ルミナシアにエアコンは存在していない。
だから夏は暑いし、冬は寒い。エアコンのない生活を送ったことのないわたしは最初こそ眠ることすら出来なかったけれども、最近になってようやく慣れてきた。
この船は空を飛んでいるのだから、窓を開けたまま寝たところで問題はない。冬になれば、カノンノと一緒に肩を寄せ合い眠ればいい。春や秋なら女の子みんなで集まってパジャマパーティーだ。
そうしている内に、この世界の季節にも慣れてきたと、思ってたけれど。

「夏バテですね」

最近、どうも疲れが取れないというか、体の調子が悪いというか。絶えず襲ってくる軽い頭痛や目眩のせいで、詠唱に集中出来ず悩まされていた。
首を傾げつつ、カノンノに勧められ久しぶりに医務室を訪ねてみれば、アニーさんはそう言った。

「夏バテ、ですか…」
「倦怠感、頭痛、眩暈。明らかに夏バテの症状です」
「でも、今まではそんなことなかったのに…」
「ちょうど、この季節にオルタータ火山に停泊したのが原因だと思いますよ」

少し前まで、依頼の関係でオルタータ火山の近くに長く停泊していた。
空調のない船内は、茹だるような暑さで。
確かにあの時は倒れるかもしれないと覚悟したほどだ。ぼんやりと、靄がかかったような頭でそう思い出して頷く。
そんなわたしの額に手を当てて、心配そうな顔をしたアニーさんが口を開いた。

「しばらく依頼は休んでください。そんな状態では危険です」
「そ、そんな…」
「ドクターストップ、です」

真剣な顔のアニーさんに促されるまま、頷いた。





「夏バテねえ…。確かにそんなぼんやりした状態での依頼は危険だわ。ナマエには、しばらく療養してもらいます」
「はい…」

病は気からという言葉があるように、病気というものは自覚をした途端に悪化していくものだ。
絶対安静、と言われながら医務室を出てアンジュさんに報告に行けば、彼女が心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。

「さっき見た時よりも、顔色が悪いわ。早く部屋に戻って休んだ方がいいみたいね」
「すみません…」
「依頼のことなら気にしないで。元気になったら倍は働いてもらうわよ」

わたし的には普通に笑顔を浮かべたつもりだったけれど、どうやら力の入っていない笑顔になってしまったらしい。アンジュさんはますます心配そうに眉を寄せて、ふと顔を上げた。

「ガイさん!少しいいですか?」
「ん?ああ、もちろんだとも」
「…え?」

アンジュさんが手招きしたのは、ちょうどホールに入って来たばかりのガイさんだった。
緩やかな動作で振り返れば、近付いて来たガイさんが眉を寄せる。

「顔色が悪いな…。どうしたんだ?」
「夏バテらしいんです。良ければ部屋まで送ってもらえませんか?このままだと、部屋に着く前に倒れてしまいそう」
「確かにそうだな。わかった、ならナマエ、行こうか」
「で、でも…」
「一人で部屋に戻る途中で倒れられたりした方が大変さ」

ガイさんはそう言って、わたしに触らず促す。
わたしはそんなに顔色が悪いのだろうか。少し頭は靄がかかったかのようにぼんやりとしているけれど、一応こうして歩けているし、倒れたりはしないはず。

「確かナマエの部屋は…船の一番下の階だったよな?」
「…はい……」
「辛いだろうけど、部屋まで頑張ってくれ。すぐにロックスに言って何か元気の出るものを作ってもらうから」
「…は、い」

気遣うように、励ますようにガイさんが声をかけてくれる。それに頷きを返すだけが精一杯な自分が情けない。
ふと、目眩のように視界が歪んだ。

「危ない!」

倒れる、と思ったその次の瞬間に、何かにぶつかる。
ぶつかったそれが飛び上がるように強く震えたのを感じて、思考にかかった靄が霧散した。
重い瞼を押し上げそろそろと見上げ、慌てて飛び退く。

「すっ、すみませんでした!ガイさん、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ…。ぜ、全然大丈夫さ」
「そんな顔色してないですよ…!」

倒れかけたわたしを受け止めてくれたのはやっぱりガイさんで、けれど彼は女性恐怖症だ。
すぐに離れたとはいえ、真っ青な顔をして無理矢理な笑顔を浮かべるガイさんは、わたしなんかより重症に見える。
これは、何というか、どうすればいいのだろう。頭が痛くなってきた。

「ガイにナマエじゃないか。一体何やってるんだい?」
「二人して顔色真っ青にして、ナマエちゃんってば大丈夫?」
「し、しいなさん…ゼロスさん……」

気まずい沈黙を破ってくれたのは、意外なことに廊下の向こうからやって来た、しいなさんとゼロスさんだった。
ほっとして安心したのもつかの間、また酷い目眩が足元をふらつかせる。

「おっと、」
「ちょ、ちょっと、ナマエ!どうしたんだい?」
「ナマエは今、夏バテらしくてね。アンジュに部屋まで送るように頼まれたんだ」
「だ、大丈夫です…。ごめんなさい…」

頭痛と目眩のせいでまともに立ってすらいられなくなったわたしを支えてくれたのは、ゼロスさんだ。器用に腰を抱えられ彼に体を預けるようにされる。
普通のわたしなら恥ずかしさのあまり突き飛ばしそうな体勢だが、倒れそうな今ばかりは申し訳ないけれど、ゼロスさんに頼らせてほしい。
それにしても、いきなり倒れそうになるなんてどうしたのだろう。しいなさんがわたしの額に手を当てて、驚いたように声を上げた。

「熱が出てるよ!こんなんじゃ、歩くのだってきつかっただろうに…」
「え、うそ、熱…?」
「アニーに診てもらった方がいいね。ゼロス、あたしはアニーを呼んでくるから、あんたはナマエを部屋まで運んどいとくれ」
「了解しましたよっと」
「きゃ…っ」

わたしがぼんやりとしている内に話が進み、気が付いた時にはもうゼロスさんに抱き上げられていた。
もちろん、いわゆるお姫様抱っこというやつで。
上げようとした悲鳴は頭痛に遮られ、ただ顔に熱が集まっただけだった。

「そんじゃ、ナマエちゃんの部屋に行くとしようか」
「ガイ!そのアホ神子が変なことしないように、見張っといてくれよ!」
「ああ、もちろんだ」
「コラコラ、どういう意味だよお二人さん」
「そのまんまの意味に決まってるだろ!」
「あいたーっ」

去り際のしいなさんに頭を叩かれ、ゼロスさんが拗ねたように唇を尖らせた。ガイさんがそれに苦笑しながら、二人並んで歩き出す。

「ごめん、なさい…。ガイさんも、ゼロスさんも…しいなさんも……」
「困った時はお互い様、さ。そんなことを気にするよりも、早く夏バテを治してくれよ。ナマエがそんな状態じゃ、俺達も心配だ」
「依頼から帰って来て、ナマエちゃんが出迎えてくれないなんて俺様寂しいしね。それにほら、ガイが女性恐怖症なおかげで俺様役得だしー?」

ゼロスさんがふざけて顔を近付けてくるのを、ガイさんが笑顔で阻止してくれた。
睨み合う二人を眺めながら、ふと力なく笑う。
夏バテなんて、情けないことになってしまったけれど。早く治して、みんなにこれ以上心配をかけないようにしなければ。
くらくらと、熱に浮されたような思考回路は、まるで電池が切れたかのようにぷっつり途切れた。
おやすみ、という、優しい声と共に。



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