ピリオドの打たれた物語のその先を、考えたことはあるだろうか。

「そして、お姫様は末長く幸せに暮らしました――めでたし、めでたし」

昼下がりの展望室に注ぐ陽光はどこか気だるい。眠気を堪えて読み聞かせ終わった絵本を閉じると、わたしは小さくため息をこぼした。
さすがのわたしでも絵本に綴られているような簡単な文字なら間違いなくちゃんと読めるようになったようだ。我ながら自分を褒め称えたい。むしろ誰かに褒めてほしい。そうして頭の中にぱっと浮かんだのは、根気よくわたしに文字を教えてくれていたキールさんだった。あとで報告しに行こう、きっと彼なら褒めてくれる。と思う。多分。

「さてと。ラザリス、そろそろリフィルさんとの授業の時間だよね」

わたしはそう言いながら、肩にもたれる僅かな重みを窺った。ふわりと香る甘さに酩酊感はない。不満そうに唇を尖らせたラザリスは、億劫げにわたしに寄り添っていたその身を起こした。

「何度も言うようだけど、僕には教育なんて必要ない。この世界のことなら世界樹の次にわかってる。ナマエからもあの口うるさい彼らに言っておくれよ…僕、もっと長くナマエと一緒にいたい」

甘えるような、と言うか完全に完璧に甘えている台詞に苦笑を浮かべて、ラザリスの頭を撫でる。

「そんな風に言わないの。ほら、遅刻したらまた怒られちゃうよ」
「…行きたくない」
「ラザリス」
「……行きたくない」

ついにはそっぽを向かれてしまい、わたしはラザリスにバレないように肩を落とした。 もう遅刻確定である。わたし自身はラザリスのことを非常に可愛く思っているし、出来ることならリフィルさんに叱られる彼女を庇ってやりたいところなのだが、アンジュさんから口酸っぱく甘やかすなと言われているのだ。これから待っているリフィルさんのお説教も、心を鬼にしてラザリスを差し出すしか――なんて考えていると、誰かが展望室へ上がって来る。光に透ける美しい白髪が、ぞっとするほど美しい微笑みが、わたしの背筋を凍らせた。

「ラザリス、こんなところにいたのね」

ラザリスの肩が大袈裟に跳ね上がる。台詞だけ聞けば何てことはないが、その実、リフィルさんの声は地を這うように低く冷たい。ここにロイドさんがいたら反射的に正座をしそうなほど恐ろしかった。

「この子はこれから授業なの。借りても構わないわよね、ナマエ」
「…えーと……」
「…もちろん、構わないわよね?」
「あっはいもちろんですどうぞどうぞ」
「ナマエっ、そんな…!」
「保護者の許可も貰ったことだし、ほら、行くわよ」

そうしてラザリスはリフィルさんに首根っこを掴まれ、まるで捨てられた仔犬のような瞳で階下へと引きずられて行った。心を鬼にと言うか、完全にリフィルさんが怖くて喜んで差し出したようなものである。ラザリスごめん。でも本当に怖かった。心の中でひとしきりラザリスに謝り項垂れてから、ようやく顔を上げ絵本の片付けを始める。
――わたしを呼ぶ無機質な声が聞こえたのは、何となしに絵本の裏表紙で微笑むお姫様を眺めていた時だった。

「ここにいたのか。探したぞ、ナマエ」
「ニアタ。ごめん、何か用だった?」
「ああ。話がある…今、時間はあるだろうか」

この後は特に予定はなかったはずだ。わたしはニアタの神妙な声に頷くと、彼はそのままこちらへやって来て、目の前に留まった。窓の向こうから注ぐ陽光は僅かに傾きかけていて、より一層気だるくわたしの頬を照らしている。
そして、ニアタはこう言ったのだ。

「もしもチキュウに戻る方法があると言ったら、そなたはどうする」


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