バンエルティア号が停泊している港は、ここ数日雨ばかりだ。
異常気象だとウィルさんが言っていたけれど、これでは洗濯物が乾かないので困ってしまう。窓の外を眺めては、ため息を吐く毎日。
そんな中、恐れていた事態が起きてしまった。
「…服が、ない」
部屋に備え付けられているクローゼットの前で、下着姿のまま頭を抱えてうなだれた。
そう、この雨のせいで服が乾かなくて、今日着る服がなくなったのだ。
空のクローゼットの前で唸っていると、着替える服もあり、わたしより先に着替えを終えたカノンノがわたしの肩を叩く。
「ナマエ、私の服で良ければ着る?」
「え、…う、うーん…」
「背格好はそんなに変わらないし、着れると思うよ」
「そ、そうだね…」
「私の服はロックスがたくさん用意してくれてるから、気にしないでいいよ。ね?」
「………うん…」
笑顔で言ってくれるカノンノに、どうしてこんなにも歯切れの悪い返事しか出来ないかと言うと、つまり、彼女の着ている服が原因だ。
地球人、それも真面目でジョークのわからない部類に入る日本人のわたしには、彼女達が着ているまるでアニメやゲームのキャラクターのような服を着ることが出来ないのだ。主に常識とか、羞恥心とかが邪魔をして。
仕方なしに学士の制服、というセーラー服に似た服を何着も買って、この世界に来てからはずっとそれを着ていたわけだけれども。
「あれ、これって…」
ふと、カノンノがクローゼットの隅に押し込められた袋に気付いた。
わたしが止める暇もなくそれを取り出したカノンノは、その中身を広げて声を上げる。
「レディアント!そうだよ、ナマエにはこれがあるじゃない!」
「み、見つかった…!」
上品なワインレッドのドレスに、金色の縁取りと胸元に飾られた緑色の宝石。そして短いスカートから覗く黒いレースとが可愛らしく、顔を隠すようなミトルが神秘的で、美しい。
わたしがあの時、アルマナック遺跡の奥で待つレディアントを倒して手に入れた、ディセンダーであるわたし専用の装備、らしい。
けれど、実は一度もこの装備を着たことがない。理由はもう、言わずもがな、である。
「ねえナマエ、一度くらいは着てみない?」
「や、やだ!というか、本当にそれは無理!」
「そんな、こんな可愛いのにもったいないよ!」
「ならカノンノが着ればいいじゃん!」
「私は、ナマエが着たところを見たいの!」
珍しく、カノンノの押しが強い。
元から押しに弱いわたしが、こうなったカノンノに抗う術はない。それでも悪あがきを続けようとするわたしに、わたしを壁際へと追い詰めたカノンノは、レディアント装備を突き付けた。
「一回だけでいいから、お願い」
真剣そうなカノンノの顔に、わたしはただ引き攣った笑顔を浮かべるしかなかった。
*
ざっくりと開いた胸元と背中が寒いし、恥ずかしい。ただでさえない胸をわざわざ見せるなんて、何かもう羞恥プレイでしかないと思う。
ミトルを引っぱって顔を隠していれば、まるでカーテンを開けるかのように勢いよくめくられた。
「そんな風に隠さないでほしいわ。とても素敵なドレスなのに、あなたの顔が見えないのは残念だもの」
そう言って微笑みわたしの顔を覗き込む、あなたの方が素敵です、ジュディスさん。
「女の子って、着ている服が違うだけですごく印象が変わるよね。まるで別人みたいだ、ナマエ」
褒められたのか驚かれたのか、笑顔が眩しくてくすぐったいです、シングさん。
「…うん、何というか、ディセンダーっぽいね。い、いや、あの、いつものナマエがディセンダーっぽくないってわけじゃないんだけど…!」
そんなに必死に言い訳しなくても、ディセンダーらしくないことはもちろん知ってます、エミルさん。
「でも本当に、ちゃんとディセンダーって感じはするよね。この格好のナマエなら、適当なことを言うだけで崇められちゃいそう!」
満面の笑顔で言ってくれたのはいいけれど、それは何ていう悪徳宗教ですか、アニスさん。
「ディセンダーっていうよりも、女王様みたいよねえ」
いや確かにわたしもこのワインレッドのドレスを着て三又の蝋燭の杖を持った姿を鏡で見た時そう思ったけど、そこはあえて言わないでください、ハロルドさん。
「ユーリさんには見せないんですか?」
その言葉に複雑そうな、気まずそうな顔をしたわたしに、シャーリィさんは首を傾げる。
レディアントは、纏うに相応しい主を見定めるために、戦って勝ち取らなければならない。
アンジュさんに一人までなら特別に同行者を許可してもらったけれども、誰にお願いしてよいのやら。悩んでいたわたしの首根っこを掴み、アルマナック遺跡で待つレディアントに一緒に挑んでくれたのは、ユーリさんなのだ。
「ユーリさんにも見せるべきですよ。一緒にレディアントに挑んだんですから、きっと喜んでくれます」
シャーリィさんの笑顔に押されて、ミトルに隠していた顔を上げる。
水滴が伝う窓から、久しぶりの夕焼けが目に映った。
*
「へえ、意外と似合うもんだな」
朝早くから単独で依頼に出ていたユーリさんは、ちょうど長く降り続いていた雨が止み、わたしが甲板へと出たその直後に帰って来た。
おかえりなさい、と、ミトルで顔を隠しつつ窺いながら言ったわたしに、ユーリさんは目を瞬かせてから、わたしの姿を上から下まで眺めた。
「ディセンダー様、って感じか?」
「みんなにも言われました。…嬉しくないです」
「学生服のディセンダーよりは、様になってると思うぜ」
本当にこの人は、意地悪なことしか言わない。
ミトルで隠したその下で不満そうな顔をしていると、おもむろに近付いてきたユーリさんに、ミトルを剥がされる。
間近に迫ったユーリさんの顔に目を見開いたわたしの髪を、ユーリさんが一房取った。
「いつもそういう格好してりゃいいのに」
「い、嫌ですよ。やっと晴れてくれたんだから、すぐにいつもの学士の制服に戻ります」
「ま、あれはあれで悪くはないんだがな」
そう言いながらもわたしを眺めては取った髪を指でいじるユーリさんは、どこか楽しそうだ。
その表情を窺いながら、ふと、けれど恐る恐る、口を開いた。
「…こういう服が、好みなんですか?」
驚いたようにその目を見開き瞬かせたユーリさんは、もしかして外れだったかなと慌て始めたわたしに、ただ笑みを浮かべて見せた。
名残惜しげに、髪に絡めていた指が離れていく。
「どう思う?」
いきなり被せられたミトルに上げかけたわたしの声は不自然に途切れる。
風に飛ばされたミトルを追う手を、伸ばすことは出来なかった。
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