ここ最近続いた雨とか、洗濯機の故障とか、その他色々あっていつも着ている服がなくなってしまった。何となくデジャビュを感じる展開だが、はてさてどうしよう。もちろんレディアントは論外である。何せ本日の予定はディセンダーとして依頼を受けるわけでもなく久しぶりにチェスターさん達と狩りに行くのだから、レディアントなんて動きにくさトップクラス装備で行く意味はない。学士の制服も決して動きやすいと言うわけではないが、まあ、細かいことは置いといて。
そんなわけでクローゼットの前で首を捻っていると、ふと、隅に置かれた袋に気付く。訝しみながら開けてみれば、それはわたしが地球で着ていた学生服だった。そうだ、いつだったか――確か自分がディセンダーだと知った辺りに、これが目に入るだけで息が詰まり思わず逃げ出してしまいたくなるから、こうしてしまい込んだのだと思い出す。全てが終わった今でもやはり何とも言えない感情が溢れてくるが、袖を通してみようと言う気分になるだけ、きっとわたしは何かを乗り越えられたのだろう。
――久しぶりの制服を着て備え付けの鏡の前に立つ。ほんの少しだけ緩く感じるウエストに思わずガッツポーズをしたわたしの背後に、目を瞬かせたカノンノが映り込んだ。

「懐かしいな、その服。出会った時に着ていた服だよね」
「うん。着る服もないし、クローゼットの奥から引っ張り出してみたんだ。…異世界の服だけど、変じゃない?」
「いつもの服とそう変わりのないデザインだし、全然大丈夫だよ」

ご最もである。
そんなわけで本当に久しぶりに制服を装備して、リッドさん、チェスターさん、ティトレイさんに何故かスパーダさん――そしてわたしと言う不思議なメンバーで狩りに行った。ちなみに誰一人としてわたしの服がいつもと違うことに触れてくれなかったので、正直年頃の女の子としては複雑だったりする。せめてチェスターさんくらいは気付いてくれたら、なんて、意気揚々と弓を射るその背中をじっと睨み付けた。

「――ようやくこの森も元通りになってきたな」

剣を収め、ぐるりと森を見渡したリッドさんがそう呟いた。あまり森を荒らしてはいけないからと撤収の準備を始めた仲間達を横目に、わたしはリッドさんの隣に並んで彼に習うようぐるりと首を回す。特にいつもと変わりのない森だ。少なくともわたしの目には、そう映った。

「わたしは元のコンフェイト大森林をよく知らないんですけど、こんな感じなんですか?」
「ああ…そう言やそうか、ナマエは元のコンフェイト大森林を知らないよな。本当ならもっと賑やかな森だったんだぜ?まあ、もう少し時間はかかるだろうけど、きっと元の森に戻るはずだ」
「へえ…」

初めてコンフェイト大森林に来た時、わたしは何を思ったのだろう。不気味だと、恐ろしいと、そう思ったのだろうか。そんなことは覚えていないし、きっともう思い出すこともないだろう。これから変わっていくこの森を目にすることが出来るのなら、それで十分だ。

「おーい、お前らの分まで食っちまうぞー!」

聞こえてきたティトレイさんの大きな声に二人揃って振り返れば、いつの間にかそこでは狩ったばかりの鳥が捌かれ、香ばしい音を立てて焼かれていた。ティトレイさんとスパーダさんは既にこんがり焼けた肉にかぶりついているし、チェスターさんが炙っている肉は非常においしそうな色に焼けている。知らず知らずの内にごくりと喉が鳴った。

「あいつら、いつの間に…」
「リッドさんリッドさん、早く行きましょう!」
「お前も大概食い意地張ってるよな」

呆れたようなリッドさんの声を敢えてスルーして、彼の手を引きその輪に加わった。チェスターさんに手招かれるまま彼の隣の切り株に腰を下ろせば、渡された焼き立ての肉をかじる。おいしい。そして、懐かしい。ルミナシアに来たばかりの頃はよくこうして狩りに連れて行ってもらっていたなと思い返した反面、いつの間にかこうして狩りや買い出しに出させてくれることが少なくなったなとも思った。
少しだけしんみりしながら無言で肉を食べていると、リッドさんに呼ばれたチェスターさんがその場を離れたのと入れ替わるように、ふと隣に誰かの気配を感じて振り返る。いつの間にそこにいたのだろう。スパーダさんは肉にかぶりつきながら――いわゆるヤンキー座りでどこかぼんやりと焚火を見ている。いや、何と言うか、非常にお似合いである。わたしはそれとなく彼と距離を取った。

「…すこーし思ったんだけどよォ」

笑い声が遠く聞こえた。代わりにその呟くようなスパーダさんの声だけは、非常に近く、鮮明に聞こえた。

「世界を救った張本人が、救われる前の世界を――自分が救った世界も知らないっつーのは、何だか変な話だよな」

わたしがその言葉を正しく理解するよりも前に、スパーダさんは残りの肉を一口て食べ切ってからこちらを向いて、にやりと唇を吊り上げた。

「お前、スカート破けてパンツ見えてんぞ」
「えっ、やだ!嘘っ!?」
「おう、嘘だ」
「…スパーダさんの馬鹿!」
「おいおい、怒んなって。スカートが破けてんのはマジなんだからよ――枝にでも引っかけたのか?ほら、これ巻いて隠しとけ」

そう言って差し出されたスパーダさんの上着を渋々と受け取り、ぐるりとスカートを隠すように巻き付けてから熱い頬を誤魔化すように咳払いをして、彼を睨み上げる。

「…ほ、本当に見てないですよね?」
「さーて、どうだったかなァ」
「チェスターさーん!」
「アンジュに誓って見てねえっておい馬鹿やめろチェスターに言い付けんな!!!」
「――俺が何だって?」

笑顔のチェスターさんに肩を叩かれたスパーダさんがどうなったのかは、お察しの通りである。





「上着、ありがとうございました」

洗濯したばかりの上着を手にスパーダさんの部屋を訪ねれば、一日オフだと言う彼はいつもより寛いだ格好をしていた。何だか少しだけ新鮮だ。

「わざわざ洗濯までしたのかよ。お前も律儀なやつだな…サンキュ」
「いえいえ、こちらこそ」

スパーダさんは受け取ったばかりの上着に袖を通した。洗濯をして丁寧にアイロンまでかけたその上着を、好奇心で一度だけ羽織ってみたことはわたしとカノンノとラザリスだけの秘密である。閑話休題。

「そう言や、あの時のスカートは直ったのか?大分ざっくり裂けてただろ」
「ああ、いえ…あの服、いつか捨てようと思ってたんです。ちょうどいい機会なのでこのまま処分しちゃおうかなって」
「へえ、そうなのか。…いつもと微妙に違う服だから、新鮮だなって思ってたんだけどよ」

気付いていたのか。いや、でも微妙にって。微妙にって。わたしは目を瞬かせ、どこか気まずそうに帽子を被り直そうとして――帽子がないことに気付いて更に気まずそうにしたスパーダさんに、苦く微笑んだ。

「元々は戦闘向きの服じゃないんです。他に服がなかったんで仕方なく着てみたけど、破けちゃいました」
「そりゃ災難だったな」
「そうですね、やっぱり世界が違うと服の素材も…っと、スパーダさん今日オフでしたよね。長々とすみませんでした。それじゃ、失礼します」

かく言うわたしも今日はオフで、ニアタに操舵室へ呼ばれていたりする。何故だか目を丸くしているスパーダさんに頭を下げ、操舵室へ向かうためホールへ戻ったわたしの目に――大きく開け放された扉の向こう、吹き抜ける爽やかな風に靡く、優しい花の色が留まった。


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