何となく握った感じが気に入って長く使い続けていた杖だったが、そろそろ杖の方がお前について行けなくなるぞと言うキール先生からのありがたい指摘を受け、ようやく買い替えを決意した。しかしながら貯まっていくばかりだったおこづかいを手にショップを訪問したところ、バンエルティア号のアイドルと言っても過言ではないほど愛くるしい見た目をしたラッコ…改めモフモフ族の三兄弟が、揃って目を輝かせながら飛び付いて来たのである。

「ナマエ、いいところに来たキュ!」

愛らしく小さな手が、ぺちぺち、と言う効果音と共にわたしの腕を叩く。わたしは真顔でここはどこだろうかと考えた。果たしてここは天国だっただろうか。いや、ここはバンエルティア号のショップである。閑話休題。

「ポッポ達は持ち場を離れられないキュ!だから、代わりに行ってほしいところがあるキュ!…お願い出来ないキュ?」
「大丈夫ですよ。ちょうど今は受けられそうな依頼もなかったですし…ええと、どこに行けばいいんでしょうか?」
「ルバーブ連山だキュ!」

筆舌に尽くし難いほど愛くるしい身振り手振りで説明してくれたポッポさん曰く、ルバーブ連山に人を迎えに行ってほしいそうだ。本来ならとっくに到着していてもおかしくない頃合いなのだが、何故だかその人は今になっても到着していないらしく、モフモフ三兄弟は揃って心配になったらしい。キュウ…と言う元気のないその鳴き声が、不謹慎なことを承知の上で拳を空に突き上げモフモフ族万歳!と叫びたいほど可愛らしかった。

「ジェイはとっても強いキュ!絶対、みんなの仲間にした方がいいキュ!」
「ジェイさん…ですね。わかりました。すぐにルバーブ連山まで迎えに行きます」
「ありがとうだキュー!」

いえいえ、こちらこそ。すり寄ってくるモフモフ族のもふもふを存分に堪能したわたしは、非常に満ち足りた気分でショップを後にしようとして――ふと、足を止めて振り返る。

「そのジェイさんって、何か特徴とか…そう言うのはありますか?」
「特徴だキュ?特徴は…ジェイは、ちょっと背が低いキュ。でも、あんま言わないでほしいキュ…」

どこか言いにくそうにそっと教えてくれたポッポさんを見て、それからこくこくと頷くキュッポさんとピッポさんを見て、わたしは拳を握りしめた。三兄弟よりも背の低いモフモフ族――なるほどなるほど、可愛いじゃないか。俄然やる気が出てくると言うものである。

「ジェイをよろしく頼むキュ!」

――もうお分かりだろうがその時のわたしはこの盛大な勘違いに気付くことなく、モフモフ三兄弟に見送られ意気揚々とショップを後にしてしまった。もちろん、買ったばかりの新しい杖を装備して。





ルバーブ連山はいつもの通り人影もなく、魔物の鳴き声だけが谷底へと響いている。わたしは魔物からこそこそ逃げ回りながらモフモフ族のその愛らしい姿を探したが、しかし、モフモフ族どころか本当に人影も見当たらない。仕方なくルバーブ連山を歩き回って探していたところ――ようやく、人を見付けた。

「やっぱり、この辺にはないのか…。だとするともっと奥に…」

道の端に座り込んだその人はぶつぶつと何かを呟いている。探しものでもしているのだろうか。そう思いながら声をかけようとしたその時、くるりと、艶やかな黒髪を揺らしてその人が振り向いた。

「――突然、人の背後には立たない方がいいですよ。警戒した相手に攻撃されても何の文句も言えませんからね」
「えっ、…す、すみませんでした」

誓ってそんなつもりは一切なかったのだが、振り向いたその人の凛とした視線にすっかり気圧されてしまい、わたしは大人しく頭を下げた。しかし相手の方は頭を下げたわたしのことなど気にもかけずもう一度ぐるりと辺りを見渡すと、ふむ、と何かを納得したように頷いた。

「あの、少し聞きたいことが…」
「ああ。すみませんが、今手が離せないんです。お話しでしたらまたの機会に。失礼します」
「えっ」

取りつく島もないほどあっさりと踵を返されてしまった。わたしは呆然とその場に立ち尽くしその華奢な背を見送ってから、ぽつりと呟いた。

「あの子、男の子だよね…?」

振り向いた時の肌の白さと睫毛の長さがリオンさんを彷彿とさせるレベルで美少女――改め美少年だった。さすがはルミナシアである。そんな妙なことを感心しながら、わたしは再びモフモフ族を探して歩き出した。





ここにいないとなるともう一度入口まで戻って、今度は高原方面を見て回らなければならない。そう思いながらやって来たルバーブ中腹にて、先ほどの美少年(仮)の姿を見つけた。やはり何かを探しているらしい。彼もわたしの姿を見つけて振り返り、少しだけ驚いたようにその大きな瞳を瞬かせた。長い睫毛が揺れる。

「あなたは、先程の…?」
「こ、こんにちは」
「どうも。それにしても…こんなところまで来るだなんて、命知らずもいいところですよ。見たところ、あなたは魔術師か何か…いえ、一人で来るところから考えると、攻撃と回復の出来るビショップですか?どちらにせよ、後衛であるあなたがよく一人でここまで来れましたね」
「全力で逃げ回ったので…って言うか、な、何でビショップだってわかるんですか?」

驚いているわたしの顔が相当面白かったのだろうか。その人はにっこりと、花が舞うような笑顔で言った。

「見ればわかります」

わたしは自分の着ている学士の制服と、それから買ったばかりの杖を見下ろして、しかと頷いた。確かに見ればわかる。何だかあそこまで大袈裟に驚いたことが急に恥ずかしくなってしまった。いや、それでも魔術師や僧侶ではなくビショップだと言い当てたのはすごいけど。すごいけども。

「もしかして…いや、でも……」

わたしが羞恥心に悶え苦しんでいる間に、その人はそんな呟きをこぼしながら眉を寄せ、わたしを観察していた。胡乱げな瞳を向けられるのは何だか居心地が悪い。上から下まで注意深くわたしを観察し終えたその人は、唐突にその口を開いた。

「まさか、ポッポの言っていたアドリビトムの方ですか?」
「え?は、はい…アドリビトムの者ですが…」
「そうですか。それは失礼をしました」

何で彼からポッポさんの名前が出てくるのだろう。わたしは内心そう首を傾げながら、居住まいを正した目の前の彼に釣られ、ぴんと背筋を伸ばした。

「初めまして、僕がジェイです。モフモフ族のみんながお世話になっているそうで」
「………え?」
「ポッポ達のお願いでもあるので、僕もあなた達に協力をしますよ。よろしくお願いします….って、どうかしましたか?」

ぽかんと口を開けたまま硬直しているわたしに首を傾げた彼――改めジェイさんにはっとして、慌てて勢いよく左右に振った。

「なっ、何でもないです!ええと…その、よ、よろしくお願いしますね…ジェイさん」

苦笑で何とか誤魔化しながらも実は冷や汗がだらっだらである。まさか、いや本当にまさか――ジェイさんが人間だったなんて。一ミリたりたてそんなこと考えもしなかった。だってほらポッポさんからのお願いだったから同じモフモフ族かなって思っちゃうじゃん。思っちゃうじゃん。わたし悪くない。踵を返した彼を無理やり捕まえてこの辺りでモフモフ族見てませんか?とか聞いてなくて本当によかった。グッジョブ、わたし。

「それにしても…」

ジェイさんのその呟きに、大袈裟なまでにわたしの心臓が跳ね上がった。

「よく僕がジェイだとわかりましたね?セネルさん達ですら、一度でぼくをジェイだと見抜くことが出来なかったのに」

いや別にあなたがジェイさんだとわかっていたわけじゃないって言うか、むしろ種族すら間違えていたって言うか、セネルさん達とお知り合いなんですねって言うか、何て言うか。
果たして何と返事をしたらいいものか。更に冷や汗をだらだら流しつつもごもごと口ごもっていると、そんなわたしの様子にジェイさんは目敏く突っ込んできた。

「何ですか?はっきり言ってください」
「え、ええと、…………ポッポさんから身長が低い人だと聞きました!」

ほらこれなら嘘は言ってない!失礼極まりないけど、嘘は言ってない!ドヤ顔でそう言いきり胸を張るが、途端にその目を細めたジェイさんによってその場の空気が凍り付き、わたしは早くも後悔をした。

「……今の話と身長のことは何の関係もないでしょう。それとも、アドリビトムには加入条件に身長制限でも設けられているんですか?」
「い、いや、その、ち、違くて……」
「そもそも、それならあなたも引っかかりますよね?僕とそう身長変わりないんですから。まあ、もちろん僕の方が高いですけど」

そうだろうか。わたしは畳み掛けるような嫌味の間に、思わず彼の頭付近を見た。そして彼の隣に並ぶ自分を想像する。何か、たぶん、そう変わらない気がしなくもないような…。

「――何見てるんですか?」
「ひえっ、な、何でもないです!」
「…もういいです。お話だったらそちらで伺います」

彼はそう言って踵を返し、きつくわたしを睨み付けた。

「さあ、バンエルティア号へ案内してください」





未だかつてないほど気まずい帰路を辿り、わたしはジェイさんを連れてバンエルティア号へ戻って来た。どうやらアンジュさんには既に話が通っていたらしく、にこやかな歓迎を受けたジェイさんは機嫌を直し――たりはしなかった。アンジュさんには比較的普通に対応していたのだが、わたしに対してだけは刺々しいのである。アンジュさんも首を傾げていたが、どうせナマエが何かしちゃったんでしょうちゃんと謝りなさいと言う至極全うなお言葉の元、ジェイさんの案内を任されてしまった。気まずい。すこぶる気まずい。

「ジェイだキュ〜!」

依頼人でもあるモフモフ三兄弟の元にジェイさんを案内すれば、三人はきらきらと目を輝かせて彼に飛び付いてきた。三人の姿をそれぞれ見て、ようやく張り詰めていたジェイさんの雰囲気が和らぐ。ジェイさんは自然な笑顔で彼らを抱きしめ返した。

「みんな、無事かい?」
「大丈夫だキュ〜!」
「みんな、いい人達だキュ!」
「それはよかった」

ジェイさんは笑顔で頷いたが、すぐにその顔を曇らせてしまう。

「ごめんよ、みんなの好物のボルケイノホタテをお土産に採って来たかったんだけど…。あそこも大分生態系のバランスが崩れてきているみたいで、うまく見つけられなかったんだ」

ボルケイノホタテって何だそれと思いつつ、ルバーブ連山で彼が探していたものがモフモフ三兄弟が大好きなホタテだと知って、思わず胸があたたかくなった。何だ、可愛いところもあるじゃないか。わたしはそう微笑ましく思いながら、モフモフ三兄弟とジェイさんを眺め続けた。いやはや、眼福である。

「そんなの気にしないキュ!ジェイが来てくれただけで十分だキュ!」
「そうだキュ!元気を出すキュ!」
「ジェイも、これからここでキュッポ達と頑張るキュ!」
「…わかったよ。ありがとう、みんな」

どうやら話はまとまったらしい。最後に少しだけジェイとポッポさんは小声で話していたが、その内容までは分からず、仕事に戻る三人と別れたジェイさんがショップの入口で待っていたわたしの元へ戻って来た。ありがとうだキュ〜!と小さな手を精一杯に振ってくるモフモフ三兄弟に恥も外聞もなくでれでれしながら手を振り返す。可愛い。この可愛さで世界を救える。

「ええと…それじゃ、とりあえずお部屋に案内しますね。同室のセネルさん達はちょうど依頼に出ちゃってるんですけど…」

返事を期待せずに声をかけて案内しようとするが、ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声が――わたしの背にかけられた。

「…さっきは大人気ないことを言って、すみませんでした」

思わず驚いて振り返る。ショップの入口に立ち尽くしその愛らしい顔をこれでもかと歪ませたジェイさんが、目を逸らしながら話を続けた。

「水に流すと言ってるんですよ。ポッポが僕の特徴を…背が低いと言ったのは事実のようですし、これから同じギルドで働くんですから、最初から険悪じゃ困るでしょう」
「そんな…わたしの方こそ、色々とすみませんでした。…い、色々と」
「…その様子ではまだ何かありそうですね」
「め、滅相もない!」

さすがに種族を間違えていたことは墓まで持って行きたいレベルで恥ずかしい。わたしは全力で首を振り、仕切り直すように手を差し出した。

「わたし、ナマエって言います。これからよろしくお願いしますね、ジェイさん」
「ええ、よろしくお願いします。ナマエさん――いえ、ディセンダー」

固まるわたしの手を、ジェイさんが握りしめる。花が舞うようなその笑顔は先ほどモフモフ族三兄弟に向けられていた自然なそれとは違い、楽しくて仕方ないと言わんばかりの――わたしをビショップだと言い当てた時のそれによく似ていた。どうしてわたしがディセンダーだとわかったのだろう。花を背負い無邪気を装った彼の笑顔に、わたしは心の中だけでとんでもない人が来てしまったんじゃないかと戦慄した。


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