いや、本当に偶然なんです。
その時スパーダさんが任務で船を留守にしていたのも、スパーダさんが帰って来る前にアンジュさんによって事態が収集されたのも、苦い記憶と共にそれをクローゼットの奥深くに封印したのも、それをスパーダさんに言わなかったことも。
全部、全部ただの偶然なんです。

「…偶然、だァ?」

わたしの言い訳を静かに聞いていたスパーダさんが、ぴくりと片眉を上げる。椅子に座る彼の正面に正座するわたしは、そんな仕草だけで心の中で悲鳴を上げた。
組んでいた足が解かれ、腰を折りわたしの顔を覗き込む。彼の一挙一動に肩を震わせていたわたしは、前髪が触れるほどの距離にあるその顔に息を呑んだ。

「だからってお前、よりにもよって恋人の俺にメイド服姿を見せないって何考えてんだよ」

返事の代わりに、光の速さで土下座した。
ただ。ただ、許されるのなら言わせてほしい。
何でわたしはそんなことのために土下座させられてるんですかね。





簡単に要約すると、例のメイド服云々の騒動の時にいなかったスパーダさんにメイド服を着ろと脅されてる。正しくエマージェンシー、非常事態である。
そんな非常事態に任務へ行ってしまったカノンノのいない自室で、クローゼットの奥から引きずりだされたメイド服が広げられた。ヘッドドレスやニーソックス、ガーターベルトまで含めて、である。ベッドの上に広げられたそれを眺めるスパーダさんの背中を見ることも出来ず、床に正座したまま自分の膝を見つめていた。

「これ、イリアが選んだって?」
「み、みたいですね…」
「へえ…。あいつ、いい趣味してんじゃねェか」

どこらへんがだろう。
何度見てもフリルやらレースやらに閉口したくなる。ああ、やっぱりどんなものであれイリアさんがわたしに選んでくれたものだからと良心を痛めることなく焼却処分するんだった。クローゼットの奥ではなく、オルタータ火山のマグマに突っ込むべきだったのだ。

「んで、だ」

ベッドに腰かけたスパーダさんが、いい笑顔で紺色の白いエプロンを向ける。

「着て見せろよ」
「勘弁してください!」

再び土下座である。
それだけは、それだけは勘弁してほしい。何のためにわたしが、恋人であるスパーダさんにこのことがバレないよう細心の注意を払っていたと思ってるんだ。
しかし、スパーダさんはわたしの返事にあからさまに眉を吊り上げる。

「俺がいない間に俺以外の男に見せた癖に、男には見せないってどういう了見だよ。あァ?」
「い、いや、それは…」

ぶっちゃけて言うと、スパーダさんがいない間に罰ゲームの決行を決めたのはわたしだ。つまり、偶然でも何でもないのである。
他の誰かならまだしも、メイド服姿を恋人に見せるなんて拷問だ。いつかは彼からもサインを貰わなければならなかっただろうが、そこはイリアさんに土下座してでもどうにかするつもりだった。

「…本当、本当に無理なんです…。見せられるものじゃないんです…!」
「…あのなあ、」
「だっ、だって、メイド服ですよ!?メイド服!わたしに似合うわけがないんです!」

可愛いって、似合うって、サインを貰った色んな人が言ってくれた。
でも、その度に心が擦り減っていくようだった。可愛いなんてただのお世辞。似合うはずがないって、自分が一番わかっていた。

「メイド服なんて、可愛い子が着るから許されるんですよ…。わたしが着たって似合わないし、見苦しいだけです…」

だから、どうしてもスパーダさんには見せたくなかった。
スパーダさんはわたしを好きだと言ってくれた。恋人として迎えてくれた、選んでくれた。彼のことを信じていないわけじゃない。でも、わたしはいつでも不安なのだ。
普通に考えてメイド服なんて着たらドン引かれるはずだろう。何故か着ろと言われたのには驚いたけれど、あんな見苦しいものを見せたくない。

「…ナマエ、」
「…はい」
「顔上げろ」
「嫌です」

頭上からスパーダさんの舌打ちが聞こえて、思わず肩を震わせる。
緊張と恐怖と不安で頭が破裂しそうだ。膝の上に置いていた手はいつの間にかスカートを、皺になるくらいきつく握りしめていた。嫌われる。それが嫌で、だから、見せたくないのに。
揺らぐ視界の端にスパーダさんの手が映り込んだと思ったら、その手がわたしの両頬を掴んだ。うぶっ、とおよそ恋人に聞かせたくないような声で顔を上げさせられる。
目を白黒させるわたしを、スパーダさんは真っ直ぐ睨み付けた。

「俺が惚れた女を、これ以上侮辱すんな」

その言葉に、目を瞬かせるしかなかった。
固まったわたしから手を離し、ベッドから下りたスパーダさんは正座をしたままのわたしと目を合わせるように床に腰を下ろす。
ベッドに寄りかかった彼の足の間に座るような形になり、引き寄せられるまま足を崩してその胸に頬を寄せた。
スパーダさんの、少しだけ早い心臓の音。それに耳を傾けながら、さっきの言葉を脳内で必死に咀嚼する。そんなわたしの頭を撫でながら、スパーダさんは囁いた。

「お前が何をうじうじ考えてるか知らねえが、男って生き物は自分の彼女が世界で一番可愛いもんなんだよ」
「う、うそだあ…!」
「嘘じゃねえよ、変なことばっか考えんな。お前、いい加減に自分の恋人を信じろっての」

呆れたような言葉に、思わず涙が零れてきた。
ぐすぐすと鼻を鳴らすわたしの頭を乱暴に撫で回し、言葉を続ける。

「お前はもう少し自信を持て。大体、何を気にする必要があるんだよ。恋人の俺が似合うと思ってんだ。他の奴らの言うことなんざ、気にすんな」

穏やかなリズムで叩かれる背中。泣いたせいで体温の上がり微かに汗ばんだこめかみに、宥めるように触れた唇。
頬に触れた掌に顔を上げるよう促され、躊躇いながらもスパーダさんを見上げる。真っ直ぐな視線を向けられれば逃げ出したくなるのは反射で、それでも喉を鳴らして静かに瞼を下ろす。
似合う。可愛い。そんな言葉を軽々しく言ってくれる人じゃないことくらいわかっていた。それでもと期待するわたしもいたし、けれどやっぱりそれ以上に彼に失望されるのが怖かった。
結局、わたしが可愛いと言ってほしかったのはこの人ただひとりだけなのだから。





「まあ、とにもかくにもわたしは着ませんが」
「はあ!?今確実に着る流れだっただろうが!」
「そんなの知りませんよ!とにかくわたしは着ませんから!」
「だーかーら、何で俺にだけは見せねェんだよ!!」
「そっ、それは、だから…その…、さっ、察してください!!!」



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