わたしの両親はその昔、伝説と謳われたハンターだった。
父は身の丈程ある巨大な剣を振り回し、母は弓を引き狙いを定め、互いが互いの半身であるかのように凶暴なモンスター達を相手に戦い抜き、幾千もの勝利を上げ、ついに二人は伝説と呼ばれるようになった。らしい。
どうにも他人事のような言い方になるのは、何せわたしが生まれる前の話で、しかもお母さんがわたしを身篭ったと同時に二人共ハンターを引退してしまったからだ。
もちろん両親の腕や名声を疑っているわけじゃない。近くにモンスターが出没したと聞けば、すぐに武器を手に駆けて行き角やら尻尾やら毛皮やらを無傷で持って帰って来るような両親だ。引退した今でもその強さは健在のようだと、そんな二人の姿に思っていた。
そんな二人の間に生まれた子、つまりわたしは、当然のように両親の後を継いでハンターになるものだと、周りは思っていたことだろう。
わたしには、夢がある。
父のような名声も、母のような栄光も手に入れられない小さな夢だ。両親はもちろん、周りの人はみんなわたしの夢を否定した。けれど、伝説のハンターの娘だからこそ、わたしはハンターになりたくない。わたしがハンターにならなければならない理由なんて、どこにもないはずだ。

わたしの決意を聞いた父は、深くため息を吐き、こう言った。
ジンオウガを狩れるほどのハンターになれたら、農家になってもいい、と。





視界を遮る笠を上げて、生憎な模様の空を見上げる。今にも雨が降り出しそうな空に、肌に纏わり付く霧が煩わしい。思わず小さなため息を零し、手にした地図をもう一度眺めた。
こう霧が濃くては、少し先の道すら見えない。けれど母が昔の記憶を頼りに描いた地図によれば、ユクモ村に行くにはこの道で合っているはずだ。
土や木の匂いに混ざり、段々と濃くなっていく雨の匂いに足を早める。崖の向こうに、霧ではない白い煙が見えていた。恐らくあれが、ユクモ村の名物だと言う温泉の煙だろう。もう少しだと自分を励まし、父から貰った身の丈ほどある太刀を背負い直そうと手を伸ばした時、ふと、霧の中でも強く光る何かが、わたしの視界を横切った。
わたしが目を瞬かせている内に、その何かは霧の向こうに消えて行った。そしてまた、その何かが霧の向こうから現れて視界を横切り、霧の向こうに消えていく。強く光る何か、をよく見れば、光の中に見慣れた虫の姿が見えた。雷光虫だ。
雷光虫は次々と現れては霧の向こうに消えていくことを繰り返す。驚きながらも雷光虫達を眺め、しかし、ふと気付く。雷光虫は、こんなに鮮やかに光るものだっただろうか。雷光虫は絶えず同じ霧の向こうへと消えていく。それに首を傾げていると、当然のように霧の中の一点が明るくなる。そして、その光を背負うように、巨大な影がわたしを覆った。恐る恐る顔を上げ、目を見開く。

何かが弾けるような音。霧を裂くように、巨体がその腕を伸ばす。鋭い爪と、青い鱗と金色の鬣に覆われたその姿が、わたしを見下ろした。
時が止まったように思えた。そのモンスターは、ただ呆然と立ち尽くすわたしを、鋭く細めた瞳孔で射抜く。
わたしはいつの間にか腰を抜かし、座り込んでいた。悲鳴を上げることすら出来ない。これが、これこそが、食物連鎖。
モンスターの、鋭い爪が光る腕がゆっくりと持ち上げられる。きらりと、背負った雷光虫達の光が反射的して輝いた。

(食べられる)


「何をしてるニャ!」

そんな声と共に霧を裂いたそれは、モンスターの額に当たった瞬間、ぼふん、と音を立てて破裂した。途端に煙と霧に包まれたモンスターは、唸りながら腕を振るった音が聞こえた。霧も、煙も、風も裂く音。鋭い爪は、呆然としたままのわたしの髪を何本か持っていった。
思い出したように煙が肺に入り咳込むわたしの手を、何かが掴んで引っ張り上げる。

「こっちニャ!」
「えっ、ちょ…!」
「ああもう、いいから走るニャ!」

強引に手を引かれ、縺れる足で転びそうになりながら走り出す。
背中から聞こえた、轟くような咆哮に身を震わせ振り返ろうとしたわたしを咎めるように、前を行く小さな背中が速度を上げる。煙から逃れ、いつの間にか降り出した雨に打たれながら振り返る。
青い光を纏ったそのモンスターは、ただ、空を眺めていた。青い光に呼応するかのように、渦巻いた雲から赤い光が弾けるのを、ただ、眺めていた。



これはまず私がジンオウガを倒せていない件をどうにかしてほしい
ただ単にモンスターを狩ったり農園を耕したりオトモとじゃれたりするだけの話


menu

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -