休日、珍しくお昼前に起きて来たお兄ちゃんと一緒に近所の某ハンバーガーショップにやって来た。

「なまえ、何か欲しい素材あるか?」
「えーっとね、確か紅玉が足りなかったような…」
「あー紅玉はおれも欲しい。さくっと狩りに行くか」

左手にハンバーガー、そして右手にPSP。一足先に食べ終わったお兄ちゃんが受注したクエストを、慌ててハンバーガーを頬張りながらわたしも受注する。ロード画面の間にコーラで流し込み手を拭いてから、いざ、と両手でPSPを握りしめた。
ハンバーガーショップに来てまで何やってるんだこの兄妹と思われるかもしれないが、言うまでもなくモンハンである。家でやればいいだけの話なのだが、彼女との待ち合わせまで時間を潰したいと言うお兄ちゃんに連行されて来たのだった。解せぬ。ハンバーガーのセットとデザートを奢ってくれたことには感謝してるけども。

「なまえ、尻尾は頼んだ!」
「はーいっ」

振り上げた太刀の切っ先がモンスターに掠り、地面へと落とされた獲物の頭部をお兄ちゃんのハンマーが狙う。言われた通り尻尾を狙い続けた結果、わたしが尻尾を斬り落とすのとお兄ちゃんが頭部を破壊するのはほぼ同時だった。
全ての部位破壊を終えたモンスターが足を引きずり出した。エリア移動するまでに仕留めることは出来なさそうだが、もう一息。武器をしまい念のため回復をして、モンスターを追って駆け出した。が、しかし。
鳴り響いたのは壮大なモンハンタイトル画面のBGM。わたしの少し先を駆けていたゲーム内のお兄ちゃんがぴたりと止まり、現実のお兄ちゃんがうるさく鳴る携帯に手を伸ばした。画面を見てぱっと表情を変えると、悪い、と一言だけわたしに伝えてPSPの電源を落とす。今更文句を言うこともなく、慌てて席を立つお兄ちゃんをため息混じりに見送った。恐らく、と言うか絶対に、彼女からの連絡だろう。こうして彼女との待ち合わせまでの時間潰しに付き合わされるのも、彼女からの連絡で狩りが中断されるのも、最近ではしょっちゅうあることだ。今更怒ったりはしない。
怒ったりはしない、けれど。
難無く弱り切ったモンスターを討伐し、剥ぎ取りや報酬を漁るが欲しい素材はなく。ため息をこぼしながらオンライン集会場に帰還して改めて装備やアイテムを整えてもう一度狩りに出かけようとするが。
何となく。何となく、寂しかった。

「お兄ちゃんのばーか…」

そろそろあの二人も付き合い始めて半年を迎えるらしい。順調なのはもちろんいいことだし、お兄ちゃんも幸せそうだから全然構わないんだけど。でも、ほんの少しだけ、寂しかった。こんな風に一緒に狩りに行くのも久しぶりだし、本当は時間潰しとは言え誘ってくれてすごく嬉しかったのに、あんなにあっさり行っちゃうなんて。
ふてくされながら集会場をふらふらと歩き回る。何だか狩りに行く気も失せてしまったなあ、と何度目かわからないため息をこぼした。ハンバーガーショップの広々とした店内の、窓際にある二人席。カウンターから死角になるここは長く居座るにはもってこいなんだと、そう得意げな顔で教えてくれたのもお兄ちゃんだった。
今日はもう帰ろう。そう思って集会場を出ようとしたその時、少し離れたところから聞こえたいやに間延びした声が、わたしの耳に止まった。

「…んあ?丸井くーん、集会場に先客がいるみたいだCー」
「先客ー?そんなら別の場所に……って、はあ!?『name』、『name』じゃねーか!」

ぎょっとして飛び上がりそうになった。慌ててPSPを鞄の中に突っ込み、そっと店内を見回す。ちょうどわたしが座る席から一番遠いカウンター近くのボックス席で、手元のPSPと店内を見比べながら騒いでいる赤色の髪の男の子には大いに見覚えがあった。何を隠そうわたしが現在進行形で関わり合いになりたくない人物ぶっちぎりナンバーワンに輝いている我らが立海大付属中学校男子テニス部のレギュラーのひとり、丸井くんである。
休日だからか彼も見慣れた制服ではなく私服を着ており、一緒に座っている金髪の男の子に全く見覚えがないことを察するに、どうやら部活も何もなく完全なるオフだったのだろう。何て言う偶然だろうか。わたしはそそくさと死角に収まり二人の様子を窺った。彼らは入口近くにいる。きっと丸井くんはクラスも違うわたしの顔など覚えていないだろうが、万が一と言うこともなきにしもあらずだ。帰ろうにも帰りにくくなってしまった。

「『name』って確か…さっき丸井くんが言ってためちゃくちゃ強いハンターだっけー?」
「そう、そうなんだよ!うわーやべえ、休日に会えると思ってなかったぜぃ!ちょっと待ってろ、今赤也達にメールする!…駅前のマックで『name』を発見なう、っと」

や、やめてくれ!
そんなわたしの願いも虚しく、丸井くんはメールを送信してしまったらしい。突き刺さる店員の視線など知らず歓声を上げる無邪気な二人にそっと頭を抱えた。恐る恐る鞄の中のPSPを窺うが、予想通りと言うか何と言うか微動だにしないわたしの周りを『BUN-BUN』さんが走り回っている。そんな彼の後に続くように走っているハンマーを背負った『ジロー』さん、きっと彼が丸井くんと一緒にいる金髪の男の子だろう。

「マジマジすっげー偶然だねー!うわー俺も一緒に狩り行ってみてー!誘ったらクエスト受けてくんねーかなー」
「大丈夫だろぃ!『name』って、こそこそ隠れてる割にはいい奴だぜ?」

いい奴と言われたことに照れるべきかこそこそ隠れていると言われたことに腹を立てるべきか、複雑なところである。
わたしがどうしようかと考えている間にも『BUN-BUN』さんがいそいそとクエストを受注しに行って、『ジロー』さんがギルドカードを送って来る。わたしはもう一度ため息を吐いた。しかしそれはもう、ついさっきまでの寂しさが滲むそれではない。

「あっ、ギルドカード!」
「ってことは…っしゃあ!『name』もクエストに参加してくれるみたいだぜぃ!」
「うっわー!何だろね、ちょーワクワクしてきたC!」

遠くから聞こえてくる歓声は正直に言うと恥ずかしい。けれど、今だけは何だかそれに感謝したくなってしまった。
氷が溶けて薄くなったコーラで喉を潤す。寂しさを紛らわせてくれたお礼にいくらでも付き合おうじゃないか、そう思ってPSPを握りしめた。





結果として、彼らに付き合って四回ほど一緒に狩りに行った。ここが店内だと言うのも忘れてモンスターの一挙一動に悲鳴を上げる二人が面白くて思わず笑いが込み上げる。わたしの方も欲しかった紅玉は出たし、義理は果たしたとばかりに勝手に満足して集会場を後にした。途端に遠くから聞こえてきた悲鳴に少しだけ申し訳ないような気持ちになったが、さすがにこれ以上は付き合えない。何しろ明日提出の宿題にまだ手をつけていないのである。
念のため鞄の奥底にPSPをしまい込み、風のような速さでトレーを片付けて出入口を目指す。『name』がいなくなったと騒ぐ二人は手元のPSPしか見ていない。これはチャンスだ。わたしは努めて何ともないふりを装い、颯爽と二人の側を通り過ぎる。
こうしてわたしは脳内でクエスト達成時のBGMを流しながら自動ドアをくぐり、晴れ晴れとした気持ちで某ハンバーガーショップを後にした。

そんなわたしの背中をじっと見つめる視線があったことにも、勝利に酔いしれるわたしは気付かなかった。


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