突然ですが、アドリビトムは避暑に来ました。
やっぱり夏だと言うのにオルタータ火山に停泊してしまったせいか、わたしのように夏バテを起こしてダウンした人が多かったのが原因である。
仕事にならないのなら、いっそ休んでしまえばいい。まるでパンがないならお菓子を食べればいいみたいな発言をしたアンジュさんは、早々に舵を北に切らせた。
そしてやって来ました。ゼロスさんの家が所有する、大きな森と小さな湖のある別荘に。





いくら北に来たとは言え夏は夏だし、暑いものは暑い。
別荘のすぐ側にある小さな湖は、小さいながらにとても澄んだ色をしていて、水遊びをしよう、と言い出しても仕方ないことだった。
例えそれがゼロスさんの提案だとしても、何故かずらりと取り揃えられていた水着を前にしても、だ。

「ナマエ、行かないの?もうみんな行っちゃったよ」

部屋の隅で踞るわたしに声をかけてくれたソフィさんは、どこか懐かしいスクール水着だった。
長い髪まで綺麗に纏められていることを見るに、シェリアさんが選んだものだろう。

「わ、わたしはやっぱり行きません…」
「…一緒に水遊び、しないの?」
「………ごめんなさい、ソフィさん…」

頑なに立ち上がろうともしないわたしに、ソフィさんが悲しそうな顔をする。着替える前、一緒に遊ぼうと誘ってくれた彼女には申し訳ない。
けれど、これだけは本当に無理だ。今回ばっかりは、ゼロスさんを恨みたいくらいに。
スタイル抜群な美少女、又は美女の水着姿が眩しすぎて、貧乳寸胴子供体形なわたしのコンプレックスが刺激されまくっているからだ。

「ナマエ、どうして行かないの?お腹痛いの?」
「…その、そういうわけじゃなくて…水着姿が、恥ずかしくて……」

そしてよりにもよって、カノンノが選んでくれた水着は、ビキニだった。
胸がないお腹の肉がやばいと喚くわたしを、この更衣室に突っ込んだカノンノの笑顔は二度と思い出したくない。

「それなら、上に何かを着れば大丈夫だよね」
「…え?」
「待ってて、借りて来るから」
「ちょ、ソフィさん?」

わたしの制止も聞かず、ソフィさんは部屋を飛び出した。
そういう問題じゃないんだけど、いや確かに上に何かを着れば大丈夫だけど、でも。
そんなことを考えている内に、ソフィさんが部屋に戻って来た。

「はい、ナマエ」
「え、ええと…すみません、ありがとうございます…」

手渡された服を、躊躇いながら受け取った。
誰に借りたんだろうな、後で謝らなきゃ。そんなことを考えつつ、その服を広げた。

「…ソフィさん」
「何?」
「……これ、アスベルさんから借りました?」
「うん、そうだよ」

ですよね。どこかで見たことがあると思ったら、これアスベルさんがいつも着ているコートだよ。
服を手に固まるしかないわたしに、ソフィさんが首を傾げる。その邪気のない仕草が、逆に悲しかった。





アスベルさんのコートはやっぱり大きくて、袖は余るし裾はギリギリだし肩幅なんて全く違うし、とにかくわたしが着たら悲惨なことにしかならなかった。
裾が地面につかないように気をつけつつ、嬉しそうに笑うソフィさんに手を引かれて外に出る。
そんなわたし達とちょうど出くわしたのは、タオルを手にしたジュディスさんだった。

「あら、可愛い二人組だこと」

そう言って微笑んだ水着姿の彼女に、思わずわたしは顔を赤くした。
黒のビキニ、って、すごい。
もう水遊びをしてきたのか、ジュディスさんの青色の髪は濡れて、白い肌に張り付いている。すごい、色っぽい。
絶対にコートは脱がないと決意を新たにするわたしの手を引き、ソフィさんが彼女に駆け寄った。

「残念、ナマエの水着姿は見れないのかしら」
「ナマエ、恥ずかしいんだって」
「そ、そうなんです」
「その姿も、別の意味で可愛らしいけれど…。ふふ、妬けるわね」
「日焼け止め、塗ってないんですか?」

微笑ましげな目で見られた。よくわからないけど恥ずかしい。
すぐ側にある湖からは、楽しげな声が聞こえる。水遊びをする人、バカンスを楽しむ人、思い思いにつかの間の休みを謳歌する人ばかりだ。

「…ナマエ?」

ふと見れば、その中に目を瞬かせながらこちらを見ている人がいた。
嬉しそうな声を上げたソフィさんとは対照的に、名前を呼ばれたわたしは顔を引きつらせる。

「ど、どうしたんだ?それ、ソフィに貸した…」
「ごっ、ごめんなさい!あの、今すぐ…は無理ですけど、別の上着を借りますから…!」
「い、いや!借りなくていい、全然、俺のを着ていていいから!」
「は、はあ…」

慌てて駆け寄って来たアスベルさんは、何故か頬を赤くしてそう言ってくれた。
またまたよくわからないけれど、着ていていいのなら着させてもらおう。ちゃんと洗濯して返します。
ソフィさんはアスベルさんに言われ、ユージーンさんの元で準備体操をしに行った。ナマエは?と聞かれたけれど、泳ぐつもりはないので、と苦く笑って見送る。
いつの間にか姿を消していたジュディスさんがいない以上、必然的にアスベルさんと二人きりだ。
アスベルさんは行かないのかと聞きたいけれど、何というか、アスベルさんの視線が、痛い。

「…………あの、わたしに何か?」
「えっ、い、いや、何でもない」
「そ、そうですか…」

アスベルさんはそう言ったけれど、視線は変わらずに突き刺さっている。何だろう、そんなに自分のコートを汚されないように見張りたいのかな。
気まずい沈黙の中、コートの袖をいじりつつ、ソフィさんの帰りを待つ。何だかその度にアスベルさんの視線が鋭くなった気がして、ついには何も出来なくなった。

「ナマエ、こんな所にいたの」
「ティ、ティアさん…」
「ルークとナタリアが、あなたが遅いって言ってるの。良ければ一緒にどうかしら」

ティアさんは、ジュディスさんとは違い白いシンプルな水着だった。
それでも、彼女の魅力はより一層際立っている。ジュディスさんと言い、ティアさんと言い、わたしとそう年が変わらないなんて信じたくなくなる豊かさだ。
何がって、胸が。

「ごめんなさい、その…ソフィさんと遊ぶ約束をしてるんです」
「そう、分かったわ。それなら、後で顔だけでも出してくれる?」
「わかりました」
「…それ、アスベルのよね」

そう首を傾げたティアさんは、暗にそれを脱がないのかと聞いている。
勢いよく首を横に振って絶対に脱がないと主張したわたしに、ティアさんは頬を染め眉を下げた。

「ずるいわ。私だって、恥ずかしいのに…」
「えっ、だ、だってティアさんは、細いし胸もあるし…わたしと違って、美人だし……」
「そんな、体形なんて関係ないわ。ナマエの方が愛嬌もあって優しいし、可愛いわよ」
「そっ、その胸には誰も敵いませんよ!」
「む、胸は関係ないじゃない!」

真っ赤になったアスベルさんが、居心地の悪そうに咳ばらいをして、そそくさと顔を背けた。
それにはっとなったわたし達は、揃って顔を赤くして俯く。
さっき以上に、気まずい沈黙だった。

「あら、少し席を外していただけなのに、面白いことになっているわね」
「うひゃっ!ジュ、ジュディスさん!?」

白い指先がわたしの視界を奪い、耳に吐息が触れた。飛び上がったわたしの背中に、柔らかいものが触れる。あれ、これって、もしかして。

「………あ、あの、ジュディスさん…胸、が…」
「女同士なんだから、そんなに恥ずかしがらないで。ね?」
「はっ、恥ずかしいですよ!これ以上わたしのコンプレックスを刺激するのやめてください!!」
「コンプレックス?」

後ろからジュディスさんに抱きしめられるような格好のまま慌てふためくわたしの言葉に、ティアさんが首を傾げた。
はっとして口を覆ったところで、もう遅い。耳元で、ジュディスさんが微笑んだ声がした。

「気にしているの?あなたはまだ若いんだから、きっとこれから素敵な女性に成長するはずよ」
「しませんよ…。気休めは結構です…っていうか惨めな気持ちになるのでもう離してください」
「これを脱いでくれるのなら」

そう言ってジュディスさんは、わたしが着ているコートの合わせ目から手を差し入れた。
それに声にならない悲鳴を上げて飛び上がったわたしの後ろで、居心地の悪さが限界突破したらしいアスベルさんが、咳ばらいをしようとして本気で咽せていた。

「ぬっ、脱ぎませんよ!絶対に脱ぎません!」
「そんなの駄目よ。カノンノから聞いたけれど、ナマエもビキニなんですって。アスベルも見たいでしょう?」
「ゲホッ、」
「お、落ちついてアスベル!」
「あらあら、お年頃ね」
「ちょっ、アスベルさん死んじゃう!ってやめてやめて本当にやめて!」

ジュディスさんは器用にわたしの肩を抱きしめたまま、片手でコートの釦を外そうとする。それを押さえるわたしと、彼女の攻防戦。もちろん、わたしが劣勢だった。
その攻防戦の最中、呆れたような声が聞こえた。

「何してんだ、お前ら」
「あら、ユーリ」
「うげっ、ユ、ユーリさん…」
「ああ?うげって何だ、うげって」
「いひゃいいひゃい!」

この人、一体何しに来たんだ。抓られた頬を押さえて目の前のユーリさんを威嚇するわたしの赤い頬を、ジュディスさんがどこかいやらしい手つきで撫で上げた。背中がぞくぞくする。
ユーリさんはわたしをじろじろと観察するように見下ろすと、コートの襟を掴む。

「これ、アスベルのだろうが」
「か、借りたんです」
「何でだよ」
「ユーリもナマエの水着姿が見たいなら協力してちょうだい。恥ずかしいからって、絶対に脱ごうとしないのよ」
「よし、任せろ」
「きゃああ!!ちょっ、ま、待って…!」

ユーリさんの手がコートの釦に掛かったのと同時に、後ろから伸びた白い手に両手を取られる。
わたしがどんなに暴れようとも無駄なことで、ユーリさんは器用な手つきで一つ目の釦を外した。
一つ外れてしまえば、あとは同じこと。コートの釦はユーリさんの手により全て外され、そして。

「………」
「…………」

無言。今日一番に気まずい、無言。
涙が浮かんでいるであろう目でユーリさんを睨み上げる。けれどユーリさんは、何も言わずに無表情のまま剥がしたコートを手に、わたしを見下ろしていた。
永遠に続くかと思われた沈黙は、しかし、ユーリさんの一言が破った。

「…お前、本当に胸ないな」

湖のほとりに、平手打ちの音が響き渡った。



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