どうやらルミナシアにもお正月があるらしい。
昨日の夜、大晦日は船内の大掃除をして年越し蕎麦をすすり、いつもなら夜更かし禁止な未成年のわたし達も一緒に年明けを迎えた。
さすがに神社にお参りに行くことはしないけど、何だか少し懐かしくて、お母さんの作ったお節料理やお雑煮が恋しくなって寂しくなった。

「そーれ!」
「あっ、スパーダさん、そっち!」
「おらよっ、と!」
「う、うわあ!」
「ちょっとルカ、何やってんのよー!」

イリアさんに叱られているルカさんの泣きそうな顔に苦笑しながら、したり顔のスパーダさんとハイタッチ。
お参りにも行かないならどう過ごそうか、と首を傾げていたわたしはイリアさんに誘われ、ルカさんやスパーダさんと一緒に羽子板をすることになった。
何と言うか、ルミナシアには何があって何がないのかがわからない。

「スパーダはともかく、ナマエが羽子板は得意だって言うのは盲点だったわ…」
「だな。チキュウにも羽子板ってあんのか?」
「ありますよ。小さい頃はよくやりました」
「へェ、こりゃ、勝負は貰ったも同然だな」
「ですね!」
「ちょっと、ナマエにもあんなこと言われてんのよ!?しっかりしなさいよ、おたんこルカ!」
「ごっ、ご、ごめん!」

チームに分かれての勝負を持ちかけてきたのはイリアさんだったけれど、どうやらわたしが羽子板が出来ないと踏んでのことだったらしい。
わたしと一緒のチームのスパーダさんはもちろん運動神経抜群だし、わたしが彼のサポートに徹していればこの勝負、楽に勝てるだろう。
スパーダさんに投げて寄越された羽根を受け取り彼を見れば、唇を吊り上げて悪い顔をしている。釣られるように楽しくなって笑顔を浮かべ、羽根を宙に放り投げた。





「俺達が勝った、っつーことでェ、」
「罰ゲームです!」

結果としては、もちろんわたしとスパーダさんの勝利。
ふて腐れるイリアさんに睨まれ、今にも泣きそうな顔をするルカさんには申し訳ないけど、いつもわたしをからかうイリアさんに一矢報いたような気分で楽しかった。

「ば、罰ゲームって何するの…?」
「あァ?そりゃ、決まってんだろうが。落書きだろ、落書き」

とてつもなく悪い顔をしたスパーダさんがどこからともなく取り出してきたのは、筆と、墨汁。
何てお正月らしい罰ゲームだろうと感心しながら筆を受け取ると、すかさずイリアさんが吠えた。

「ちょっとスパーダ!乙女の顔に落書きだなんて何考えてんのよ!」
「乙女なんてどこにいるんだよ、ミントかフィリア連れて来いっつーの」
「はあ!?」
「さーて、何て書いてやろうかァ?」

さすがのスパーダさんは存分に、この罰ゲームを楽しんでいるようだ。
スパーダさんがイリアさんに罰ゲームをするのなら、必然的にわたしはルカさん担当だろう。
筆を手に彼を窺えば、けれど、安堵したような苦笑を浮かべていた。

「罰ゲームは嫌だけど、ナマエでよかったあ…」
「そうですか?」
「そうだよ!だってスパーダに落書きされるなんて、顔中真っ黒にする覚悟でいなきゃ駄目なんだから」
「た、確かに…」

ちらりと二人の方を見れば、何か、ぎゃんぎゃん吠えるイリアさんの顔だけじゃなく、服まで黒く汚れている。落書きの範囲を越えてますよ、スパーダさん。
お手柔らかにお願い、とルカさんが苦笑した。

「うーん…」
「どうかしたの?」
「いや、いざとなると、何を書けばいいものなのかと…」
「ふふ、何かナマエらしいね」
「ルカさんは書かれたいものとかありますか?」
「ぼ、僕?ナマエ、それは僕に聞くことじゃないと思うよ」

ここはよくあるように、目の周りに丸を書くとかでいいのだろうか。でもそれじゃ足りないと、スパーダさんに怒られてしまうかもしれない。
筆を手にうんうん唸っていると、ぽん、とルカさんが手を叩いた。

「願いごと、なんてどうかな?」
「願いごと?」
「うん。本で読んだことがあるんだけど、遠くの地方ではお正月に誰かの顔に願いごとを書くって言う伝統があるんだ」
「へえー」
「確か、その願いごとが夜になるまで消されなかったら、願いごとが叶うらしいよ」
「願いごとが、叶う…」

思い返したのは、お母さんの作ったお節料理。
溢れるように次々と甦る記憶に、少しだけ涙腺が刺激されて、慌てて鼻をすする。ルカさんはそんなわたしに、微笑んでくれた。

「夜になるまで消さないでおくから、書いてもいいよ」
「ほ、本当ですか!?」
「もちろん!」
「う、うあ…。す、すみませんルカさん、お願いします!」

ルカさんに申し訳ないことだとはわかっているけれど、ただの迷信だってわかっているけれど、でも。思わず筆を握りしめたわたしに、ルカさんは笑って目を閉じた。

「これって、ルミナシアの文字で書いた方がいいんでしょうか…」
「うーん。ナマエの願いごとだし、好きな方でいいと思うよ」
「そ、それじゃあ、日本語で失礼します…!」

墨汁に浸した筆で、恐る恐るルカさんの頬に触れる。
そのままさらさらっと、久しぶりの日本語で願いごとを書いた。
ルカさんの左頬に書かれたそれは、我ながら何とか読めるくらいの日本語になってしまったけど、要はわたしが読めればいいのだ。
やり切った、と満足げに息を吐いたわたしに、ルカさんが笑う。

「お疲れ様。その、ナマエさえ良ければ、どんな願いごとを書いたか教えてくれる?」
「いいですよ!ええと、早く地球に帰れますようにって、書きました!」

言葉にすると何だか嬉しくて、笑顔でそう言ったわたしの目の前で、ぴしりと、ルカさんが笑顔のまま固まった。
それに首を傾げつつ、そういえばスパーダさんとイリアさんはと振り返れば。

「うわっ!?び、びっくりしたー!何ですぐ後ろにいるんですか!声かけてくださいってば…!」

もう罰ゲームは終わったらしく、二人はなぜか、わたしのすぐ後ろでルカさんと同じように固まっていた。
スパーダさんはともかくイリアさんの顔は真っ黒で、これはさすがにやり過ぎだとハンカチを出そうとしたら、まるで食い入るようにわたしを、むしろルカさんを見ていた二人が、目配せをした。
嫌な予感がしたのは、普段彼らに散々いじめられているせいだろう。

「ねえ、ルカちゃまー?あたしさあ、スパーダのせいでこーんな真っ黒になっちゃったからさあ、ちょっと水汲んで来てくれない?」
「や、そ、それくらいならわたしが…」
「ふーん…。それなら、ナマエにお願いしようかしら」
「水、水ですね。すぐに持って来ます!」

踵を返して甲板を後にしようとして、なぜか、猛烈な胸騒ぎがした。
ホールに続く扉に手をかけて、ふと、振り返る。
イリアさんとスパーダさんがルカさんを羽交い締めにして甲板から海に突き落とそうとしてた。

「ちょっ、な、何やってるんですかー!?」

光の速さで二人からルカさんを助けて背中に庇えば、すっかり怯えきったルカさんが泣きながらわたしの背中に縋り付く。
そんなルカさんは哀れとしか言いようがないというのに、二人は無慈悲にも揃って舌打ちをした。

「何、何なんですか!?何でルカさんを海に突き落とそうと!?」
「ほら、せっかくの新年だから、めでたいことでもしようと思ってねえ」
「だよなァ!ルカの初飛び込みなんて、縁起が良さそうだろ?」
「初をつければ何でもいいって問題じゃない!」

いつも以上に理不尽だ、この人達。

「大体、こんな真冬に海なんて飛び込んだら死んじゃいますよ!」
「ふん、何のためにレイズデッドっていう術があると思ってんのよ」
「少なくとも新年早々仲間を海に突き落としてもいいようにじゃないことは確かです!!」

まずい、これはまずい。
いじめっ子二人は諦める様子はないし、むしろ、虎視眈々とわたしの背中に縋り付くルカさんの隙を狙ってる。
幸いなことに、わたしはホールへ続く扉を背にしていた。静かに扉を開けて、ルカさんを促す。

「ルカさん、早く!」
「うっ、うん…!」

ルカさんはわたしと二人を見比べて躊躇いながらも、ホールへ飛び込む。
わたしもルカさんを追い二人を警戒し睨みつけながらそそくさと甲板を後にしようとすれば、その瞬間もう一度聞こえてくる舌打ち。もうやだ、あの人達怖い。
涙目で甲板へ繋がる扉をしっかりと閉めて、ルカさんと顔を見合わせて、一息吐いた。

「何か、新年早々疲れたました…。あの二人、いきなりどうしたんでしょうね?」
「き、きっと、ナマエの願いごとを消そうとしてるんだよ」
「えっ、わたしへのいじめなんですか!?」
「いじめって言うか…。ええと、うーん…。屈折した愛情、みたいな…」
「愛情は屈折させないでください。そんな愛情はいりません」

いじめだか屈折した愛情だかわからないけれど、どちらにしても勘弁してほしい。
わたしだって、別に本気で願いごとが叶うなんて信じているわけじゃないけれど、でも、万が一、と言う可能性も捨てきれない。

「…決めました」
「え?」
「わたしが今日一日、ルカさんを二人から守ります!」

大丈夫、わたしだってよくあの二人にはいじめられているし、大体のパターンは把握している。いじめられっ子が二人揃えば、何か、何とか出来そうな気がしなくもないような気がするのだ。
しかしルカさんは大きな目を瞬かせ、言いにくそうに視線を彷徨わせた。

「そ、それは逆効果な気が…」
「そうと決まれば、まずは篭城ですね!真っ向からあの二人と戦うなんて馬鹿げてますし!」
「篭城って、どこに?」
「…アンジュさんの部屋とか?」
「アンジュは駄目だよ!むしろあの二人なんかより危険だ!」
「え、そうですか?」

あの二人もアンジュさんには頭が上がらないし、ちょうどいいかと思ったけど。
そもそも何がどう危険なんかわからないけれど、真っ青な顔をしてがたがたと震えるルカさんが可哀相なので、アンジュさんの部屋は却下。
となると、他には。首を捻っていると、がたん、としっかりと閉めた扉の先から大きな音がして、揃って悲鳴を上げる。

「なっ、何!?も、も、もしかして…!」
「鍵、鍵閉めましょう!いいですよね、いいですよね!?」
「…う、うん…!」

がちゃん、と大きく施錠の音が響く。
これで一安心と二人して胸を撫で下ろせば、もちろん音が聞こえたのはわたし達だけじゃないらしく。

「テメェ、ナマエか!?鍵閉めてんじゃねェ!」
「ひっ!?」
「今すぐ開けなさいよ!さもなきゃ…わかってんでしょうねえ…!?」
「に、逃げよう!今すぐ逃げよう、ナマエ!」
「ぜひ!」

泣きそうな顔をしているのはお互い様だ。真っ青な顔をしたルカさんに手を取られ、がんがんと扉を叩く音が響くホールから走り逃げる。
縺れそうになる足で手に手を取り合い、逃げ惑うわたし達は知らない。

これが、後にこの船内の全ての人を巻き込む、壮大な鬼ごっこの幕開けだと言うことを。


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