滅んだはずの世界――パスカのディセンダーを連れて、わたし達はとりあえずバンエルティア号へ戻って来た。帰って来たと思ったらカノンノが一人増えていたことにアンジュさんはひどく驚いていたが、彼女がパスカのディセンダーだと聞かされると更に驚いていた。それはもう、言葉もないほどに。

「では、カイル達を元の世界へ戻すはずが…時間を遡ったところに存在する我らのディセンダーをこの世界を呼び込んでしまったわけだな…」
「戻すには時間がかかるみたいね…」
「ハロルドさん…」
「やっぱりお前が原因かよ…」

ニアタとアンジュさんとわたしとユーリさんの胡乱な視線を物ともするわけもなく、ハロルドさんはいつも通りの笑顔で、ひらひらとその手を振った。

「まー、そう焦らない焦らない。今回の失敗だって、ひょっとしたら世紀の大発見に繋がるかもしれないのよ」

わかっていたことだが、…残念なことにわかっていたことなのだが、やはりこの人には何を言っても無駄らしい。後悔もしないし反省もしないのだろう、この人は。さすがである。

「アンジュ、それでは彼女をこの船に置いてもいいかね?」
「ええ、断る理由はないし…でも、異世界のディセンダーまで抱えることになるなんてね…」

ただでさえうちにはナマエがいるのに、とアンジュさんがこちらを見た。わたしは曖昧に笑って返すしかない。異世界のディセンダーと異世界からのディセンダー、文面的にそう大差ないと思うのはわたしだけだろうか。わたしがそんなことを考えていると、ニアタは声を潜めてわたし達に囁く。

「彼女の時間では、まだ故郷は存在している。ナマエもアンジュもユーリも、パスカが滅びたことや、我々の身の上のことを彼女に話さないでおいてくれ」
「…ん、了解よ」
「そっか…うん、わかった」
「…同じく」

わたし達からすれば滅んだ世界のディセンダーだが、彼女の中では自分の世界は滅んでいない。屈託のないその笑顔に翳りはなく、ニアタは幾度となく噛み締めるように彼女の名前を呼んでいた。その幸せを壊したくはない。

「ところで、あなたのディセンダーを何と呼べばいいかしら?」
「ふむ。あの子には姓がない。故郷の名が姓と言ってもよいな」
「それって、ディセンダーだから?」
「ああ、その通りだ。…では、『パスカ』と名乗らせよう」

パスカ。パスカ、と小さく繰り返しながら顔を上げてみれば、ホールから彼女は――むしろ三人揃っていなくなっていた。ニアタにホールの隅で待機するよう言われていたはずなのに。慌てて辺りを見渡すがやはりその姿はなく、隣で落ち着きなく辺りを窺うわたしに気付いたユーリさんは、忽然と姿を消した三人に苦笑をしていた。

「ナマエ、同じディセンダーなんだから仲良くしてあげてね」
「我々からもよろしく頼む。そなたのような気性ならば、きっとあの子とも打ち解けられるだろう」
「え?あ、はい、それはもちろん…なんですけど…」

その本人がいないんですが。わたしの物言いたげな視線に気付いたアンジュさんが、ぐるりとホールを見渡して首を傾げる。

「ところで、トリプルカノンノはどこに行ったの?」
「トリプルカノンノなら少し前にこそこそホールを出て行ったぜ」
「ト、トリプルカノンノ?って言うかユーリさん気付いてたなら止めてくださ、」

――瞬間、鼓膜をつんざくような悲鳴が聞こえた。
わたしは悲鳴を上げて飛び上がる。反響を伴ったその声がロックスさんのものだと気付いた時には、アンジュさんはさっと顔を青くしていた。

「まさかロックスのところに!ナマエ、一緒に行って説明してあげないと、ロックスが腰抜かしちゃう!」
「何が…って、ええ!?わたしですか!?」
「あなた以外に誰がいるの!早く食堂へ行ってちょうだい!」

表情や声は切羽詰まっているというのに、行って来いと手を振る様は気楽なものである。おやおやと呟くニアタの声は確かに無機質なものであるはずなのに、微笑ましく感じているのがわかるほどに優しい。

「せ、説明って言われても…ああ、もう!ユーリさん、行きましょう!」
「俺もかよ。…ったく、仕方ねえな」

いつも通り皮肉に笑うユーリさんと二人で食堂に走る。
わたしの親友であるカノンノと、グラニデから来たカノンノ、そしてパスカのディセンダーであるカノンノ。この世界に、この時に、彼女ら三人が揃ったことは何か意味があるのだろうか。少なくともイアハートの時と違って、その木漏れ日のような笑顔が――理想のままのディセンダーの姿が、何となくこの胸に痛かった。


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