ランスの執務室から出て、レイスは早速アジト内の地図を見ていた。
とても広いアジトであるが、その構造を覚えることはレイスにとって容易いことである。
レイス本人は全く自覚していないのだが、彼女のIQはとても高い。
ランスは自分がそうであったことを踏まえて、彼女に幹部しか所持を許されない"機密情報"であるアジトの地図を渡したのだ。レイスならば、造作もなく覚えられるだろう――最早、それは確信だった。


「どこから行こうかなー・・・ね、ジュペちゃん」

「じゅー・・・」

「ゲンちゃんはどこがいいと思う?」

「キシシ!」


いつの間にやらボールの外へ出ていたらしいジュペッタとゲンガー。
申し訳なさそうに首を傾げるジュペッタとは反対に、ゲンガーは地図のある一点を指さした。そこは、先程まで集会が開かれていたホール。


「・・・うん!これなら、にぃにの言い付けも守れそうだね!」


えらいえらいと、撫でられたゲンガーはとても嬉しそうだ。そんなゲンガーを羨ましそうに見ていたジュペッタに気付いたレイスは、「一緒に考えてくれてありがと」と、ジュペッタの頭も撫でてやるのだった。




ホールに着くと、任務や仕事のない下っ端達が、暇を持て余しているのか、あちらこちらでだべっている。
レイスは何をするでもなく、そんなホールに足を踏み入れた。


「でね・・・・・・あ!」

「?どうしたのよ?」

「あれ、あの子!ランス様の妹さん、じゃない?」

「嘘!?ほ、本当だ!」


途端、ホールの中はぺちゃくちゃからざわざわと、不穏な空気に変わっていく。それでも、レイスは全く気にした素振りなど見せなかった。「うるさいですねえ」くらいには思っているのかもしれないのだが、日々父親から罵倒されてきたレイスにとって、それは取るに足らない雑音に過ぎない。
――そんな時。


「・・・テメェ」

「?、おじさんは、どなたでしょうか?」


レイスの目の前に、一人の中年男が現れた。ランス達が着ている団服とは違うので、彼もおそらく下っ端なのだろう。
それにしても、腹部の出っ張りがとても主張している。


「俺はなぁ、テメェの兄貴も、テメェみてーな糞餓鬼も大っ嫌ェなんだよ!」

「に・・・ランスさまも?」

「あったりめーだろ!!」


どうやら、この中年男はランスと同時期に入団したものの、すぐに手の届かない所まで差をつけられ、随分と苦汁を飲まされたらしい。つまり、自分の能力が低レベルであると認めることの出来ない愚か者だということだ。


「で?真っ向勝負なら受けて立ってくれるんだっけなぁ・・・?」

「はい、もちろんです」


ニタリと、下品な笑顔を浮かべる中年男とは裏腹に、対峙している少女はほがらかな笑顔だ。


「バトルっつーなら、何か賭けなきゃなぁ・・・そうだ。俺様が勝ったら、嬢ちゃんの初めてを貰おうか」

「はじめて?」


こてん、首を傾げるレイス。八歳にそんなことがわかるわけがない。
ちなみに、外野では女性団員からのブーイングが激しかったりする。


「よくわからないので、別にかまいませんよ。では、わたしが勝ったら・・・」

――ゴクリ


見守る体制に入った周囲の下っ端達が、固唾を呑む。


「おじさんのこと、「ランスさまの悪口言ってた!」って、にぃにに言い付けます!」


それは、子供らしい"悪口を言われたら保護者に言い付ける"という素直な仕返しなのだが、下っ端達にとってはそんなものじゃ済まされない。


(恐すぎるだろうが!!!)


此処は、悪の組織ロケット団。相手は組織内で最も冷酷な幹部のランスなのだから。


「はっは!嬢ちゃん泣かせて、あの糞生意気なあんちゃんの屈辱を噛み締める顔が目に浮かぶぜ!!」


中年男はベルトからボールを外し、宙に投げる。
出てきたのは、


「コラッタですか」


ふむ、と考え、レイスはそのまま視線を宙にずらした。


「ゲンちゃん、お願いできるかな?」

「キシシシシ!」


任せろ!と言わんばかりに頷くゲンガー。レイスがゲンガーを出したことに、中年男は高笑いした。


「ゴーストタイプの技はノーマルタイプにゃ無効なんだよ!」

「そうですね」


しれっと肯定したレイスに、中年男の我慢の限界が来た。


「コラッタ、かみつけ!」

「飛んで。催眠術」

「あ、くそッ!!起きろ、起きろコラッタ!!」


ぐっすり眠ってしまったコラッタを、必死に起こそうとする中年男。
ゲンガーはコラッタの攻撃を余裕で避けたので、至って元気である。
レイスは相変わらずの笑顔で、中年男に声を掛けた。


「じっくりと一撃と、どちらがお好みですか?」

「・・・・・・ッ!!」

「答えられませんか・・・それなら、しかたないですね。コラッタが可哀相なので、一撃にします」


レイスがそう言った瞬間、ゲンガーが悪の波動を放った。勿論、コラッタは既に戦闘不能だ。レベルが違い過ぎる。


「まだまだ行きますか?」

「く・・・・・・ッ!」


自分のコラッタさえ見捨てて逃げようとする、中年男。レイスはシルバーグレイの瞳を僅かに細めた。


「ゲンちゃん、黒い眼差し」

「ぐぁっ!!」


思い切り足止めをくらった中年男は、自分の身に何が起こったのかわからないようだ。
そんな中年男に見向きもせず、レイスはピカチュウリュックの中から、がさごそと何かを探している。


「あった!紙とペン!ジュペちゃん、お願いね」


レイスから紙とペンを受けとったジュペッタは、るんるんしながら中年男の前に現れる。いきなり現れたジュペッタに驚くものの、ジュペッタはただ絵を描いているだけのようだ。


「・・・にがお、え・・・?」

「ほら、団員さん多いですし、言葉だけだとランスさまにつたわらないかなって思って」

「ふっざけんじゃねーぞ糞餓鬼!餓鬼の分際で意気がりやがって!!」

「賭けを持ち出したのはそちらですよ?」

「うぜーんだよ!その態度も喋り方も!!兄妹揃って仲良く死んじまえ!」

「あ、ジュペちゃん、できた?ありがとう」

「じゅう!」


中年男の暴言をさらっと無視し、ジュペッタに抱き着くレイス。勇気ある下っ端Aがその似顔絵を覗くと、まるでモノクロ写真のようにそっくりだ。


「あ!おじさんが捨て逃げようとしたコラッタ、かわいそうなので、わたしがもらっていきますね」


中年男の落としたボールを拾い、コラッタを中に戻す。
レイスは周囲の様子を見回し、「もーいっか」と満足げに言うと、ホールを出て行った。勿論、ゲンガーの黒い眼差しが解けたのは、レイスの姿がなくなった後だ。
ちなみに、何にレイスが満足したのかというと――怯えたように自分を見る視線。これならば、余程のことがない限り、自分にバトルを売ろうとする輩はいないだろうと判断したのだ。
怯えられるのは、あまり好きではない。ただ強さを誇示するのとは、少し訳が違う。


(みんなと仲良くなりたいんだけどなぁ・・・)


レイスは少し寂しい気分になりながら、ランスの執務室へと歩みを進めた。




一方、残されたホールの下っ端達は、この後どのような仕打ちをランスから受けるのか想像したくもない中年男に同情と侮辱の視線を送りつつ、

――最も冷酷な男の妹は、"純白の悪魔"だ。

と、噂するのであった。




純白の悪魔
(ランスさま)
(開いてますよ、レイス)
(う・・・にぃにー・・・)
(!どうしたというんですか)




2011.05.04
憐れ中年男の下っ端



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