生まれ育ったカントーから遠く離れたイッシュ地方。人種も文化も違うこの土地にやって来て、戸惑いながらも一ヵ月が経った。ようやく何もかもが新しい環境に慣れ始め、仕事でのミスも少なくなり、プライベートの話も出来るような気の合う友人を得て。悪戦苦闘した研修期間も無事に終わりを迎え、独り立ちを祝して飲み会を開いてもらい、怖いと思っていた先輩に少しだけ認めてもらえたことが嬉しくて、まだ数えるほどしか飲んだことのないお酒を調子に乗って飲み過ぎた結果。

「どうしてこうなった」

現在、午後六時過ぎ。人生初の二日酔いを現在進行形で体感し、込み上げてくる吐き気と鈍い頭痛に潔く朝食を諦めた。着替えることなくベッドに倒れ込んでしまったせいでしわくちゃになってしまったスーツはクリーニングしなければならない。床に落ちているジャケットと脱いだパンツをまとめて紙袋に放り込み、ワイシャツのボタンを外しながら酔っ払いながらも化粧を落としてから寝てくれた昨日のわたしに感謝した。昼食も無理そうだがせめて出勤前に栄養ドリンクでも買って行こうと思い立ち、ふらつきながらも玄関に置きっぱなしだった鞄を開き薄いお財布の中身を確認しようとして。

「……どうしてこうなった…」

と言うわけである。大事なことなので二回言ったけれど、本当にどうしてこうなった。
祖父母から成人祝いとして貰った鞄はカントー地方では有名なブランドのもので、仕事でも使えるシンプル且つおしゃれなデザインと、見た目以上に物がたくさん入る機能性がお気に入りだった。そんなわたしの鞄の中にはお財布と化粧ポーチ、ペンケース、メモ帳、まだ使いこなせていないライブキャスター。
そして、すぴすぴと寝息を立てる可愛いポケモンが二匹。

「……わ、わたし、知らない内にトレーナーデビューでもしちゃったのかなー、…なんちゃって……」

そんなわけがない。そんなことがあるわけがない。ただの現実逃避だ。頭を抱えたわたしに気付かず、黄色い蜘蛛のような小さなポケモンがばちゅ、と寝言なのかいびきなのか分からない鳴き声を上げる。くそ、可愛い。虫ポケモンは好きじゃなかったはずだがこのポケモンは許せる。このポケモンとバタフリーだけは許せる。
未だわたしの鞄の中で寝息を立て続ける黄色い蜘蛛ポケモンだが、その隣のまたまた小さなポケモンは突然鞄の中へと入り込んだ光に青い炎を揺らしながら目を開けた。きゅう、と、こちらもまた寝ぼけているのか可愛い鳴き声を上げる。ちくしょう、可愛い。その蝋燭のような体のせいで鞄の中が地味に焦げていたり蝋だらけになっているのも許せる。許せてしまう。
完全に目を覚ましたらしい蝋燭のようなポケモンは、その小さい手で目を擦りながらわたしを見上げる。その可愛らしさに悶える暇もなく背筋に緊張が走った。
わたしはしがないOLで、ポケモントレーナーでも何でもない。つまりわたしがこのポケモン達を捕まえられるはずもなく、そして鞄の中にはモンスターボールもなかった。そのおかげでもしかしたらわたしの気が付かない内に野生のポケモンが入り込んだのかもと一瞬だけ思ったが、よたよたと鞄から這い出て来た蝋燭のようなポケモンは人懐っこくわたしの膝の上できゅお、と鳴いた。中途半端に脱ぎ掛けなワイシャツ一枚なわたしの膝はもちろん素肌なわけで、そこに熱い蝋燭が落ちてくるのは軽い拷問と言うか立派なSMプレイと言うか何と言うか。泣きそうである。可愛いから許すけど。可愛いから許すけど!

「え、えーと…きみは……」
「きゅお?」
「あっごめん動かないで動かないでください熱い熱い熱い」

なぁに?とばかりに首を傾げたそのポケモンの頭からぽたりと蝋が落ちる。悲鳴を上げなかったわたしを褒めてほしい。可愛いから余裕で許すけど。

「ごめんね、その…きみはどこから来たのかな?」

ポケモンはわたしの質問に答えることなく、きゅおきゅおと鳴きながら膝にすり寄ってくる。可愛い。が、熱い。色々な意味で震えながらポケモンを優しく掬い上げて顔に近付ける。ポケモンは青い炎をゆらゆらと揺らし、上機嫌に鳴きながら笑った。野生のポケモンにしてはあまりにも人懐っこ過ぎるだろう。と言うことは、つまり。

「…誰かの手持ちだったりする?」

ポケモンはきゅお!と元気良く頷いてくれた。
くらり、と二日酔いも相まって意識が遠退くようだった。人のポケモンを取ったら泥棒。そんなこと、子供だって知っている常識だ。何で他人様のポケモンがわたしの鞄の中に入っているのかは分からないが、非常に残念なことに昨夜のわたしは今までにないほど酔っ払っていて、もしかしたら酔いに任せて他人様のポケモンを強奪してしまったと言う可能性が全くないと言い切れないのがつらい。何せ昨夜の記憶が一切ないのだ。お酒とは麻薬のようなもので、酔っ払いは何を仕出かしても不思議ではない。
急に黙り込んでしまったわたしを不思議に思ったのか、蝋燭のポケモンは手のひらの上で首を傾げ、再びぽたりと蝋が落ちる。熱いと思う暇もなく音を立てて全身の血の気が引いていった。どうしてこうなってしまったのだろう。思わず二日酔いも忘れてがっくりと項垂れるわたしのことになど構わず、ばちゅう、と、鞄の中から可愛らしい寝言が聞こえた。



虫ポケが苦手だったわたしが唯一パーティに入れようと思ったバチュルたんまじかわゆす。もちろんヒトモシたんもかわゆす。まあ最愛はアブソル様なんですがね!
現在大人夢主がきてます。とりあえずサブマス登場まで書けたらいいな、程度です。
そしてタイトル長いですね…。


menu

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -