「!?」」」


入ってきたのは、今朝の緊急召集で紹介された少女――新入りの団員であり、"あの"ランスの妹であるレイス。取り敢えず、下っ端達は驚いた。
が、彼女に対するアテナの態度の方が驚いた。

男性率の高いアテナ隊。皆がアテナを慕っているのは明白で、そんな彼等にアテナはそこそこ甘い。
しかし、ここまで露骨に態度へ出たのは初めてである。それを目の当たりにした下っ端達は、信じられないという想いが強すぎて、言葉が出なかった。


「アテナさま、このコラッタを回復してあげて欲しいのです」

「あら・・・レイスちゃん、コラッタなんて持ってたかしら?」

「ランスさまの言い付けでアジトをお散歩してたら、おじさんからバトルを申し込まれて・・・勝ったのですが、コラッタが殺されそうだったので、保護しました」

「そうだったの・・・レイスちゃんは優しいのね。回復装置ならそこにあるから・・・今使い方を教えてあげる」

「!ありがとうございます!アテナさま」

「・・・!・・・〜〜!!!!」


▽ 下っ端達は 混乱 した

あの、誰からアプローチされても妖艶な微笑みを浮かべ、自分の話術に巻き込み、てきとーにあしらってしまうアテナの顔が、恋する乙女のようにほんのりと紅くなっているのだ。
アテナ隊の下っ端――否、アテナを知る者にとっては、まさに珍事件だろう。(唯一、最初の現場に遭遇したランスだけは驚かないだろうが)


「これをここにセットして、このボードでこう・・・」

「あー!成るほど!」

「で、最後にこのボタンを押すのよ」

「すごいですね!アテナさまがお造りになられたのですか?」

「ええ、まぁ・・・」

「アテナさま、おきれいで優しい上にとっても頭が良いんですね!」

「そ、そんなこと・・・」


下っ端達は、バトルで負けた訳ではないのに、目の前が真っ黒になりそうである。
目の前にいる上司は、まさに花も恥じらうような乙女と化しているのだ。

思えば、今朝から珍事件続きであった。
ランスのシスコン疑惑の浮上や、敬愛すべき最高幹部に到っては、ロリータ趣味疑惑やらロリコン疑惑が浮上している。そして、彼等の上司は――妖艶な大人のお姉さんから、可愛らしい乙女に進化した。

もはや、珍事件どころではない。怪奇現象だ。


「貴方達」

「「「は、はい!アテナ様」」」

「わたくしはレイスちゃんのコラッタが回復するまで、彼女とお茶してるから・・・続き、任せたわ」

「「「はい・・・」」」


元々文句を言える訳がないのだが、今の彼等には疑問を問い掛けることすら出来なかった。
レイスとアテナが、アテナの執務室へと向かったのを確認して、下っ端達は溜め息を吐く。


「・・・人の恋路を邪魔する奴はポニータに蹴られて死んじまうからな・・・」

「間違いないな」

「・・・アテナ様のお邪魔をしたら、アーボックに喰われて死にそうだけどな」

「「「・・・ははは、」」」


笑えない冗談過ぎであった。




――・・・一方、ランスの執務室では、


――バキィッ

ランスの手に持たれていた万年筆が、その細身からは考えられない馬鹿力で真っ二つにされた瞬間だった。

書類に壊れた万年筆から飛び出たインクが黒い染みを作るが、今のランスには関係ない。


「・・・そういう、こと、ですか」


今ここで、ランス隊の下っ端が報告書を提出に来たら、扉を開いた瞬間逃げるだろう。あのアポロでさえ、逃げかねない。
いつも冷酷で冷静な鋭い無表情を崩さないランスの端正な顔が――鬼をもビビらせる歪んだ形相なのだ。しかも、背後にはどす黒い殺気のオプション付きである。
白い手袋に染み込んだインクが、血に見える錯覚を起こす程、執務室の空気は歪んでいた。
その状況に、ボールの中で眠っていたランスのゴルバットも顔面蒼白で震えている。


「・・・どう調理して差し上げましょうか・・・ねぇ、ゴルバット?」


▽ ランスの こわいかお

するり、不自然な程優しい手つきでボールを撫でられたゴルバットは、素早さが二段階下がるどころか、瀕死になりそうだ。視線で人一人を殺せそうな自分のマスターに、「実はポケモンなんじゃないのだろうか?」という、有り得ない疑問すら沸いた。

ランスは耳からイヤホンを外し、長方形の箱――レイスに渡したGPS機能付きの録音機を手に取り、思案する。
レイスにゲス以下の下品な言葉を投げつけ、幹部であるランスへの逆恨みからバトルを売った男。放っておけば、来月には自分の見えない場所で勝手に死ぬのだろう。
しかし、ランスの中でどろどろと渦巻く、吐き気すらしそうな殺意は、そんなことでは収まりそうにない。

それでも、どこか冷静な頭で、ランスはプランを立て始めた。これこそ、人に"最も冷酷"と呼ばせる男の、真の姿である。


「・・・そうですね・・・決行は今日の夕食後にしましょうか。夕食前では、さすがに気分が悪くなってしまいますしねぇ」


独り言を呟くランスの顔は、酷い形相から歪な微笑に変わっていく。


「・・・そうだ。次はアテナに盗聴機能も付けて頂きましょう。面倒事にレイスが巻き込まれては堪りません・・・」


男の明日と、レイスのプライバシーが失われた瞬間だった。




冷酷な策士
(しかし彼は、何故自分がそこまで強い感情を覚えたのか)
(まだ、疑問にすら思っていない)




2011.05.18



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