もちろんひ弱な女子高生兼町娘のわたしに紅の人を背負い込むなんて不可能な話で、何とか家に連れ帰った時にはずるずると引きずっていた彼の具足は泥だらけだった。度々申し訳ないけれど仕方ないと思ってほしい。
急いで傷口を洗って消毒して止血をしてわたしの布団に寝かせて。残念なことに田舎の町にはお医者様なんていなくて、ここから歩いて二日近くは掛かる町に行かなければならない。額に汗を浮かべ荒い息を繰り返す紅の人から一日も目を離すことが出来なくて、わたしはただ側に付いてその汗を拭い続けた。
二日経ち、三日過ぎ。寝ずに看病をしているせいでさすがに色々と限界が来ている。今にも閉じそうな瞼を叱咤しながら、紅の人の額に置いていた手ぬぐいを再び濡らす。桶に張った冷たい水に両手ごと浸しが気休めにもならず、緩慢な動作で手ぬぐいを額に置いた。
ほう、ため息を零す。頭に霧が掛かったようにはっきりとしない意識は今にも何処かに落ちてしまいそうで。ゆっくりと、ゆっくりと襲い来る睡魔に最早抗う術も尽きかけたその時。

「う、」

一瞬で眠気が覚めた。
小さな呻き声を上げながら、紅の人がゆっくりと瞳を開けていく。長い睫が震え、焦点の合わない瞳が虚空を彷徨う。そしてようやく覗き込むわたしに気付いたのだろう、唇を震わせた。

「…ここ、は……」

嗄れた声、力のない瞳。恐る恐る手を伸ばし、血を拭った頬に触れる。
あたたかい。あの時のような冷たさは消え、もう血と死の匂いはしない。この人は、生きている。

「よ、良かった…!」

思わず神様と天井を仰げば涙が落ちる。慌ててそれを拭い、それでも滲んでくる涙はそのまま。未だ彼岸と此岸を行き交うように虚ろな瞳をした紅の人を覗き込んだ。
そのわたしより大きく胼胝で固くなった、武骨な手を両手で包む。まだこの手は冷たいが、直にぬくもりを取り戻すことだろう。

「今はまだお辛いでしょうが、すぐにお医者様をお呼びします。もう少しの辛抱ですから、どうかもう少しだけ頑張ってください」

生きているのが奇跡のような傷だったのだ。それでも拙い手当てや寝ずの看病が報われたのだろうか。見ず知らずの人とは言えもしこのまま死なれては、また泣きながら夜を過ごすことになっただろう。
紅の人がはくはくと、唇を動かす。

「銭が足らぬ、と」

小さな呟きだった。首を傾げつつ、その手を取ったまま耳を澄ませた。

「そう言われて、渡れなかったのだ…」
「…あの…?」
「まだ死ねぬ。お館様の治める世を、この目に見るまでは……」

すう、と虚ろな瞳が閉じる。慌てて胸元に耳を寄せれば静かな鼓動が聞こえて、ほっと胸を撫で下ろした。
握っていた手を布団の中に戻し、噛み殺すことなく欠伸をする。意識が戻った、それだけでも十分だ。今度は襲い来る睡魔に抗うことなく目を閉じて、紅の人が眠る布団の隣に倒れ込むように横になる。
銭が足らぬ。その人はそう言った。銭と言えば首に掛けていた血濡れの銭は手当てに邪魔だからとさっさと剥いでしまったが、もしかしてそのことなのだろうか。
わたしの意識があったのは、それまでだった。

余談だが、わたしが目を覚ましたのは昼過ぎで実は朝方に再び目を覚ました紅の人が隣で眠る見知らぬ女子に声にならない悲鳴を上げたと言うのは全く預かり知らぬことである。



はれんちでござるうううううううう


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