野菜を切って、炒めて、塩と胡椒をかけるだけ。
それだけのはずなのに、どうしてわたしは出来ないのだろう。

「ま、また失敗した…」

深夜、誰もいない食堂。
ちゃんと後片付けをするという約束でロックスさんから借りたキッチンにて、深くうなだれる。
何度失敗してもいいようにもちろん自腹でたくさん食材を買って、もう何度も挑戦しているというのに、一向に成功する気配がない。出来上がるのは、辛かったり焦げていたりぐちゃぐちゃだったりの料理ばかり。
クレアさんからもらった手書きのレシピも、汚れてしまっている。
うなだれたまま深い深いため息を吐いて、何作目かの失敗料理を捨てようとすると、わたし以外誰もいないはずの食堂に、影が差した。

「明かりがついてるから誰かと思ったら、ナマエだったのか」
「リッドさん…」

食堂の扉から顔を覗かせたのは、リッドさんだった。赤い髪が所々跳ねているのを見る限り、どうやら寝ていたらしい。
慌ててお鍋の影へ失敗料理を隠したわたしに気付かず、リッドさんはお腹を撫でてカウンター越しにこちらを覗いた。

「寝てたんだけど、腹が減って目が覚めちまってさ。何かあるか?」
「え、ええと…果物とかでよければ、今切りますから!」

包丁くらいならわたしにも使える。ロックスさんは未だに心配そうに見てくるし、切ったものはお世辞にも形がいいとは言いにくいけれど。
確か林檎があったはずだと踵を返そうとすると、リッドさんに腕を掴まれる。
振り返れば、リッドさんの視線はお鍋の影に隠したはずの失敗料理に向けられていて。思わず悲鳴を上げかけたわたしに構わず、リッドさんはそれを取った。

「何だ、これ」
「そ、それは、その…」

言いづらそうに慌てるわたしの様子で気付いたのか、リッドさんがふと、苦笑いを浮かべた。

「そういや、ナマエは料理が得意じゃないんだったな」

手に取った林檎をいじりながら、恥ずかしくなって小さくなって頷いた。
リッドさんの幼なじみ、ファラさんはとても料理上手で、オムレツが得意料理。前にファラさんが料理当番だった時に食べたけれど、本当においしかった。

「みっともないもの見せちゃってすみません…。すぐ捨てますから、」

差し出した手に、リッドさんは目を瞬かせた。
首を傾げてそのお皿を取ろうとすると、逆にわたしの手が届かない高さまで持っていかれる。
何事だと今度はわたしが目を瞬かせると、リッドさんはそのまま、焦げた野菜を素手で取り、口へ放り込んだ。

「なっ、何やってるんですか!そんなの食べたら体に悪いですよ!」
「炭食ってるようなもんだからな」
「わかってるなら、わ、ちょっ、もう食べないでください!おいしくないでしょ!?」
「ああ、炭の味がする」
「当たり前です!」

何を思ったか喋りながらも食べ続けるリッドさんの手からジャンプしてお皿を奪い取った。
リッドさんから隠すようにお皿を背にしたわたしに、彼は不満そうな顔を向ける。

「捨てるなんてもったいないだろ」
「だ、だからっておいしくもないものを…」
「こういうのは、味見する人間がいた方が上達するんだよ」

ファラの受け売りだけどな、そう笑ったリッドさんはぽかんとしたままのわたしからお皿を取る。そして再び、焦げて炭のようになった野菜を口に放り込んだ。

「次からは火にも気をつけろよ。強火でがーって焼けばいいってもんじゃないからな」
「は、はい…」
「まだ材料あるんだろ?味見してやるから、作ってみろよ」
「うえ、え、えっと…」

ありがたい申し出なんだけど、何回やっても一向にわたしの料理の腕は改善することはなかったのだ。炭を食べさせただけで罪悪感が半端ないというのに、これ以上どうすれば。
返答に困りもごもごと口の中だけで何かを言おうとしていると、リッドさんが苦笑いをしてわたしの頭に手を置いた。

「ファラだって、最初から料理が上手だったわけじゃないんだ。練習すれば、何とかなるさ」
「…そう、ですか?」
「ああ、俺が味見係してやるから。ファラの料理のおかげで、胃は丈夫だぜ」

あの時もさ、と。
ファラさんとの思い出を懐かしむような瞳をして語り出す。幼なじみだから、数えきれないほどの思い出があるのだろう。
胸が、ちくりと痛い。
その痛みに首を傾げ胸を押さえたわたしに気付かず、リッドさんは笑う。それに釣られるように、わたしも笑った。

「頑張れよ、楽しみにしてるぜ」
「せめて焦がさないように、頑張りますよ」

カウンター席に座ったリッドさんの手からお皿を取り上げ、代わりに林檎をその手に乗せる。
口直し、とかじりついたリッドさんにまた笑う。
まだ熟していない、想いだった。



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