次の日のお昼休み。
もちろん早々にお弁当を食べ終わり、狩りに行こうとPSPを取り出したわたしだが、ふと鞄からケースを取り出す前に教室を見渡した。そう言えばうちのクラスにもテニス部の人が、しかも部長さんがいることを昨日初めて思い出したのだ。注意深く見渡すが、周囲から浮いてしまうほどの美少年の姿は見えなかった。それにほっと息を吐き、友人に体を寄せその影でPSPを起動する。こうして身を隠しながらもゲームをせざるを得ないわたしの性を知る友人は、小さくため息を零した。ゲーマーで申し訳ない。
今日は何を狩ろうかと集会浴場、もちろんオフラインの方に飛び込もうとして。

「『name』さーん、いませんかー?」

廊下から聞こえた声にその手を止める。
恐る恐る顔を上げて見れば、PSPを片手に昨日見た切原くんが教室を覗き込んでいた。
慌ててPSPを机の中に隠して素知らぬふりをして口笛を吹く。友人がちょっと引いたように物理的な距離を取った。つらい。
そんなわたしになど気付くはずもなく、切原くんは残念そうな顔をして黄色い声を上げる女子に慰められながら隣のクラスに戻って行った。
随分としおらしいじゃないか。少し胸を痛めながら再びPSPに手を伸ばす。今度こそオフライン集会場に入ろうとして。

「C組にもモンハンやってる人はいなかったっス」
「やっぱり『name』、来ねえのかなあ…」
「お前らが騒ぎ過ぎてびっくりしたんだろ」
「心外じゃの。騒いだのは赤也とブンちゃんだけじゃ」
「仁王先輩が怖いこと言ったせいに決まってますよ!」

八割方当たっている。
と言うか待ってるのか。一度だけ一緒狩りに行っただけの、素性も正体も知らない人間を律儀に待ってるのか。何だそれ。ちょっとかなり胸が痛むじゃないか。

「残念だな。赤也があんなにベタ褒めするハンターなんて初めてだから、期待してたのに」
「だな。騒ぎ過ぎて三人揃って真田に殴られたくらいだし…って幸村!モンスターはあっちだ!俺を轢かないでくれ!」
「そんな所にいるジャッカルが悪い」
「ボウガンなんだから仕方ないだろ!」
「あれいつも俺が言われる台詞なんスよね」
「双剣のお前さんはともかく、何でボウガンのジャッカルがランスの幸村に轢かれとるんじゃ?」
「ジャッカルだっさー」

殴られた…だと…?
まるで何てことないかのように聞き慣れない声が言う衝撃の事実にどっと冷や汗が溢れる。殴られたってどういうことなの。そして何故それを本当に何てことなさそうに言えるのもしかしてテニス部では日常茶飯事だったりするの。このPTAがうるさいご時世に鉄拳制裁とは、テニス部怖い。
とは言え、半分くらいはわたしのせいでもある。かもしれない。そう思うと、何と言うか、こう、非常に胸が痛いと言うか申し訳ないと言うか。

「なまえ、B組に聞き耳立て過ぎ。何か不審者っぽい」
「…ちょ、ちょっと失礼」
「は?って、何でくっつくの?」

友人を盾としてその影に隠れ、絶対に教室のドアから見えないような位置でPSPを握りしめる。
そんなわたしの様子に何かを感づいたような友人がため息を零し、自分の鞄を机の上に置いて完全な死角を作り上げてくれた。友情って素晴らしいと思いながら、ボタンを押す。

「……っああ!先輩っ、『name』!『name』来ました!」
「マジで!?…うわっ、マジだ!幸村くん、ジャッカル!見てみろよ!」
「部長っ、ほらほら!この『name』って人、めっちゃ強いんスよ!」
「ああ、ちょっと待ってくれ。ジャッカル、早くこっちの狩りも終わらせよう」
「おう。…頼むから、俺は轢かないでくれよ」
「赤也、『name』も来たことだし何を狩るんじゃ。欲しい素材がある言っとったろ」

隣のクラスの騒ぎを横目に、友人が仕方ないとばかりに笑った。
指が滑っただけだ。指が滑って、ボタンを押し間違えただけだ。でも半分くらいはわたしのせいなのだから、殴られた分くらいは働こう。心の中だけでそんな言い訳をしつつ、受注されたクエストを受けるためにクエストボードへ行く。
相変わらず後を付いて来る三人に、思わず苦笑いを浮かべた。





クエストが終わって集会浴場に戻って来てすぐ、PSPの電源を落として適当にケースに突っ込んで鞄に戻す。途端、PSPを手にしたまま教室に切原くんと丸井くんが飛び込んで来た。

「いる!?丸井先輩、いる!?」
「いねえ!くっそー!本当に『name』はどこにいんだよ!」
「A組と廊下にもいなかったぞ」

そう報告したスキンヘッドの男の子にプロレス技をかける丸井くんを尻目に、汗の滲む額を拭った。これで借りは返したぜとばかりに一人で達成感に満たされていれば、そんな三人を押し退けるように誰かが教室に足を踏み入れた。

「ねえ、誰かPSPをやってた人を見なかった?」

クラスメイトでもありテニス部の部長でもある、幸村くんだ。彼の言葉には不思議な力でもあるのか、お昼休みを謳歌していたC組の面々が顔を上げた。
同じように雑誌を眺めていた友人も顔を上げ、わたしも彼女の影に隠れそろそろと周りを見る。クラスメイト達は各々辺りを見渡し、けれどもちろんPSPをやっているのは例の音ゲー集団しかいない。自然と視線を集めてしまった彼らは勢い良く首を横に振った。本当に申し訳ないけど、わたしもそうなりたくないのだと気付いてほしい。
幸村くんはふむ、と腕を組んだままぐるりと教室を見渡す。クラスメイト達は何事だと固唾を飲んで彼の言動を見守った。

「…正体不明の凄腕ハンター、か」

ぽつりと、徐に幸村くんが呟く。
彼の後ろ、三人と一緒に教室を覗き込んでいた仁王くんが、にんまりと猫のような笑みを浮かべた。

「面白そうじゃろ」
「ああ、柳辺りが喜びそうだ」
「参謀が加われば特定なんてすぐじゃき。それはつまらん」
「えーっ!俺は早くどんな人か知りたいっス!」
「俺もだぜぃ!」
「俺は一緒に狩りに行ってみたいな。安心して後ろに下がっていられそうだ」

哀愁を漂わせたスキンヘッドの男の子は、恐らくさっきの会話から察するにランスの幸村くんに轢かれていたのだろう。ドンマイ。

「明日も仁王達のクラスでやろうか。ああ、真田と蓮二と柳生も呼んで」
「そう言や、最近昼休みに副部長達見ませんね」
「柳と柳生が真田の狩りの練習に付き合っとるそうじゃ。いつまでもお前さんに教えられっぱなしは癪なんじゃろ」
「おっ、そりゃ真田の成長が楽しみだな!」
「そうっスね!じゃあ明日も、『name』を待ちつつ狩りに行きますか!」

話が纏まったのか、テニス部の面々はC組の教室に背を向けた。残されたクラスメイト達はそんな彼らにざわめきながらも、各々お昼休みに戻っていく。
早く立ち去ってくれというわたしの願いに気付いたのか、不意に幸村くんが足を止めて振り返った。

「明日は俺と狩りに行こうね、『name』さん」

待ってるよ。幸村くんはそう笑って、C組を後にした。
どうやら明日も指を滑らせなければならないらしく、頭を抱えた。


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