"実働部隊"――それは、アテナの研究部隊やアポロの執務中心となる部隊とも違う。
ラムダの部隊は潜入捜査(あわよくば操作)が主なので、それとも違う。

主に前線へ赴き、捕獲・殺害・殲滅・拷問――何でもござれな部隊だ。
だからこそ取り締まる幹部が、女子供にも容赦なく、冷酷非道で慈悲の"じ"も当て嵌まらないようなランスなのである。

それに、ランスは若くしてとても優秀有能だ。それ故、新参者の中でも脅威の昇進を遂げたエリート団員でもある。
デスクワークを任せれば、普通三十分掛かる所を十分も掛からずに仕上げ、その書類にはミスもなく完璧の一言に尽きる。
ポケモンの捕獲も効率良く、殺害・殲滅・全てを完璧にこなし、作戦へ取り掛かる前に数通りの脱出経路まで把握している。(拷問に関しては、知る者が幹部の人間しかいない)

つまり、真面目な仕事人間であり、己や部下にも妥協は許さないという厳しい環境の反面、そんな彼を慕う部下は意外と多いのだ。(女性団員は、九割九分が若くて美形なランス目当てだったりするのだが)(忠実なことに変わりはない)

そんなランス隊に――


「今日からうちの隊へ配属になりました。レイスです。彼女の実力は折り紙付きですが、気に入らないというならば、集会で申しましたように真っ向からバトルで挑んでくださって構いませんよ」


小さな少女が入ってきた。


「レイスです。今日からにぃに・・・ランスさまの部下になります。じゃくはい者ですが、皆さまよろしくお願いします」


邪気のない、無垢で可憐な笑顔。柔らかい物腰。アポロは二人が兄妹と言ったが、似ているのは常盤色の髪と、丁寧な話し方だけだろう――ランス隊の下っ端達はそう思う。
そして、「こんな少女にあんなにも残虐な仕事が出来るのか?」と。


「さて、貴方達には与えていた仕事があった筈です。先日の報告書をまだ上げてないという方は至急提出するように」

「「「はい」」」


ざっと去っていくランス隊の下っ端達。ランスの広々とした執務室に残ったのは、兄妹だけである。


「に・・・ランスさま。わたしは何をしたら良いのでしょうか・・・?」


下っ端達が去ってしまってすぐ、給湯室へ向かったランス。レイスが問い掛けたものの、返事は一向に来ない。

――カチャ

小さな音を立て、ランスが持ってきたのはティーセットだった。


「・・・レイス」

「はい」

「別に、二人きりの時は無理して"ランス様"などと呼ばなくても良いのですよ」

「あ・・・はい、にぃに」


ふわり 花が綻ぶような笑顔だ。自分と同じ境遇で育ったにも関わらず、そこまで歪みなくいられるレイスに感心するしかない。

――否、確実に歪んではいるのか。

コポコポと事前に温めてあったティーカップへ、紅茶を注ぐ。普段ランスはコーヒー派なのだが、レイスの年齢では身体に毒だろうという、無意識下での気遣いだった。


「どうぞ。紅茶は大丈夫でしたか?」

「は、わ・・・初めて飲みます」

「お気に召せばよろしいのですが・・・」

「あ・・・とっても、美味しいです・・・!」

「それはよかった」


例えば、この無垢な笑顔の少女を「人殺しです」と、ジュンサーに突き出した所で、誰も信じられないだろう。ランスの敬愛する元ロケット団首領・サカキなら、見抜けるのかもしれないが。

レイスは、自分の父親を殺した時でさえ、その計画を練っていたかのように用意周到だった。
恐らく、彼女の計画には必要不可欠であり、今まで待ち望んでいた存在――それが、ランスだったのだろう。
パズルの完成に不可欠だった最後のピースの条件は、"己の罪をジュンサーにリークしない"、"己を連れ去ってくれる存在"だ。あれでは自己防衛ではなく、過剰防衛になってしまう。

そこへタイミング良く現れたのが、"悪の組織ロケット団幹部"であり、"実兄"のランス。

――余りにも出来の良いシナリオに、ランスは思わずレイスを褒めたくなった。

彼女の実力や真相を目の当たりにしたアポロやアテナ以外は、気付いていないのだろう。
純真無垢な少女も彼女の真の姿なのだが、純粋で自覚のない悪意こそ、本物の"歪"だ。
レイスは、"自分"の為なら相手を殺すことも厭わない。罪悪感さえも、抱かない。
父親を殺した時、「初めて人を殺した」という事実に震えているのかと思えば、「枕元に父親の亡霊が立ったら怖い」なんて、見当外れなことに恐怖している。
幽霊が怖いのは年相応で可愛らしい発想だが、殺した父親に罪悪感を持たないその姿勢は、ある種の畏怖さえ感じた。痺れるような電撃が走った。

ただ、ランスは――

レイスにとって、"自分"以外の対象になりたいと、思ってしまっている。

こんなに幼い少女に、守って貰いたいとは思わない。寧ろ、彼女を傷付ける愚かな連中から、レイスを守ってやりたい。

自分と同じ環境で過ごし、自分とは違うようで、同じ狂気をシルバーグレイの瞳に隠した少女に、ランスは確かに"愛着"を持っていた。

――愛着を持ってしまったからこそ、彼女に自分を殺させたくないのだ。


「・・・にぃに?」

「え?あ、すいません。今日の仕事のこと、でしたね」

「はい」


部屋を見回す。
掃除を言い付けるにも、彼女はまだ八歳。高い所には届かないだろう。
書類整理だって、難しい筈だ。あの環境で、まともな勉強が出来たとは思えない。

――と、なると。


「アジト内を散策したらいかがですか?」

「え・・・いいのですか?」

「迷子になっても困らないように、これを持っていきなさい」

「これは・・・?」


ランスがレイスに渡した物は、レイスの小さな手の平程のサイズの、長方形の黒い箱だった。


「レイスが迷子になっても、私がすぐに迎えに行けるような装置ですよ。ピカチュウのリュックにちゃんと入れておきなさい」

「はい、にぃに」

「急だったのでそれしか用意出来ませんでしたが・・・今度はもっと良いものにして差し上げましょう。レイスはピカチュウの他に何が好きですか?」

「えとえと・・・デルビル、ゲンガー、ムウマ、ジュペッタ・・・あとは、クロバットかペルシアンが好きです」

「わかりました。こちらがアジト内の地図です。今日中に全て記憶し、処分するように。では、楽しんでいらっしゃい」

「はい、にぃに!!」


ぱたぱたと嬉しそうに、ドアへ駆けていくレイス。彼女がドアノブに手を掛けた時、ランスが名前を呼んだ。


「レイス」

「?」

「"不必要なモノ"は、処分してくださって結構です。ただし、後片付けは私がしますので」

「!」


ランスの言葉の真意を読み取り、レイスはにぃっと笑う。悪戯を企てている子供のような笑顔だ。


「まかせてください、にぃに!」


レイスは今度こそ、ピカチュウリュックを背負って執務室を飛び出した。




蛙の子は蛙
(ずいぶんと、スリル満点なお散歩になりそうですね)




2011.05.03



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