お皿洗いを終え食堂でまったりとお茶を飲みながら休憩していたら、いきなり現れたミラに黒いうさみみを装着させられた。

「………何、これ」
「うさみみだ」
「いや、それはわかるけど。何でわたしに着けたのかって聞いてるの」
「ナマエは相変わらず精霊に厳しいな。ジュードへの態度と違い過ぎる」

ふう、とまるで反抗期の子供を眺めるような目を向けられ、思わず黙り込む。全くの図星なので、返す言葉もない。
そんなわたしを置いてきぼりのまま、ミラは目を輝かせて手にした袋を漁った。

「白のうさみみもあるぞ!」
「あの、そうじゃなくて」
「ナマエの髪色に合わせて黒を選んだが、白も似合うかもしれないな。ふむ、どちらにするべきか…」
「ミラ」
「いや、いっそうさみみではなくいぬみみの方が…」
「ミラ!」
「む?…ああ、そうだな。ここは当人に聞いた方がいいな。ナマエ、お前はどちらの方が『萌え』ると思う?」
「………はあ?」

至極真面目に聞かれた言葉は、耳慣れないものだった。
ミラは真面目な顔のままわたしの頭に装着されたうさみみと手にした白いうさみみといぬみみを見比べる。正に真剣そのものの気迫に盛大に首を傾げ、手触りのいいうさみみを掴んだ。

「萌え…って何?燃えるの?えっ、このうさみみ燃やすの!?」
「いや、違うぞ。何でもアルヴィンが言うには、人間は可愛いものに対して『萌え』と言う表現を使うらしい。要は、今の流行りのスラングだそうだ」

精霊の主のくせに意外と暇でそれを持て余した挙げ句にギルド生活なんて始めてしまったマクスウェル様は、流行にも敏感らしい。

「せ、精霊の主がスラングなんて使っていいの…?」
「構わないだろう。私はむしろ、そうして次々と新たな文化を作り出す人間達を素晴らしいものだと思うよ。『可愛い』の一言で表現し切れない想いが、この『萌え』と言う言葉に篭められているそうだ」

うっとりと、まるで我が子の自慢をするかのようにミラは語る。しかし、目の前のわたしがうさみみを掴んだまま半眼で自分を見つめていることに気付いたのだろう。きょとんと目を瞬かせ、首を傾げた。

「どうした?まるで苦虫を噛み潰したような顔をして」
「いや…何か、アルヴィンさんの情報だと思うとちょっと信用出来ないって言うか…」
「何だ、信用がないな」

笑いながら言われた言葉に再び黙り込む。図星なことくらい、言わなくてもわかるだろう。
別に悪い人だとは思っていないし、仲間だと思っている。けれど、あの人は意地悪で嘘つきだ。そんな人なのに嫌いにはなれないのが憎くもある。あの人はそういう人だ。
何だか気まずくて脳内に描いたアルヴィンさんの顔はすぐに消し、うさみみを引っ張る。

「ええと、つまり…その『萌え』とやらのことはわかったけど、何でわたしにうさみみ?」
「手っ取り早く『萌え』と言う感情を知るには、年頃の少女にコスプレをさせるのが一番だと聞いた!」
「アルヴィンさーん!?」

たった今しがた脳内から消したばかりのアルヴィンさんを今度は大声で呼んだ。
どうせ近くにいるはずだ、あの人はそういう人だ!

「呼ばれて飛び出て、ってな」

案の定、楽しげな笑いを浮かべながら食堂に足を踏み入れたアルヴィンさんをきつく睨み付ける。そんなわたしを気にした様子もなく、にやにやと、茶化すように彼は言った。

「随分と可愛い装備じゃねえの。この船にゃ狼なんかたっくさんいるからな。食べられないよう気を付けろよ、救世主様」

頭からうさみみを引っこ抜いて床に叩き付けた。
そして一瞬で捨てられた子犬のように悲しげな顔になったミラの奥で唇を引きつらせたアルヴィンさんに詰め寄る。

「ちょっとアルヴィンさん、ミラに何教えてるんですか!仮にも精霊の主ですよ!?」
「いやいや、ミラは正真正銘精霊の主、マクスウェル様だろ」
「そのマクスウェル様にコスプレなんてものを教えないでください!」

更に言い募ろうとしたわたしの頭で、かぽり、と音がした。
ミラを見る。わたしの頭に手をやったまま、マクスウェル様は満足げな笑顔で頷いた。

「うむ、白いうさみみも似合うな」
「………アルヴィンさんの馬鹿!!!」
「俺かよ!」

ただの八つ当たりである。
わたしがまた床に叩き付けないようにするためか、ミラは白いうさみみを掴んだままだ。いや、もしかしたら手触りを楽しんでいるだけかもしれない。何だかそんな気がしてきた。
うさみみを外すことも出来ずに恨めしげに睨み付けるわたしに、アルヴィンさんがため息を零す。

「確かにミラに『萌え』ってのを教えたのは俺だけどな、おたくのうさみみについては俺の案じゃないぜ?」
「何言ってるんですか、アルヴィンさん以外に誰が…」
「いや、ジュード君が」
「ああ、ジュードの案だ」
「…………え?」
「ミラ!!!」

妙な空気に包まれた食堂に、ジュードさんが飛び込んで来る。
がちゃがちゃと重そうな音を立て、顔は器用に赤と青に染まっている。見慣れた、けれど彼が纏うには見慣れない甲冑を身に着け、ミラの肩を掴んだ。

「ああもう、こんなところにいた!もうこれ脱いでいいよね!?って言うか僕の服は!?」
「いいや、まだ駄目だ。まだ『萌え』とやらを私は理解出来ていない」
「そんなのわからなくていいから!大体、僕にクレスの服を着せたってわかるはずがないよ!」
「安心しろ、ジュード。ほら、お前の言った通りナマエにもうさみみを着けてみた。これがお前の言う『萌え』なのだろう?」

ジュードさんはようやく、ミラ以外の人間が食堂にいたことに気付いたらしい。アルヴィンさんとわたしを見比べ、そのまま視線をわたしの頭に移動させ、目を逸らした。

「…………ごめん…」
「…………いえ…」

被害者同士、通じ合うものがあった。
ミラは暗い顔のジュードさんが身に着けた、クレスさんの甲冑を軽く叩く。

「何でも、こういった体型に合わない服を身に着けた時のアンバランスさも『萌え』だと聞いたのでな。…ふむ、アルヴィン。これは『萌え』るものなのか?」
「こりゃ人選が悪かったな。ジュード君じゃなくて、救世主様辺りなら完璧だろ」
「何故ジュードでは駄目なんだ?」
「あのな、これはあくまでも『自分の服』であることが条件だ。自分の服を着た女の子の、少ししか見えない指先なんかが庇護欲をそそる。それこそが『萌え』なんだよ」
「なるほど…」
「この場合、例えナマエがクレスの服を着たとしても『萌え』るのはクレスだけだぜ」
「そ、そういうものだったのか!ううむ、『萌え』とは奥が深いものなのだな…!」
「ミラに変なこと教えないでくれる!?」
「クレスさんまで巻き込むなー!!!」

ジュードさんの蹴りとわたしのピコハンが、アルヴィンさんの頭にクリティカルヒット。
食堂の床に沈み込んだ諸悪の根源を一瞥することもなく、わたし達は揃って深いため息を吐いた。

「何か、本当にごめん…」
「そんな、ジュードさんは悪くないですよ…」
「ううん。…その、僕にクレスの服を着せるよりも、女の子にそういうのを着けさせた方がいいって苦し紛れに言っちゃった僕が悪いから……」

ここにきてようやく状況を把握し、もう一度ため息を吐く。
要は、アルヴィンさんに『萌え』と言うものを教えられたミラは、その感情を知ろうとまずジュードさんにコスプレをさせた。これに関しては恐らくアルヴィンさんの案だろう。あの人はそういう人だ。
そんなジュードさんは、自分がコスプレするよりも他人、しかも女の子にさせた方がいい、と苦し紛れに主張。その結果が、この頭に装着させられたうさみみである。

「ナマエ、さっそく実践してみよう!ここに回収したジュードの服が…」
「ちょっ、ミラ!返してってば!」
「何を言う、ジュード。自分の服を着たナマエが『萌え』なのだろう?ほら、ナマエ!」
「わ、わたしじゃなくてミラが着た方が…」

わたしの抗議を聞いてくれるはずもなく、期待に輝く瞳を無視することも出来ずに、心の中でジュードさんに謝りながらその上着を羽織る。
まだ温もりの残った上着に袖を通せば、確かにわたしでは指先くらいしか出なかった。ジュードさんの上着の丈は長めで、鼻歌混じりのミラに釦を留められてしまえばスカートすら見えやしない。

「ジュード、見ろ!これで完璧な『萌え』のはずだ!」

自信満々な様子のミラに背中を押され、ジュードさんの前に立つ。いたたまれずに俯いたままの視界には、クレスさんの靴が見えた。
重い沈黙が食堂に落ちる。そんなわたし達の横、沈められていたアルヴィンさんが唸りながら起き上がる声が聞こえた。いてえ、と頭を押さえる彼に心の中で自業自得だと冷たく返す。そんな声が聞こえたわけではないだろう、アルヴィンさんはようやく気まずい雰囲気を漂わすわたし達に気付いたようだ。
頭をさすり目を瞬かせわたし達を眺めたアルヴィンさんは、呆れたように唇を吊り上げた。

「…へーえ。棚ボタじゃん、優等生」

顔を上げる。
ジュードさんは、真っ赤だった。



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