実を言うと、先程捕らえた海賊はルーキーとして地味に世間を騒がせていた。
別件で支部へと出向いた帰り。補給目的で立ち寄った島で手配書と同じ顔を見付けたわたしが捕らえて海軍本部へと連行してインペルダウンへの手続きをしようとすれば、事務員が思わずと言った様子で顔を引きつらせた。不思議な反応に首を傾げたわたしだが、その手にある刷られたばかりの手配書の束を目に入れ思わず少尉共々閉口するしかなかった。
その手配書とは、わたしが捕らえた時はまだ七千万程度だったルーキーに掛けられていた懸賞金が億へとつり上げられたものであり。恐らくこれから全世界を配布しようと事務員達が全ての手続きを終えたものであり。
しかしまあ、その、何と言うか。その手配書を配布する前にわたしがそのルーキーを捕らえてしまったから、無用になってしまったものであり。
うなだれる事務員の背後に積み重ねられた手配書があまりにも虚しくて、わたしと少尉はそっと目を逸らした。





「しかし、これで大佐も地味ながらに億越えルーキーと渡り合えるような実力者だと言うことが地味に証明されましたな!」
「少尉、あなたのためを思って言いますがわたしはあなたが顔を向けている方と反対にいます」
「おっと、これは失礼を」

未だかつてない気まずさに包まれながら手続きを終え、あまりにも申し訳ないので部下に手配書の始末をさせて執務室へと足を向けた。
ため息なんかをこぼすのも今更な気がして、どうせ隣の少尉にすら聞こえないのだからと少しだけきつくブーツの踵を鳴らしながら廊下を進む。支部に行く前に仕事はあらかた終わらせてきたがどうせ執務室の机の上には書類が積まれているのだろう。それに取りかかる前に少しだけ、お茶でも飲んで疲れを癒そうか。定時に上がることを考えれば書類を片付けた方がいいのはわかっているが、しかし。
そんなくだらないことを真剣に考えていると、少尉の小さな囁きが耳に入る。

「…大佐、なまえ大佐」
「何でしょうか」
「前方から大将方がいらっしゃいます」
「えっ、」

居住まいを正して敬礼をした少尉に釣られて顔を上げ、廊下の先からこちらへと向かって来るその人達に慌てて背筋を伸ばして敬礼をした。
一応わたしも海軍将校と呼ばれ正義の二文字を背負うことを許されている身だが、海軍が誇る最高戦力である大将が三人揃う光景は思わずごくりと喉を鳴らしてしまうほど圧巻である。しかしふと、談笑していたクザン大将がわたし達の前で足を止めた。びくりと少尉の肩が震える。その見上げるほど大きな背を腰を折って縮めたクザン大将は、軽く首を傾げつつ少尉に聞いた。

「もしかして、なまえちゃんいる?」
「はっ、なまえ大佐は自分の隣にいらっしゃるはずです!」
「はずじゃありません!」
「オー…こーんなところにいたんだねェー…」

反射的に大きな声を上げてしまえば、クザン大将の背後からボルサリーノ大将がわたしを覗き込んだ。相変わらず気配も何もないねェ、と薄く笑うその人にひやりとした何かが背筋を伝う。大佐になって日も浅いわたしは未だに大将方の纏う独特の威圧感に慣れることが出来ていない。隣で青い顔をしている少尉など、今にも卒倒しそうだ。

「聞いたよォ、億越え寸前のルーキーを捕らえたんだってねェ」
「は、はい!しかし、その…せっかくの手配書が無駄になってしまい……」
「手配書なんざ気にしないでいいって。そんなことより今晩ヒマ?食事でもどう?」
「えっ、」
「部下に何言っとるんじゃ」

サカズキ大将の煮え滾るマグマの腕がクザン大将の頭を砕いた。
ひっ、と漏れた悲鳴は少尉のものだ。わたしは驚きのあまり悲鳴すら上げられず、ただ目を見開いてパキパキと音を立て再生していく大将のお顔を見上げるしかなかった。
さすが自然系の能力者だと混乱しながら感嘆する。わたしのように有り触れた超人系でも動物系でもなく、自然現象そのものである自然系。どんな攻撃を受けても滅多なことでは堪えない彼らの中では、頭を砕かれたりなんて日常茶飯事なのだろう。
完全に頭の再生したクザン大将は頬に氷を纏いながら軽く首を回し、眉を寄せてサカズキ大将を睨んだ。

「ちょっとサカズキ、痛いじゃないの。女の子の前でグロいもん見せんなって」
「オー…君はちょっと黙っておきなよォ、クザン」

さっくりと釘を刺されたクザン大将はちえ、と唇を尖らせた。
ばくばくと心臓がうるさい。微かに震える手でスーツの上から心臓を押さえれば、ボルサリーノ大将は笑顔のままわたしを見下ろした。

「それにしても、君も出世したねェー…。初めて君の能力を聞かされた時は、お世辞にも使えそうにないと思ったんだけど」

さっくりとトゲが刺さった。いや、正しく本当に全くもってボルサリーノ大将の言う通りなのだが。

「それが今では、海賊逮捕率ナンバーワンだもんねェ」

ボルサリーノ大将は感慨深げにそう呟いた。わたしが大慌てで言い訳を始めるよりも早く、便乗するかのようにクザン大将が頷く。

「本当本当。初めて見た時はまだ子供っぽさが抜けてなくて、それはそれで危うい魅力たっぷりだったんだけど、顔を合わせる度に少しずつ大人びていって…」
「やめろと言っとるじゃろうが」
「君はもう本当に黙ってなよォ、クザン」

今度はマグマと光のダブルパンチでクザン大将の頭が砕かれた。少尉なんてもう気絶しそうである。わたしも出来ることなら気絶したかった。
当然のように再生していくクザン大将をなるべく見ないように俯き、混乱を極める思考で必死に言葉を手繰り寄せる。いつの間にか震え出していた唇は、わたしよりも正直だった。

「わ、わたしなんて…。海賊逮捕率ナンバーワンと言っても、手当り次第に不意をつけるような相手に手錠をかけていただけで、大将方のように何億と言う相手を捕らえることなど出来ませんし…」
「お前が捕らえたことは事実じゃけェ、変に謙遜する必要はないじゃろうが」

弾かれたように顔を上げる。サカズキ大将はこちらを一切見ようともせず、しかし何でもないかのような声で、きっぱりとそう言い切ったのだ。
サカズキ大将の言葉に続くように、ボルサリーノ大将が頷く。

「まァ…サカズキの言う通り、君が捕らえたことに変わりはないんだから変なこと言うモンじゃないよォー…」
「そ、そうですよ、大佐!我々はなまえ大佐を尊敬しています!例え地味だろうと存在感が薄かろうとぶっちゃけそんなに強くもなかろうと、我々は一生大佐についていく所存です!」
「あらら、なまえちゃんは相変わらず人気だねェ」
「…もうええじゃろう、早く行くぞ」

馬鹿馬鹿しいとため息を吐いたサカズキ大将が歩き出し、頑張りなよォと笑ってボルサリーノ大将がその後を追い、またねと軽く手を振ったクザン大将が去って行った。
その広い背中が角を曲がり足音が聞こえなくなってからようやく、少尉と揃って深く深く安堵のため息を吐く。すごいですねえ、と少尉が感嘆するように呟くのに、ただ頷き返すしかなかった。
海軍が誇る最高戦力、三大将。大佐になってから幾度かこうして声をかけてくださるが、相手は階級も実力も雲の上の存在だ。特にサカズキ大将は、わたしがまだ一介の海兵になったばかりの頃に配属された上司である。自分にも他人にも苛烈なまでに厳しいあの人を恐れつつ憧れた。悪魔の実を手に入れた時だって、入隊当初に描いていた平凡で安定した未来をかなぐり捨てていいとさえ思ってかじりついた。瞼の裏にちらついた赤色を追うように。
もう一度ため息をこぼし、軽く頭を振って顔を上げる。未だに呆然と大将方の消えた廊下の先を眺めている少尉に構わず、執務室へと歩き出した。

「…少尉、」
「はっ、…あ、あれ?なまえ大佐、どちらに?」
「地味で存在感が薄くてぶっちゃけ強くも何ともない、手のかかる上司で悪かったですね」

そこまで言ってないですって言うかどこにいらっしゃるんですか大佐ー!と、背後から聞こえてくる少尉の悲鳴に笑いをこぼす。
平凡で安定した未来も悪くないけれどこんな未来も悪くない。サカズキ大将に頂いた言葉を思い返しながら、どうせ誰にも見えないのだからと少しだけ浮かれてスキップなんかしてみた。




サカズキさんに憧れる地味大佐。


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