お姫様抱っこ。それは、世界を問わず人種を問わず年齢を問わず、全ての女子の夢である。
しかし、その夢が叶うことは早々にない。何故なら、まずお姫様抱っこをするために必要な体力、並びに筋力を持っている男性がそもそも少ないのだ。普通に考えて、気軽に恋人に頼めることではない。相手のプライドと腰を粉砕してしまう可能性を秘めた、恐ろしい行為だからだ。
夢は夢のまま、叶わぬものであるべき。わたしはそれを、この世界に来て改めて思い知った。

「お姫様抱っこなんて素敵ですね。まるで恋愛小説の一場面のようで感動しました」
「でもびっくりしちゃった、リオンもジューダスもこう…何て言えばいいのかしら…」
「あんなに軽々とお姫様抱っこ出来るようには見えないわよねえ」

こうなるからだよ!
人の口には戸が立てられない。そう、正にそれ。要は、諸事情によりリオンさんとジューダスさんにお姫様抱っこされあまつさえそのまま医務室まで運ばれたことを目撃されていた。以上。
きゃっきゃと盛り上がるフィリアさんとリアラさん、ルーティさんを前に死にたいと思っているのはわたしだけじゃない。両隣に座る、リオンさんとジューダスさんもだろう。食堂の真ん中で好奇の視線に晒されながら黙々と料理を口に運ぶ二人の間で、いたたまれなさに顔を覆った。

「うわ、細っ!こんな腕でよくお姫様抱っこなんて出来たわねー」
「っおい、触るな!」
「ねえジューダス、やっぱりリオンへの対抗心とかがあったの?」
「も、もしかして、三角関係とか…?」
「だから、違うと言っている!」

死にたい改め、過去の自分を殺したい。何で倒れたし。もう一度言う、何で倒れたし。
あからさまに苛立った様子で女性陣の追求をかわす二人は、これはもう早急に食堂を退散した方がいいと悟ったらしい。普段の静かな食事風景からは想像出来ない勢いで料理をかき込み、もはや食べる気をなくし縮こまるわたしの手を、二人同時に掴み上げた。
目を白黒させて二人を見比べていると、一瞬の目配せで全てを決めたらしい二人がまたまた同時に立ち上がる。ジューダスさんは三人分のトレーを器用に片付け、リオンさんはわたしの手を引き食堂を後にした。

「こらっ、ちょっと!」
「あーあ、逃げられちゃった」
「駆け落ち…」

断じて駆け落ちじゃないと叫びたい。
背中にかかるブーイングを綺麗に無視したリオンさんは、食堂から離れ機関室までやって来てようやく安心したように息を吐く。
釣られるようにわたしもため息を零せば、ふと、こちらを見たリオンさんと目が合う。すぐに逸らされたが、いたたまれなくなり頭を下げた。

「すみませんでした…」
「何がだ」
「その、わたしのせいでこんなことに…」

こんなこと、の部分でリオンさんが眉を寄せた。どうやらさっきのことだけでなく、思い当たる節がたくさんあるらしい。益々いたたまれない。
肩を落として縮こまるわたしを一瞥したリオンさんは、鬱陶しげに髪をかき上げた。

「…別に、僕が自分でやったことだ。お前がそう気にすることじゃない」
「で、でも…」
「くどいぞ」

正に取り付く島のないほどの一蹴である。

「しかし、そいつの言う通りだ」
「ジューダスさん」

機関室へ入って来たジューダスさんは、疲れたような顔をしてため息を吐いた。

「人の噂も何とやら、と言うだろう。好きに騒がせておけばいい、すぐ飽きるさ」
「で、でも…」
「気にするな。正直、予想は出来ていたからな」

そう言って、ジューダスさんは仮面の奥に皮肉げな笑みを浮かべた。
それなら、おぶってくれてもよかったのに。頭の隅でそう思い首を捻っていると、不機嫌そうにリオンさんが口を開く。

「…ふん。大体、ここまでの騒ぎになったのはお前のせいだろう」
「…何だと?」

挑発するようなリオンさんの言葉に、ジューダスさんが眉を上げた。

「僕一人ならそう騒がれはしなかった。それなのにお前が、何を思ったかあんなことを…」
「意識のない人間を運ぶのに最適だと思ったまでだ。別に、お前が思うほどの他意はない」
「僕が何を思っているって?知ったような口を聞くな」
「ちょっ、ま、待って!喧嘩しないで…!」

つい最近気付いたのだけど、この二人はよく似ていると思う。
声も、仕草も、性格も。ジューダスさんが仮面をしているため顔はわからないが、その黒い髪と背丈は、ルークさんとアッシュさんのような双子にも見える。
ただ、似た者同士なためこうして衝突も絶えないようだが。

「あっ、いた!」

そんな声と共に、背中に軽い衝撃。腰に回された腕に驚いて振り返り、悪戯が成功した子供のような笑顔に目を瞬かせた。

「マオくん!」
「もう、船中探したんだからネ!」
「ご、ごめんなさい?」

思わず疑問形。
背中に抱きついて来たのは、わたしとそう、背丈の変わらない少年。まだほんの少しだけわたしの方が高いが、それも時間の問題だろう。
初対面の時、無邪気にくん付けをねだってきた彼の天真爛漫な様子に、睨み合っていた二人も毒気を抜かれたらしい。わざとらしいため息を吐いた二人にほっとしながら、無自覚な功労者の頭を撫でる。
それを不思議そうに首を傾げて受け止めながら、マオくんはわたしの服を引っ張った。

「そんなことより、ナマエにお願いがあって来たんだ」
「はい、何ですか?ユージーンさんと喧嘩でもしたんですか?」
「もう、違うよー。あのね、お姫様抱っこ!」

ぴしり。和みかけた空気にヒビが入った。

「リオンやジューダスが抱っこ出来たんだから、ボクにだって出来るはずだよネ!」

そう言い切った彼は、とてもいい笑顔である。
リオンさんやジューダスさんが出来たなら自分にも出来るって、どういう科学反応だろう。いや、言いたいことはわかる。確かに背丈と言い体格と言い、マオくんと二人はそう変わらないと言えなくもないけれど。
でも、そこって触れちゃいけない場所だと思う。

「…い、いや、さすがに…マオくんには無理ですよ…」
「そんなことないって!女の子は羽のように軽いって聞いたヨ!」
「…ちなみに、誰に?」
「ゼロス」

幼気で純朴な少年に何言ってんだあの人。
脳内に浮かんだゼロスさんの顔に軽く舌打ちをして、繕うように笑顔を浮かべる。

「それはゼロスさんの冗談です。真に受けないでくださいね、マオくん」
「えー、そうなの?」
「そうですよ。それに、わたしとマオくんじゃ身長だってそう変わらないですし…。そもそも、マオくんは術士だから…。ええと、せめてもう少し大人になったら…」

リオンさんやジューダスさんとそう体格が変わらなくたって、彼らとマオくんでは根本的に違う。
わたしの言葉に不満そうな顔をしたマオくんは、軽く頬を膨らませた。

「むう…仕方ないなあ。なら、ボクがナマエの背を追い越したらお姫様抱っこしてあげるネ」

いや、別にしてもらわなくてもいいんだけど。
約束、と無邪気に絡められた小指に渇いた笑いを浮かべる。まあ、確かにそう遠くない未来の話だけど、どうせその頃には忘れているはずだ。
そんなわたしの捻くれた考えを見透かしたのか、マオくんは納得いかない様子で腕を組んだ。

「でも、今のボクにだってナマエを抱っこするくらい出来ると思うんですけど」
「女の子は羽みたいに軽くないですよ?」
「そうじゃないヨ。…いくらボクがナマエより年下だからって、好きな子くらい抱っこ出来ないようじゃ情けないじゃん」

照れたようにはにかみながら、それでもその目はわたしをしっかりと見ていた。
少年は首を傾げる。わたしも、リオンさんもジューダスさんだって、石のように固まったまま動けなかった。



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