学校からの帰り道で足を滑らせ水溜まりにダイブしたと思ったら何故か森にいて混乱しながらひたすら森を彷徨っている内にお腹が空いて動けなくなり蹲っていたわたしに声をかけてくれたおばあさんが、亡くなった。

わたしを拾ってくれた時にはもう既に病を患っており、それでも行き場のないわたしをまるで本当の孫のように可愛がってくれた。夫に先立たれ、息子夫婦を戦で亡くし、それでもこんなに可愛い孫娘がいると微笑んで頭を撫でてくれた。もう、あの人には会えない。
生前のおばあさんからの紹介で働かせてもらっている小間物屋さんの旦那さんは一人で暮らすくらいならうちの息子はどうだ、と言ってくれた。女将さんももう娘みたいなものでしょうと笑って、息子さんはわたしさえ良ければ是非、と、照れながらも真剣な顔で。
みんな優しかった。どこから来たのかも分からない、元は未来の人間で料理も掃除も畑仕事も何も出来ずおばあさんの手を煩わせたわたしに。
だから、いたたまれなくなったのだ。半ば一方的に小間物屋の仕事の暇を貰い、少し前までおばあさんと二人暮らしていた小さな家に引き篭った。これからどうしよう。おばあさんはいない、わたしが未来からきた人間であることを知る人は誰もいなくなってしまった。小間物屋の旦那さんも女将さんも息子もいい人達だ。でも、だからこそ、騙しているようで心苦しい。息子さんは年も近く優しくてあたたかな人だけど結婚なんて考えられなくて。そもそもわたしの価値観から言わせてもらうと彼もわたしもまだ結婚出来る年じゃなくて、でもここはわたしの価値観なんて通じる場所じゃなくて。

そう思ったら唐突に、衝動に駆られるままここを飛び出したくなって。気が付いた時には、わたしはおばあさんと出会ったあの場所にいた。

「……おばあさん、わたし…」

丑三つ時をとうに過ぎた頃。地元の人間でも滅多に近付かないと言う深い森の、一際大きな木。この根本で蹲るわたしを、おばあさんが見付けてくれた。
明かり一つもない森。今ここでわたしが蹲りお腹を空かせようと、おばあさんはいないのだ。誰もいない。誰も、もう。
涸れたと思っていた涙が再び溢れてくる。おばあさんが亡くなって半月、もう涙も涸れるほどに泣き尽くしたのに。嗚咽と涙を零しながら目の前の木の根本に蹲る。もう、おばあさんはいない。あの人はいないのだ。

「…おばあさん…!」

その声に応えたわけではないだろう。うう、と、微かな呻き声。
悲鳴を上げて飛び上がりつつ辺りを見渡す。もちろん一面、見渡す限りの木々だ。早鐘を打つ心臓を押さえ、恐る恐る一歩踏み出す。わたしの言えたことではないが、もしかしたら何か事情があってこの森に入り出られなくなった人がいるのかもしれない。それこそ野犬なんかであったら死ぬ気で逃げるしかないが。
辛うじて踏み固められ人の歩いた様子のある道から逸れ、生い茂る草を掻き分けて進む。途中から嫌な匂いに気付いた。鉄の匂い。そう、血の匂いだ。
声の主は道から外れた森の奥深くにいた。辺りに充満した血の匂い。地面を赤く濡らす、紅の人。側には長い槍が二本突き立ち、まるでその人を守るかのよう。色濃い死の匂いに反射的に吐き気が込み上げ、必死にそれを噛み殺しながらその人に近付く。息はしているようだ。まずはそのことに胸を撫で下ろす。

「…あ、あの、大丈夫ですか…?」

漏れる呻き声が答えなわけはないだろう。見れば右の脇腹に、酷い傷が、あって。そこから溢れる血は未だ止まっていないらしくて、これはもう、医学の知識がないわたしでも分かる。生きているのが奇跡だ。
震える手で血に染まった頬に触れる。氷のように冷たかった。まるで、あの時のおばあさんのように。

枝に引っ掛けたのだろうか、髪紐をどこかに落としてしまったらしく血に濡れた髪が首筋に張り付く。着物も熱い血に染まり、これはもう着られないなと頭の隅で思った。肩で息をしながら紅の人を背負い直す。申し訳ないがあの槍は後で回収させていただくとして、とりあえず紅の人の手当てをしなければ。
森と夜と、血と死の匂い。死なせてはいけないと、ただそれだけを思って再び重い足を一歩踏み出した。



よくある設定だけどこういうのも書きたい
それにしてもこの話は夢主の話しか出来ていない幸村ほぼ出てこない
身分差萌え!


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