またまた次の日。残念なことに、わたしはC組の教室から遠く離れた図書室にいた。
別にテニス部の人達に正体がバレるのを恐れて逃げたわけではない。普通に、普通に図書室当番だったからだ。もしかしたら今も隣のクラスでわたし改め『name』を待っているかもしれない彼らに微かに胸は痛むが、当番ならば仕方がない。うん。二日振りに伸び伸びと狩りが出来る至福に浸りながら、さっそく一狩り終えて達成感にため息を零した。
次は何を狩ろうか。片手で携帯を操作して攻略サイトを見ながら、もう片方の手でオフラインの集会場に行こうとして。

「おーい、当番の奴いるかー?」
「あっ、はい」
「みょうじか。悪いが歴史の授業で使ったこの本、片付けておいてくれるか?」
「分かりました」

がらりといきなり開いた扉に驚いたりはしない。手早くPSPと携帯を死角であるカウンターの机の隅に隠してしまえば誰にも見えないことくらい研究済みである。
数冊の資料集を受け取り、悪いなーと言いながら戻って行く先生の背中を見送る。完全に扉が閉まるのを確認して、狩りに行く前に片付けてしまおうと重い腰を上げた。
歴史の資料なら入口近くのはず。これくらい自分で戻せよと思わなくもないが、せっせと資料集を本棚に戻していく。最後の一冊を手に取って。

「『name』、か」

それを落とした。
遅ればせながら飛び上がりつつ落とした資料集を拾い上げ、忙しなく辺りを見渡す。昼休みの図書室にはわたしの他に誰もいない。資料集を抱え、そろそろと近くのドアの隙間から廊下を覗いた。

「む、『name』とは確か…赤也達が騒いでいた奴だな」
「ああ、非常に強い正体不明のハンターらしい。こんな所で遭遇出来るとはな」
「嬉しい偶然ですね。ちょうどこちらは三人ですし、お誘いしてみましょうか」

何で図書室の前の廊下なんかで狩りしてるんですかテニス部!
慌てて資料集を抱えたままカウンターへ走る。隠していたPSPを覗き込み、ギルドカードが届きましたという表示に頭を抱えてうなだれた。オフラインに行こうとしてオンライン。強烈なデジャヴュ感の漂う展開である。どうしてこうなった。
集会浴場にはわたし以外に三人のハンターが待機していた。ライトボウガンの『ジェントルマン』さんに、太刀を背負った『参謀』さん。そして片手剣の『真田弦一郎』さん。
…え、本名?と言うか真田くん?フルネーム?マジで?

「弦一郎。お前は『name』の動きをよく観察し、見習うと良い」
「うむ、そうさせてもらおう」
「早く切原くん達に追い付けるといいですね」
「ああ。蓮二も柳生も、俺の鍛練に付き合わせてすまんな」

PSPと資料集を手にドアに近付く。薄いドア一枚を背にして漏れ聞こえる声に気付かれないようため息を押し殺し、音を立てないようそろりと資料集を置いて、クエストボードを確認する。
大型モンスターの狩猟。ちなみに下位。お遊び装備で来てしまったので上位だと厳しかったが、これなら残念なことに余裕だろう。鍛練がどうのと言っていたしきっと初心者がいるだろうから、逆にそう役に立たないような装備で良かったのかもしれない。
諦め半分、楽しさ半分。これだから止められないと苦笑いしてドア越しの会話を窺いつつ、クエスト参加のボタンを押した。

「おや、『name』さんがクエストに参加してくれるようですね。…と、柳くん?どうしましたか?」
「通信が出来ていると言うことは、恐らく『name』はこの近くにいるはずだと思ってな。教室と違ってここは人が少ないから特定もしやすい。…ふむ、図書室か?」

どくん。心臓が跳ねる。
悲鳴の漏れそうになった口を押さえ、ぶわっと吹き出た冷や汗が背中を震わせた。別に悪いことなんてしていない。何もしていない。けれど、追われれば逃げなくなるのが人間と言うものだろう。
そろりそろりと腰を上げる。音を立てないよう注意を払っていたつもりだが、存在を忘れていた資料集が膝から滑り落ち、がたんと音を立てた。
廊下がしんと静まり返る。音を立てて血の気が引いた。あ、終わった。終わったわ。いっそ清々しいまでにあっさりと、そう確信した。
足音が響く。徐々に近付いてくるそれに慌てふためくわたしの耳に、凛とした声が響いた。

「蓮二、やめんか。『name』が静かに狩りをしたいと言うのなら、その意を汲むべきだ」
「何だ、弦一郎。お前は興味がないのか?」
「興味がないわけじゃないが、『name』は俺の鍛練に付き合ってくれる相手だ。ここは俺に免じて、これ以上探るのは止めてくれないか」
「…そうだな。今日は弦一郎に免じて無粋な真似はやめよう」

今日は、な。
不穏な呟きを残し、足音が遠退いていく。握りしめていたPSPはロード画面になっている。風のような素早さで資料集を棚に戻し、カウンターにとんぼ返りをした物音が聞こえていたのだろう。廊下から小さな笑い声が聞こえた。
色々な意味で泣きそうになりながら、しかしわたしを助けてくれた真田くんのためにも張り切らねばと支給品も取らずにキャンプを飛び出す。
テニス部怖い。超怖い。


menu

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -