荷物を整理していたら、鞄の奥底に落ちていたものがあった。学校の近くにあったカフェのスタンプカードである。あとひとつでスタンプが全部押されるはずであったその直前で永遠に意味のないただの紙きれとなってしまったそれを、わたしは単語帳やプリント、ルーズリーフと一緒にごみ箱へ放り込んだ。
*
「え、ええと…ナマエ様、これはとても……ざ、斬新なプリン・アラモードですね…」
「…い、いやー、少し時代を先取りし過ぎちゃいましたね」
「そっ、そうですね!ちょっと、その、僕達の時代にはまだ早過ぎるデコレーションと言うか…」
「どう見てもただの失敗作だろうが」
ロックスさんの必死のフォローも台なしの一言である。しかし澄ました顔のリオンさんの言うとおり、わたしが頑張って盛り付けをした今日の三時のおやつであるプリン・アラモードは非常に斬新で前衛的な――有り体に言うのならプリン・アラモードにあるまじき悲哀を醸し出しているような――そんなプリン・アラモードになってしまった。
解せぬ。全く解せぬ。エプロンに腕まくりと気合十分なクッキングスタイルをしているリオンさんがデコレーションしたプリン・アラモードは、その女子力を少しでいいから分けてくださいと土下座したいレベルの出来だと言うのに、解せぬ。わたしはしょっぱい顔をするしかなかった。
「もう、リオン様!ナマエ様はこれでも頑張っていらっしゃるんですよ!もう少し優しく言ってさしあげても…」
「どこからどう見ても誤魔化しようのないほど完璧な失敗作に違いはないのに、これをどうフォローしろと言うんだ」
「そこは嘘でもおいしそうと言ってあげるのが男の甲斐性と言うものです!」
「ロックスさん、ロックスさん、すごくいたたまれないんでもうやめてください…」
天然って恐ろしい。首を傾げるロックスさんは自分の発言がどれだけわたしの心にクリティカルヒットしたのか理解していないようだ。リオンさんからの哀れみの視線が痛い。
わたしは打ちひしがれながらエプロンを外し、全体的に残念な感じのそれを手に、リオンさんと並んで食堂の席に腰を下ろす。おやつの時間が過ぎた食堂はわたし達の他に人はいない。依頼が長引いてしまいおやつの時間を逃してしまったため仕方ないとは思うが、いつもとは違ってがらんとした食堂に一抹の寂しさを覚えながら、わたしは供養の意味を込めてプリン・アラモードに手を合わせた。合掌。
「どうしてプリン・アラモードなんだ?」
「へ?」
しかし、いざ食べようとスプーンを握ったそのタイミングを見計らうように、リオンさんがそう問うた。
「料理下手なお前が、こんな結果になることは十分予想出来たはずなのにわざわざプリン・アラモードに挑戦した理由だ。何故か僕まで付き合わされたんだからな、納得のいく説明をしろ」
――ロックスさんが三時のおやつとして用意してくれていたプリン・アラモードを見て、無理やり手伝いを申し出たのはわたしだ。何も聞かずに笑って受け入れてくれた彼の心遣いに感謝をした反面、非常に申し訳なくも思った。ただの何てことのない感傷なのだ。
「別に…そんな大層な理由はないんですよ。付き合わせちゃってごめんなさい。その、地球にいた頃使ってた鞄から、友達とよく行ってたカフェのスタンプカードが出てきたんです。あ、スタンプカードってわかります?」
ルミナシアにスタンプカードなんてあるのかなと思い聞いてみれば、リオンさんは顔を歪めながら頷いた。その反応から察するに恐らくルーティさん辺りから聞かされたのだろうか。そう考えながら、わたしは話を続ける。
「そのスタンプカードがいっぱいになると、そこのお店で一番人気だったプリン・アラモードが割引になったんです。もう少しだったんだけどなーって、その、ロックスさんが準備しているのを見てから思っちゃって……」
言葉にしてみると更に情けない話だ。こんな感傷ごと食べてしまおうと、握りしめたスプーンでプリンを掬おうとしたが――横から伸びた手にプリン・アラモードを奪われ、わたしの手は盛大に空振ってしまった。
驚くわたしに対し、プリン・アラモードを取り上げた犯人――リオンさんは先ほどよりも一層その顔を苦々しく歪め、有無を言わさずわたしに自分の作った完璧なプリン・アラモードを押し付けると、自分はわたしの作った残念なプリン・アラモードにかぶりついた。溶けかけたクリームと大きさのバラバラなフルーツがプリンからこぼれ落ちようとも、彼はまるでどこかを睨むようにしながら黙々と、プリン・アラモードを食べ続けた。
「……あの、リオンさん」
「さっさと食べろ」
「え、いや、でも…」
「黙れ。いいからさっさと食べろ」
「………」
「…取り上げられたいのか?」
「いただきます」
味はもちろん見た目も完璧なそのプリン・アラモードは、もしかしたらあのカフェのものよりもおいしいんじゃないか――なんて、わたしはリオンさんに習い黙々と食べながら思った。ちらりと隣を窺えば、リオンさんが最後の一口をその薄い喉仏を上下させて飲み込んでいた。わたしの視線に気付きこちらを見る彼の鬱陶しそうなその目が、何故だろう、どうしようもなく――。
「………おいしかったですか?」
「見た目はともかくな」
優しいような気がしたのはやはり気のせいだったようだ。
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