鏡の前に立ち、くるりと回ってみる。
中学の頃より短いスカートが風に乗って舞うのが気恥ずかしくて、プリーツを整えるふりをした。
真新しい制服に胸が落ちつかなくて一人そわそわとしつつ、携帯を開く。約束の時間の五分前、そろそろ来るだろう。
携帯をブレザーのポケットに仕舞えば、タイミングよく玄関のチャイムが鳴った。
もう一度鏡と向き合い手櫛で髪を整え、一階から聞こえるお母さんの声に慌てて階段を下りる。

「もう、そんなに急がないの!忘れ物はない?」
「ない!」
「今日は午前中だけなんでしょ?お昼ご飯は?」
「どこかで食べて来る!っと、行ってきます!」

靴を履き、鞄を持って、家を飛び出す。
家の門の横に寄り掛かっていた彼はわたしが家から出て来たことに気付いてイヤホンを外した。

「おはようございます、チェスターさん!」
「おう、おはよ。寝坊はしなかったみたいだな」
「してないです!ほら、髪だってちゃんと整えてるでしょ?」
「ああ、偉い偉い」
「ちょっ、せっかく整えた髪が…!」

わっさわっさと、まるで犬や猫を撫でるように頭を撫でられる。それでも彼は一通り満足すると、わざわざポケットから櫛を取り出して丁寧に整えてくれるのだ。彼曰く、その櫛はアミィちゃんとわたし専用らしい。
チェスター・バークライトさんは、引っ込み思案で人見知りなわたしの手を優しく引いてくれた、大切な幼なじみだ。
年はわたしより二つ上、今は高校三年生。そしてこの春、彼がいる高校にわたしが入学したことにより、彼はわたしの先輩となった。

「昼はクレス達も誘ってあるんだよ。ナマエの入学を祝して、ファミレスで騒ごうってさ」
「クレスさん、生徒会の仕事で忙しいんじゃ…」
「元々ナマエの入学祝いは、クレス生徒会長直々の提案だぜ?変なこと気にすんなよ」

行くぞ、と声をかけられて、後に続く。
生徒会長のクレス・アルベインさんも、副会長のミント・アドネードさんも、チェスターさんからの紹介で知り合った。
そして彼らも、今年からわたしの先輩になる。
わたしと違って着慣れている、チェスターさんの制服。思わずその背中に飛び付きたい衝動に駆られていたわたしの背に、何かが飛び付いて来た。

「ナマエ!」
「うわあっ!?」
「久しぶりー!やだ、制服似合ってるじゃん!」
「び、びっくりした…!もう、アーチェさん!」

ばくばくと音を立てる胸を押さえて振り返れば、案の定そこには悪戯めいた笑顔のアーチェさんがいた。

「もう、はこっちのセリフですー。何よ、チェスターったらナマエの初登校を独り占めする気だったのね」
「はあ?わざわざお前を呼ぶ必要ねえだろ?」
「あるわよ!あたしだって、ナマエの先輩になるんだからね!」
「俺だってナマエの先輩だろうが!」
「あんたは先輩じゃなくてただのシスコンよ、シスコン!」

また始まったと、ため息を吐いた。
アーチェさんもわたしの幼なじみの一人で、必然的にチェスターさんとも幼なじみだ。けれど、何故かこの二人は昔から相性が悪い。顔を合わせれば喧嘩ばかり、これはもう当たり前の光景だ。
遅刻しないようにと早めに出て来たから、少しくらいなら余裕がある。もう少ししたら止めようかなと思っていたら、口喧嘩の途中にも関わらず、アーチェさんが眉を上げてこちらを向いた。

「あと、ナマエ!」
「は、はい?」
「アーチェさん、じゃなくて、アーチェ先輩!」
「え?…ああ、そういえば」
「そういえば、じゃないわよー!あたし、ナマエに先輩って呼ばれるのを楽しみにしてたんだからね!」

確かに、いくら幼なじみとは言え二人は先輩だ。クレスさんやミントさんだって、いつまでもそう呼んでいられない。
顔を上げれば、二人共どこか期待するような目でわたしを見ている。それに気圧され苦笑いを浮かべながら、頭を下げた。

「これからよろしくお願いします。チェスター先輩、アーチェ先輩」





クラス分けが書かれた紙には、たくさんの新一年生が群がっている。これを掻き分けるのは不可能だと、早々に諦めて少し離れた場所に待避した。
校門では、新一年生を出迎えるクレス先輩とミント先輩がいた。すれ違い様、ミント先輩が内緒ですよと渡してくれた小さな袋には、入学おめでとうございますという文字まで綺麗な彼女お手製のクッキーが入っていた。
わたし好みの甘さのクッキーをかじれば、チェスター先輩達と離れて込み上げてきた不安や緊張が和らいでいく。
ふと顔を上げれば、紙に群がっていた人達は疎らになっていた。この隙に見てしまおうとクッキーをかじりながらわたしの名前を探す。

「……A組、」

ああ、わたしもA組だ。
A組と書かれた欄にわたしの名前を見つけ、ふと気付く。隣を見れば、わたしと同じように紙を見上げる少女がいた。どうやらさっきの言葉は、彼女が呟いたらしい。ということは、彼女とわたしと同じクラスだ。
アーチェさんと同じ、ピンク色の髪。大きな緑色の瞳に、白い頬。わたしと同じ制服を身に纏っているはずなのに、彼女が着れば特別なものに思えた。
彼女がわたしの視線に気付く。独り言を聞かれたと、頬を淡く染めた。
釣られたように頬を赤くして、反射的に口を開いた。

「…あの、わたしも同じA組なんだ」

彼女が目を瞬かせる。
わたしの恥ずかしさはもう限界で、焦りながらも手を差し出した。

「わっ、わたし、ミョウジナマエ!あなたは?」

瞬いていた目がふわりと柔らかくなるのに見惚れながら、優しく握られた手を震えながら握り返した。

「カノンノ。カノンノ・グラスバレー。これからよろしくね、ナマエ」

彼女、改めカノンノとの出会いがわたしの波瀾万丈なスクールライフの幕開けだと言うことを、その頃のわたしは何も知らなかった。


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