広げていたお弁当を手早く片付けて、鞄から小さなケースを取り出す。机の下に隠しながらいそいそとPSPを取り出してケースを再び鞄に戻し、電源を着ける。狩りの途中で一時停止にしていたため気合いを入れ直すようにPSPを握りしめ、大きく深呼吸。そんなわたしを呆れたように眺める友人の視線も気にならない。そんなものを気にしたらハンター失格だ。多分。
一時停止を解除した途端に襲い来るモンスターを横に飛び退いて避け、すかさず抜刀する。舞う血飛沫もモンスターの悲鳴も聞こえないのが物足りないが、斬り落とされた尻尾や破壊された牙が確かな手応えを感じさせてくれた。
つい先程の休み時間でも戦っていたせいか、モンスターはもう十分に疲労していた。一心不乱にボタンを連打して攻撃を続ける。反撃を受けて吹き飛ばされても、回復薬を飲む暇すら惜しんでモンスターに斬り掛かった。武器の威力が落ちてきたと言う表示に舌打ちし、武器を研ぐ暇も惜しんで攻撃を続ける。いくつかの攻撃が弾かれるのに苦々しく唇を噛み締め、これで終わりだと剣を振り上げた。
断末魔を上げて倒れていくモンスター。クエストを達成しましたの文字。見上げるほどの巨体が地に伏した姿に大きく息を吐いた。飛び上がりたくなるほどの達成感と、独特の疲労感に教室の天井を仰ぐ。
そんなわたしを変わらず呆れたように眺めていた友人が、不意に机の下に隠したPSPを覗き込んだ。

「狩り、終わったの?」
「うん…」
「よく分からないけどお疲れ様。欲しがってた素材は出た?」
「ちょっと待って、…あっ、来た!やった!二十五体目にしてやっと来たー!!」
「おめでとう」

思わずPSPを抱きしめたくなった。これで装備が全部揃う。わたしの努力がやっと報われるのだ。
泣きそうになりながらオフラインの集会浴場を抜けて村に戻る。友人の突き刺さるような呆れ返った視線も本当に今は気にならない。手早く最後の装備を作りその場で装着。
我ながら完璧だ。うっとりと出来上がった装備を纏うキャラクターを眺めた。

「見て見て、すっごい苦労した装備!」
「はいはい。どうでもいいけど、何であんた女の子なのに男キャラ使ってんの?そんなゴツい鎧着て楽しい?」
「え、女の子キャラのデータはまた別に作ってあるし…そっちの装備は下位も上位も全種類揃えてあるし…」

心なしかドン引いた視線を向けられた。ハンターは負けない。
時計を見ればまだ時間はある。もう一狩りくらいは行けそうだ。さっそく苦労して出来上がった装備で集会浴場に駆け込む。が、操作をミスしてオンラインの方に入ってしまった。よくあることだと思いながら接続が終わるのを待っていると。

「みょうじ、ちょっといいか?」
「あっ、うん。何?」
「今日の委員会なんだけどさー…」

慌てて机の中にPSPを隠し、部活で行けないと謝る男子に笑って頷く。謝りながら戻って行く男子を見送り、再びPSPを取り出す。接続が終わっていたオンライン集会浴場には、わたし以外にハンターが三人いた。
驚き慌ててオフラインに戻ろうとしたわたしに、一人のハンターが駆け寄って来る。思わずPSPを握りしめ身構えれば、そのハンターはわたしのすぐ側で止まりギルドカードを渡してきた。

「え、」
「どうしたの?」
「…や、ええと……」

とりあえずそのギルドカードを確認する。名前は『Red Devil』さん、武器は双剣でHRはそこそこ。メッセージには一言だけ。

「…一緒に狩りに行きませんか、だって」
「はあ?誰と?」
「ねえ、この教室でわたし以外にモンハンやってる人いる?」
「えー?…あっちの男子達がPSPやってるけど…」
「あれは音ゲー。…じゃあ、別のクラスの人?」

首を傾げながらわたしも教室を見渡すが、あの音ゲーをやっている集団以外にPSPを出している人すら見付からない。わたしのように隠れてやっているのなら話は別だが。
困惑して棒立ちしたままのわたしに他の二人のハンターも駆け寄って来て、ギルドカードを渡される。『Red Devil』さんと同じく双剣を背負った『BUN-BUN』さんに、弓使いの『HARU』さん。

「…一緒に行こうぜ!はいいんだけど、プリッ、って何…?」
「さっきから何言ってるのよ、なまえ」
「えー…うん。ちょっと知らない人と狩りに行って来る」
「知らない人に付いて行っちゃいけません」
「いやこれゲームだから」

今も戸惑ってはいるが折角誘ってくれたのだから行ってみよう。そう思ってギルドカードのメッセージを編集する。少し悩んだが結局無難に、よろしくお願いしますとただ一言だけ書いて三人とギルドカードを交換した。
既に三人はクエストを受注しているらしく、わたしさえクエストを受ければすぐに出発出来るようだ。クエストボード前に移動すれば、三人も後を付いて来る。何なのだろう。
場所は孤島で、連続狩猟系。どうやら上位のクエストらしいが、特に問題はない。装備や武器もこのままでいいだろう。出口へと移動すれば変わらず付いて来る三人に苦笑し、出発準備を終えた。





さすがに四人で戦えば余裕だった。
五分足らずでクエストを終わらせて時計を確認すれば、もうすぐお昼休みも終わる時間だ。少し名残惜しく思いながらもPSPの電源を切り、ケースに戻して鞄にしまった。
お兄ちゃんやお兄ちゃんの友達以外と狩りに行くのは初めてだったけど、やっぱり一人で狩るのとは違った楽しさがある。充実したお昼休みにほくほくしていると、隣の教室がにわかに騒がしくなる。迷惑そうに黒板の向こうを睨み付ける友人に釣られてそちらを見た瞬間、誰かが教室に飛び込んで来た。

「なあ!このクラスでモンハンやってた奴いねえ!?」

女子の黄色い悲鳴の合間に、音ゲーをやっていた集団の一人がクラス全体を見渡して、いないっぽいけどーと呑気に言う。
それを聞いた赤い髪の彼は興奮した様子で舌打ちをした。いつの間にか彼の隣にいた銀髪の男の子が、猫のような目でくるりと教室内を見渡す。

「さすがにもう一つ隣じゃ繋がらんだろうし、ここか反対側のはずなんじゃがのう」
「そうだ、赤也は!?」
「こっちにもいなかったっス!」

教室の出入口を占拠した二人の元に、ふわふわした黒髪の男の子が走って来た。彼の言葉を聞いた赤髪の男の子はもう一度教室内を見渡す。
呆然と彼らを眺めるわたしなど目にも留めずに、そのまま大きなため息を吐いた。

「っくしょー!あいつ、結局誰だったんだ!?」
「名前呼んだら返事してくれますかね」
「犬みたいじゃの」
「『name』さーん!モンハンがめちゃくちゃ強い『name』さーん!いませんかー!?」
「本当に呼ぶのかよ」
「例え俺が『name』でも返事せんわ」

当たり前だこのやろう。
音を立てて血の気が引いていった顔を隠すように俯く。友人の本当に呆れ返ったような視線も甘んじて受け入れた。
『name』とは、わたしがモンハンで使っているキャラクターに付けた名前である。ちなみに男女両方『name』で、特に凝った名前ではないが今のところ他人と被ったことはない。
そろそろと顔を上げ、未だに諦めた様子もなくそこにいる彼らを見る。派手な外見の彼らは三人揃ってその手にPSPを持っていた。赤髪の子と黒髪の子はモンハンと言っていたし、このタイミングで『name』となると、もう決定打だろう。

「テニス部の奴らがあんたのこと呼んでるわよ、『name』」
「呼んでない呼んでないわたしは『name』じゃない。…って、そうか、テニス部か。どうりでどこかで見たことがあると思った」

我が立海大附属中学校の男子テニス部と言えば、校内外で有名である。全国大会の常連だし、この前だって朝会で何かの表彰式をしていたような。
芋づる式に思い出していく。赤髪の子が丸井くんで、銀髪の子が仁王くん。二人は隣のBクラスだ。黒髪の子は確か二年生でレギュラーの切原くん。揃いも揃って、立海大附属中学校きっての有名人である。
わたしはそんな有名人と一緒にモンハンをして、尚且つ彼らに探されている。何と言う非常事態だろうか。折角誘ってもらったんだからなんて思ってギルドカードを交換した五分前のわたし爆発しろ。速やかに爆発しろ。

「仕方ねえな。明日も昼休みにうちのクラスでやろうぜ。また『name』が来るかもしれねえし」
「そうっスね!はあ、結局正体は分からず仕舞いかー!」
「まあ、そう長く隠し続けられるとは思わんがのう」

最後にそんな不穏な言葉を残し、三人は隣のクラスに戻って行った。
その背中が完全に見えなくなったのを確認して、縮こまらせていた体から力を抜く。何あれ怖い。仁王くん怖い。むしろテニス部怖い。何で探したりなんかするの切実にやめてください。
青い顔をしたわたしに友人が顔を寄せ、声を潜めて問い掛けた。

「…どうすんの?」
「…ど、どうしよう」
「あんなに騒がれると名乗り出れないわね…」
「うん…」
「まあ、しばらく騒いだら飽きるでしょ。なまえが『name』だなんて、早々気付かれないわよ」
「だ、だよね!」

そもそも教室の隅っこで、友人の影になるような場所で机の下に隠しながらやっているのだ。そう簡単に見付かるはずがない。
友人の言葉にほっと息を吐いたわたしの隣で、不意に友人が首を傾げる。

「…そういえば、」
「ん?」
「あたしはモンハンとかよく知らないけど、なまえって強かったんだね」

そりゃまあ、これでもやり込んでますから。



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