レイスは、覚えたての地図を脳内に描きながら、ロケット団のアジトをふらふらと歩いていた。
目的とする場所がない"ふらふら"ではなく、実際に少しふらついているのだ。レイス自身はあまり認識していないが、原因は明確だ――今は亡き父親から受けた暴力。脛やら太股にある青痣のせいで、まともに歩くことが出来ない。

それでも、レイスはそれを全く気にしていない。気が付けば振るわれている暴力に、痛覚が麻痺してしまっている事実を、レイス本人が気付いていないのだ。
ただ、痛みという痛みをさほど感じなくても、身体は正直に悲鳴を上げた。だから時折大袈裟にふらつくレイスの身体を、傍に居るゲンガーやジュペッタが、それとなく支えている。

"家"に居た時は、そこの役割にムウマージも居た。しかし、彼は昨晩レイスの手持ち一同で決めた"担当"の為、今は席を外している。

レイスの手持ち達は、レイスを酷く慕っており、尚且つ頭が良かった。それは、レイスにポケモンのイロハを伝授した二人の人物がとても有能であり、レイス自身の持って生まれた才能が素晴らしかったこともある。

そうして育てられた彼等は、レイスよりレイスのことや周辺のことを理解していた。何故なら、彼等が理解しなければ、レイスが己に対して無頓着過ぎて、いつか壊れてしまう未来が安易に予想できるからだ。

ムウマージは今、ランスの執務室で(姿は消しているものの)、マツバの千里眼の妨害をしている。彼の千里眼は強力なので、物凄い集中力が必要だ。
今日の夜には、その"担当"がゲンガー、明日はジュペッタに決まっている。ローテーションを組んで、体力を使い切らないよう、レイスにまだ気付かれぬよう、レイスと"レイスに必要なモノ"を守っていた。
ゴーストタイプではなく、その役割が出来ないヘルガーは、レイスの番犬だ。今はボールに身を潜めているが、有事になればいつでも飛び出せるようスタンバイしている。

レイスに必要なのは、他人からの愛情もそうだが、身内からの愛情であると、彼等は判断していた。マツバやミナキから大きな愛情を貰うことで少しは改善されたが、肉親からの愛情の存在自体知らないレイスには、ランスが必要なのだ。
精一杯自分を守っているようで、"心"を守っているだけであり"器"に無頓着なマスターへ、器がなければ心の意味がないことを認識して欲しかった。

だからこそ、レイスが一目で信頼を置くという実はかなりの珍現象を起こした彼――"レイスに必要なランス"を守ると決めたのが、昨晩のこと。
今朝のアポロやアテナの様子を見て、「他人からの愛情ならここでも貰える」と結論の出た彼等は、マツバやミナキよりもロケット団を選んだ。しかも、ランスはロケット団で高い地位におり、妹であるレイスへの待遇も良い。今朝の下っ端のような反乱分子も、あの父親に比べたら可愛いものである。

マツバやミナキの代わりはいても、唯一の身内であるランスの代わりはいない――彼等にしてみれば、レイス以外の人間はレイスに"家族"という繋がりがある者以外、ただの人間だった。

いくら頭が良くとも感情には単純で、レイスに対する"敵意"と"善意"や"愛情"などでしか人間を認識していない。それはまさしく、レイスの影響だ。
自分達のマスターがそうであった為、知らず知らずの内にそうなっていた。"夫婦は似る"とか、"ペットは飼い主に似る"とか、世間一般で言われるその現象であるので、彼等に何ら疑問はない。

――ただ、レイスや手持ち達が知らないだけで、人間の"感情"というのは、もっと複雑に入り組んでいるだけである。

彼等は知らない。
マツバにとって、ミナキにとって、ランスにとって、レイスがどういう存在で対象であるのか。
これから先、種を蒔かれた感情が、どのように成長して、どんな形で開花するのか。

"友愛"も"親愛"も、"愛情"であれば全てイコールで結ばれてしまう今の彼等は――まだ、知らない。




無知な策士達
(全く同じ形の"愛情"なんて、この世には存在しない)




2011.05.17



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