三人のカノンノの笑い声は、まるで花が咲くようにこのバンエルディア号を満たしていく。そんな彼女達を眺めるニアタは本当に幸せそうで、ハロルドさんの起こした失敗に今回限りは、本当に今回だけは心から感謝しようと思った。
トリプルカノンノ――三人のカノンノを比べてみると、イアハートは他の二人より元気で明るく、パスカは他の二人より穏やかで思慮深い。そこに我儘だが可愛らしいラザリスと特筆事項のないわたしを加えた五人で行動するのが常になり始めた頃、少し離れたところから穏やかにわたし達を眺めるニアタの視線をくすぐったく思わなくなった頃――とある日のことである。

「あれ、ナマエだ」

甲板から望む海は凪いでいた。手摺に肘を置いてぼんやりとしていると、すっかり耳に馴染んだ声が聞こえて振り返る。

「パスカ?」
「ナマエが一人だなんて珍しいね」

そう微笑んだパスカがわたしの隣に並んだ。手摺に両肘を置き、その瞳は凪いだ海へ向けられている。

「さっきまでセルシウスがいたんだけど、リヒターさんに呼ばれて行っちゃった。そっちこそ、ニアタと一緒じゃないなんて珍しいね」
「ニアタもウィルさんに呼ばれちゃって…ねえ、それじゃあ、私とお話しようよ」

海から視線を移し、パスカは柔らかく瞳を細めてわたしに微笑んだ。どきりと胸が高鳴る。いや、誓って変な意味ではなくて。ときめきとかじゃなくて。そんなんじゃなくて。

「駄目かな?私、前々から一度ナマエと二人だけで話してみたかったんだ」
「う、うん、いいよ」

もちろんその申し出は嬉しかったのでわたしはぎこちなく頷いて返すと、再び海へと視線を戻した。パスカもわたしに習うようにして再び視線を海へとやって、しばらくは静かな波の音を聞くだけの、まるで隣の彼女のように穏やかな時間が流れていた。心地好い――でも気まずい。相反する心がそわそわと浮き足立つ。

「ナマエはこの世界が好き?」

だから、唐突にそう問われた時は大袈裟に肩を揺らしてしまった。パスカの瞳はいつの間にかこちらへ向けられていて、海は変わらず凪いでいる。どこまでも澄んで瞳に見透かされるのを恐れながら、頷いた。

「…うん」
「そっか。私もね、パスカが好き」

うん、と再度頷くようなふりをして、俯いた。
――ルミナシアのことは、好きだ。それでもこの気持ちに至るまでたくさんあった。恨んだことも嫌ったこともないとは言えないし、彼女の好きに比べたら、何て醜いことだろう。ちらりと横目でパスカを窺う。だから、わたしはほんの少しだけ、パスカのことが。

「大丈夫だよ」
「…え?」
「何を恋しく思っていても、何を切なく想っていても、この世界が好きって言うその心さえあれば――この世界を守りたいって気持ちさえ確かにその胸にあるのなら、あなたは立派なディセンダーだよ」
「…パスカ、」

何ともなさげにそう言って微笑んだパスカは、息を呑むわたしに構わず再び海へ視線を戻す。――救われた、と思ったのと同時に、やはり彼女はディセンダーなのだと思った。

「…ニアタに何か言われたの?」
「うん。最近急に私物の整理を始めたりして、何だか様子がおかしいからって」
「そっか。手間かけさせてごめんね」

探るような言葉にあっさりと頷いたパスカに内心頭を抱えていると、パスカは潮風に髪を揺らしながら淡く微笑んだ。

「手間なんかじゃなかったよ。一度ナマエと二人でお話したかったのは本当だし、少しは気が晴れてくれたらいいな。…同じディセンダーだから、もっとナマエと仲良くなりたいの」

わたしはほんの少しだけ、パスカのことが眩しかった。彼女は正に理想のディセンダーそのもので、わたしのようにうじうじと悩むことも、形を求めて何かを捨てることもないのだろう。花のようにたおやかで、したたかで、うつくしいその姿に憧れた。同じディセンダーだからこそ憧れた。きっと、この胸の内の葛藤は誰も――目の前の彼女以外は誰も、知りもしないだろう。

この世界のディセンダーはわたしひとりだけだ。どれだけ憧れようと、羨もうと、その事実に変わりはない。それならもう、いい加減、この気持ちに区切りをつけなければ。


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