「お、おい、ナマエ!」
「ひゃっ!えっ、…あ、こっ、こ、こんにちは、ヒスイさん……」
「………おう」
「………」
「………」
「………あ、あの…?」
「……お前、これから暇か?」
「は、はい…暇です…」
「…なら、その、ちょっと付き合え」
「え、どこに?」
「か、買い出しだよ、港に。…あー、や、その、お前、この港の店とか、詳しいだろ。俺、そういうの全然わかんねえし」
「ああ、なるほど。そうですね、そういうことならお役に立てますね」
「お、おう。そういうことだ」
「わかりました。準備して来るので、先に船下りててください」
「…おう」

何かやりきったような顔をしているヒスイさんに頭を下げて、部屋に戻ろうと廊下を駆ける。
彼の姿が見えないくらい遠くまで来て、ほっと息を吐いた。
よかった、今回は怒鳴られなかった。周りに彼の大切なコハクさんもシングさんもいなかったからだろうか。でもこの前はカイルさんとロニさんと話していただけなのに、怒鳴られたような。あの人の考えていることはわからなくて怖い。

「…でも、それじゃ駄目だよね」

そう、ヒスイさんだって仲間だ。それにコハクさんのお兄さん。出来ることなら仲良くしたい。
こうして買い出しにお供させてもらえる程度には嫌われていないはずだ。そう信じたい。
これはいい機会だ。せめてヒスイさんと普通に会話が出来るくらいまでにはなりたい。
というのが、最近のわたしの目標なのである。

「…が、頑張るぞ!」





港は、ちょうど今が一番人の多い時間帯だった。
すぐ前を歩いているヒスイさんさえ見失いそうなほどの人混みに流されないように必死にその背中を追うわたしを、ヒスイさんが気遣わしげに視線を寄越してくれる。

「おい、逸れんなよ」
「だ、大丈夫です。ヒスイさんは背が高いから、例え逸れてもわかりやすいです」
「逸れるの前提にすんなっつーの」

ヒスイさんが、ふと足を止める。どうやらわたしが追い付くのを待ってくれているらしい。
ヒスイさんを待たせるのにも、そんな彼を避けるように歩く人達にも申し訳ない。
慌ててヒスイさんに駆け寄り、そのコートの裾を掴んだ。

「な、何だよ」
「す、すみません…。その、裾、掴んでてもいいですか?」
「…べ、別に、構わねえけど」

ヒスイさんはわたしから視線を逸らすようにそう言うと、足早に歩き出した。彼のコートを掴んだわたしは、それについて行くために小走りになってしまう。それに気付いたヒスイさんは、再び歩調を緩めてくれた。
裾を掴んだことと、それからヒスイさんが歩調を緩めてくれたおかげで、彼と逸れることなく歩けそうだ。それでも、人が多いことに変わりはなくて。

「あ…っ」

急いでいたのか、強引に割り込んで来た人に裾を掴んでいた手を離さざるを得なくなり。
慌てて再び掴もうと手を伸ばしたけれど、人混みに流される。ヒスイさんは背も高いし、何よりこちらの世界では珍しい黒髪だから、確かに目立つけれど。だからと言ってすぐには追いつけない。
そうこうしている内に、ヒスイさんも見失ってしまう。それに気付いたわたしが慌てかけた瞬間、痛いほど強引に手を引かれた。

「馬鹿!逸れんなっつっただろうが!」

顔を上げれば、ヒスイさんが人混みを掻き分けてわたしの手を引いてくれていた。焦ったような、怒ったような顔をして。
けれど勢いよく手を引かれすぎて、そのままバランスを崩したわたしは、ヒスイさんの胸へとダイブしてしまった。

「ぶっ!…い、いたっ、じゃなくて、すみませんでし…うわっと!?」

謝る暇もなく、べりっと剥がされる。
びっくりして目を白黒させるわたしが思わずヒスイさんを見上げようとすれば、まるでそれを遮るかのように大きなてのひらがわたしの頭を押さえた。

「ちょっ、ヒスイさん!痛い、痛いです!」
「うっ、うるせェ!いいから行くぞ、日が暮れちまうだろうが!」
「いやまだお昼前…」

頭上の太陽はまだ傾いてすらいないですが。
ヒスイさんに強く手を引かれ、再び歩き出す。
ずんずんと人混みを掻き分けて進んで行くヒスイさんの背中を眺めながら一体何なんだろう、と不思議に思っていると、ふと、手を繋がれたままなことに気付いた。
慌てて声を上げる。

「ヒ、ヒスイさん!手、手…っ!」
「手ェ離したらまた逸れんだろうが!」
「で、でも…!」
「…ンだよ、お前、嫌なのか?」

嫌なのは、ヒスイさんの方じゃないんですか?
相変わらず足を止めないまま、ヒスイさんはちらりとわたしに視線を向ける。ゴーグルに隠された瞳の色はわからないけれど、どこか不安そうに揺れている気がした。
それに驚き、躊躇いながらも口を開いて、その手を握り返した。

「…嫌じゃ、ないです」





もしかしたらヒスイさんは、とても不器用なだけなのかもしれない。
買った荷物を重そうにするわたしに、持とうとしてくれたのだろう。結果として、いいから貸せ、と言われながら奪われたけど。
相変わらず逸れないようにと手は繋がれたまま、歩調はゆっくり。
二人きりで歩いている内に、彼に対する恐ろしさは消えていた。もしかしたら、嫌われてないのかもしれない。なんて、思うようになれたくらい。

「あっ、あそこがいつも調味料を買うお店なんですよ」
「確かハーブ買って来いって言われてたな」
「それなら行きましょうか。ここの店主さん、いい人なんですよ」

港の市場の隅にあるお店は、主に調味料なんかを扱っている。
軋む音を立てる扉を開けてみれば、いつも通り、人の良さそうなおじいさんがわたしを見て笑顔を浮かべてくれた。

「おや、ナマエちゃん。久しぶりだねえ」
「こんにちは、おじいさん。お久しぶりです」
「今日は何を買いに来たんだい?」
「ええと…ヒスイさん、何のハーブを買って来るように言われました?」
「あ?あー…何だっつったかな…」

ヒスイさんが記憶を辿るように首を傾げる。
もしヒスイさんが思い出せなくても、多分いつもと同じだろうから、それなら確か覚えているはずだ。
わたしも釣られるように首を傾げると、ふとそれを見たおじいさんが目を丸くした。そして繋いだままのわたし達の手を見て、そしてわたし達の顔を見比べて、手を叩く。

「もしかして、ナマエちゃんのお兄さんかい?」
「…え?」
「…あ?」
「この前一緒に来た黒髪の彼といい、ナマエちゃんの兄弟は美形揃いなんだねえ」

おじいさんは納得したかのように頷く。
この前一緒に来た彼というのはユーリさんだろうけど、もしかしてこの人髪の色だけで判断したんじゃなかろうか。
わたしが苦笑いを浮かべながらやんわりと否定しようとした時、軋んだ音を立てるように強く手を握られた。

「兄弟、だァ…?」
「ヒ、ヒスイさ…!?」
「テメェ…、どこをどう見れば俺達が兄弟なんかに見えんだ!髪の色くらいで勝手に勘違いするんじゃねェ!!」
「ちょっ、ヒスイさん、痛い!というかやめて!やめてくださいって!」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねェぞゴラァ!」

ヒスイさんはそのままわたしの手を離し、すごい勢いでおじいさんに突っ掛かっていく。
呆然とそんな彼の叫び声のような罵声を聞いている内に、泣きたいような思いでため息を吐いてうなだれた。
ヒスイさんにはコハクさんっていう美人で素敵な妹さんがいるんだから、わたしみたいなちんちくりんと兄弟なんて嫌だよね。もしかしたら嫌われてないかもしれないけれど、それとこれとは話が別なんだ。

「どこが兄弟だ!こいつは…ナマエは、妹なんかじゃねェ!」

そう繰り返されると、さすがに傷付きます。
早く買い出しを終わらせて、コハクさんに泣き付こう。
もう一度大きくため息を吐いて、大人しく店内に陳列されている乾燥のハーブ達に視線をやった。



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