「あの船から下りて来ましたよね、ギルドの人なんですか?」

久しぶりに休みを貰えたので、一人で市場を見てみようと港に下りた。
新しいお茶の葉を探してみようと市場に入ろうとしていた時、後ろからそう声をかけられた。
振り返れば、人懐こい笑顔を浮かべた男の人がいた。知らない人に声をかけられたことに驚くわたしに、男の人は首を傾げる。はっとして、慌てて頷いた。

「あっ、はい!わたし、あの船を拠点としているギルド、アドリビトムに所属しています」
「アドリビトム!やっぱりそうだ、あの船は有名ですから」

男の人は無邪気そうな笑顔で、わたしに手を差し出す。釣られるようにわたしも手を差し出せば、その手を両手で包むように握られた。
思わず驚いたわたしに気付かず、男の人は話を続ける。

「実は、俺もアドリビトムに依頼しようと思ってこの港に来たんです」
「そ、そうなんですか。それなら、船の方でお話を…」
「はい、そうしたいのは山々なんですが…。少し厄介な依頼なので、出来れば、あなたに話を聞いてもらってから、依頼をするべきか判断してもらいたいんです」

そう言って男の人は目を伏せる。
何か事情があるのかもしれない。話を聞いてあげたい。困っているのなら力になりたい。
握られた手をさりげなく外し、停留している船へ促す。

「それなら船へどうぞ。客室を用意しますから、そこでゆっくり話を聞かせてください」
「いやいや!そんな必要はありませんよ。ほら、すぐそこのカフェとかでいいですから、ね?」
「えっ、や、ちょ、ちょっと?」

再び手を、今度はきつく握られる。痛みに思わず怯んだわたしは、ただ男の人に引きずられるように歩き出した。
まあカフェで話を聞いてから、船に案内すればいいだろう。そう思い新しいお茶の葉を諦めると、すぐそこ、と彼が指差したカフェを通り過ぎる。
驚き慌てて立ち止まろうとしたのに、無理やり手を引かれ足が縺れる。そんなわたしを引き寄せ、肩を抱くように男の人は歩き続ける。

「ま、待って!カフェ、過ぎちゃいましたよ!」
「そうですね」
「そ、そうですねって…何ですかそれ…!依頼の話なら、船で聞きますから…」
「そんなの、口実に決まってるじゃないか」

口調が変わった。
同時に彼の雰囲気までも変わったように思えたのは、場所のせいでもあるかもしれない。いつの間にか人が溢れる港を外れて、人のいない路地裏へと足を踏み入れていたのだ。
思わず青ざめる。初めて買い出し当番を任された時、アンジュさんに言われていた。路地裏には、絶対に近付くなと。
薄汚く寂れた路地裏から出ようと踵を返したわたしの肩を掴む男の人は、そのまま加減もなしに、ひび割れた壁にわたしを押し付けた。
ぎり、と鳴った肩に小さく悲鳴を上げる。男の人が、わたしの顔を覗き込むように顔を近付けた。

「俺、この港の店で働いてるんだ。そこに初めて君が来た時…ちょうど、一年前くらいかな。その時、君に一目惚れしたんだ」

そう言って照れたようにはにかむ彼の告白は、こんな状況じゃなければ顔を赤らめ胸を高鳴らせるくらい、嬉しかっただろう。
こうして半ば騙されるような形で、強引に、こんな場所に押し込まれなければの話だったが。
緊張と羞恥と恐怖で混乱しながらも、彼を刺激しないような言葉を選び、口を開く。

「あ、あの、…お気持ちはすごく、嬉しいです。でも、わたし、あなたのこと何も知りませんし、こんな風にするのは、その…」
「でも、君には恋人がいるみたいだから。…しかも、たくさん」
「…………………は?」

悲しげに目を伏せた表情は、さっき見た時よりも悲壮感が漂っている。
いや、待って、そうじゃなくて。今この人、わたしに恋人がいるって言ったよね。しかも、たくさんって、言ったよね。

「こ、恋人?たくさん?は、えええ…?」
「俺が一目惚れした時は赤い髪の野蛮そうな男、その次は緑の髪の馬鹿そうな男、女みたいな長い黒髪の男と、それから騎士みたいな男達もいたよね。それから店の人間に喧嘩売ってたゴーグルの男と、そいつをニヤニヤ眺めてた帽子の男。赤い長い髪の男の双子とか、女みたいな顔してた黒髪の男達。そう、年の離れた恋人もいるよね。でかいハンマー持った男に、派手な服着た男。ああ、もう、君はどれだけの男を手玉に取れば気が済むんだ!」
「それはただ一緒に買い出しに来てた人達ですってば!!」

恐ろしい勘違いをしてるこの人!
彼が上げたのは、ただわたしと一緒に買い出しに来てくれただけの仲間達だ。そもそも恋人同士に勘違いされるようなことはしていないのに、何でこの人は勘違いしちゃったんだ。
慌てて説明するも、彼は聞く耳を持たない。どうやら彼の中でのわたしはたくさんの男の人を弄ぶ悪女になってしまっているらしい。それなら何で告白なんかしたんだ。

「…っ君が、たくさんの男を弄ぶ悪女だとしても構わない…!」
「構って!そこは構ってほしい!でも何度も言うようにわたしには恋人なんていな…」
「それでも俺は、君のことが好きなんだ…!だからどうか、俺も君の恋人にしてくれ!」
「お願いだから話を聞いてえええええ!!!」

そんな叫びも、男の人に強く抱きしめられ空しく消えていく。
何でだ、どうしてこんなことに。混乱する頭でぐるぐる考えていたけど、ついと顔を上げさせられ青ざめた。
待って、嫌だ。反射的にきつく瞼を閉じる。

「ガキだガキだと思ってたら、とんだ悪女になったもんだな」

そんな声が聞こえた。
何かを殴るような音と同時に、呻き声のような声がして、わたしを拘束していた彼の体がずるり、と傾き、倒れた。
思わず瞬きを繰り返して見れば、僅かに滲んだ視界の中で、黒いコートがはためいている。

「…リ、リカルドさ…」
「ガキの成長ってのは、本当に早いもんだな。いつの間にか不特定多数の恋人を作るまでになるとは」

そう言って手にしていたライフル銃を肩に背負った。恐らくあの銃で彼を殴ったのだろう、昏倒させられた男の人が起きる様子はなく、ほっと安心して胸を撫で下ろす。

「逢い引きならもっと別の場所でやれよ。少なくとも、セレーナにバレないようにな」
「も、もうその話はいいじゃないですかあ!」

リカルドさんのからかうような声に思わず情けない声を返す。わたしが相当面白い顔をしていたのか、リカルドさんが呆れたように失笑した。
込み上げる涙と頬の熱を堪えずに、ぐす、と鼻を鳴らす。
よかった、リカルドさんが来てくれて。意地悪なことを言われようとも、リカルドさんがわたしを助けてくれた。
依頼に一緒に行ったこともない、わたしを。

「た、助けてくれてありがとうございました…」
「お前の喚き声がうるさくて、静かに酒が飲めなかっただけだ。…放っておいたことがバレたら、セレーナがうるさいだろうしな」
「……それでも、ありがとうございます…」

落ちつけば、少し周りが見えてくる。すぐそこには酒の瓶が描かれた看板がかけられた扉がある。恐らくリカルドさんは、そこで飲んでいたのだろう。まだお昼前だけど。
とりあえずリカルドさんに促されるまま、路地裏を後にする。ぴくりとも動かない男の人を一度だけ振り返り、小さく頭を下げてからリカルドさんに続き路地裏から出た。
太陽の光が眩しくて瞬きをする。リカルドさんはそんなわたしをそのままに、市場に行こうとする人の流れに逆らい、彼は船を目指していた。

「あ、あのっ、リカルドさん…」
「いいから歩け、船までは送ってやる」
「な、何で…?」
「セレーナはお前に過保護だからな」

後で文句を言われるのは御免だ。リカルドさんはわたしを振り返ることなく、歩調を合わせることもなく、そう言って船へと足を進めていた。
慌てて小走りでリカルドさんを追う。

「わっ、わたしならもう大丈夫ですよ!アンジュさんにもちゃんと言いますし…!」
「黙って歩け」
「それに、…あの、わたし、買いたいものがあって…」
「買い物だ?」

そんなもの後にしろとでも言わんばかりにリカルドさんがわたしを見下ろした。
リカルドさんはどうしても、わたしを船に送りたいらしい。それは雇い主のアンジュさんがわたしを気にかけてくれているのもあるだろうし、それなら何というか、申し訳ないんだけど。

「だ、だから…わたし、買い物してから帰りますから…リカルドさんはどうぞお酒の続きでも…」
「…お前、意外と図太い奴だな。ついさっきまで男に襲われかけてたっていうのに」
「み、未遂です!…それに、リカルドさんが助けてくれました」

もう一度お礼を言って、頭を下げる。これ以上迷惑はかけたくないのだ。
リカルドさんは深々と、ため息を吐く。

「…何が買いたいんだ」
「…え?」
「ガキが変な遠慮をするな。子守は御免だが、それくらいの我儘なら聞いてやる」

リカルドさんは体を反転させ、人の流れに紛れるように市場を目指し出した。
予想外の展開に驚きながらも、小走りにリカルドさんの後を追う。すると歩調が緩み、わたしが普通に歩いてもついて行けるほどになった。
リカルドさんを窺えば、お前の買い物だろう、と前に行くよう促される。
少しだけ、リカルドさんの前を歩く。ちらりちらりとリカルドさんの様子を窺うように振り返り見れば、鬱陶しそうな顔をされた。
それでも、足を止めたりしない。それだけでも、嬉しかった。

「部屋に置いてあるお茶の葉がなくなっちゃったんです。カノンノと一緒にお茶する用のやつなんです」
「茶葉か、お前らしい」
「あっ、よ、よかったらお酒も買いますか?奢りますよ!」
「ガキに奢られる趣味はない」

ばっさりと切られた。
ならどうやってお礼をしようか。うんうん唸るわたしに、リカルドさんは呆れ混じりのため息と共に笑いを零した。

「酒は買って帰る。船に戻ったら酌しろよ」
「…あっ、は、はい!」

心なしか足取りは軽い。早くお茶の葉を買って、お酒も買って船に戻らなければ。
それからもう一個、申し訳ないついでに頼んでみよう。今度、一緒に依頼に行ってくれませんか。



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