体力はもう限界、精神力も切れた。グミもない、ボトルもない、わたし以外の回復役もいない。
思わず崩れかけた膝を叱咤し、寄って来る魔物を勢い良く杖を振って薙ぎ払う。小さな悲鳴を上げて跳ねるように離れた魔物は、ユーリさんが振り下ろした刃に散った。

「無事か!?」
「だっ、大丈夫です!でも、精神力が切れちゃって…!」
「おう、分かった!離れてろよ、っと!」
「はい!」

数は減ってきたけれど、魔物は絶えず襲ってきている。いつもは少し静かで不気味なコンフェイト大森林は、今日に限って魔物の声が絶えず響いていた。
終わらない消耗した様子のユーリさんは、それでも魔物を斬る。いくら今の彼には敵じゃない魔物とは言え、わたしという足手まといを抱えた戦闘は楽じゃない。
目の前が霞むような目眩を堪えながら、木に背中を預ける。少しでも息を整えて、精神力を回復させなければ。今のわたしには、それしかない。
ふと、足に何かが絡み付いた。同時に血管が軋むくらいにきつく締め上げられ悲鳴を上げれば、ライニーネールがわたしの足に、その手を絡み付けていた。

「っ離して!離してってば!」
「ナマエ!?」
「い、いたあ…っ!」
「っくそ!ナマエ、歯ァ食いしばれよ!」

わたしの悲鳴に気付いたユーリさんは寄って来た魔物を乱暴に振り斬り、剣を振り上げた。
わたしはただ、言われた通りに歯を食いしばる。
ユーリさんの剣が、わたしの足ごと、ライニーネールの手を斬った。





太股の辺りをさっくりと斬られ、あまりにきれいに斬られたせいでなかなか血は止まらず、もちろん流血沙汰。コンフェイト大森林で流血沙汰になるのはサレに遭遇した時以来、二回目だ。
じくじくと痛む傷口を川の水で洗い、持って来ていたハンカチで止血をする。貧血を起こしたわたしは木の根元に寝かせられ、ユーリさんが止血をしてくれるのを眺めていた。

「いたっ」
「きつく巻いたから少し痛むだろうけど、我慢しろよ」
「いっ、うう…はい…」

止血が終わり、太股にはきつくハンカチが巻かれている。
ユーリさんの膝から足を下ろし、押さえていたスカートを離す。足に触られるのが恥ずかしかったような、傷口に触られるのが痛かったような、とりあえず散々だった。
ユーリさんは止血したわたしの足を眺めて大きなため息を吐き、疲れたように髪をかき上げ、わたしの隣に腰を下ろした。

「とりあえず、少し休んだら船に戻るぞ。俺は治癒術使えねえし、お前がそんなんじゃな」
「はい…。すみませんでした、足を引っ張っちゃって……」
「斬ったのは俺だろ、そんな顔すんな」

そう言って、頭を乱暴に撫でられる。その手付きに優しさを、遠慮を感じたのは、彼の中に罪悪感があるからもしれない。
足手まといになったわたしが悪いのに。いつもなら皮肉げな言葉がかけられるだろうに、ユーリさんは何も言わない。
自然と静かになるわたし達。さっきまで聞こえていた魔物の声も、今では鳥の囀りだけしか聞こえない。
土と、水と、木と、それから血の匂い。
貧血のせいか、頭がぼんやりとする。どうやら眠気が襲ってきたようだ。だからと言って、このまま寝るわけには。

「ところで、」

ふと、霞む視界に腕が横切った。その腕はそのままわたしの顔のすぐ横に手を着く。瞬きをして靄を散らし、見上げれば。

「おんぶか、お姫様抱っこ。好きな方選んでいいぜ?」

そうわたしを見下ろして言ったユーリさんは、いつも通りの皮肉げな笑みを浮かべていた。





コンフェイト大森林で流血沙汰を起こしたのも二回目なら、ユーリさんに背負われて船に戻るのも二回目だった。
光の速さでおんぶを選んだわたしに不満そうな顔をしながらも、ユーリさんはわたし背負ったまま歩いている。

「…重くないですか?」
「背負って歩ける重さだから気にすんな」

フォローされているようなされていないような。今日の夕食、少し減らしてもらおう。
複雑な思いのまま、ユーリさんの肩に置いた手を見つめる。危ないから首に回せと言われたけど、さすがにそうしたら完全にくっついてしまうので出来なかった。
そういえば前の時も、こうして頑なに手を置くだけにしたなあ。そう思い出しながらコンフェイト大森林の景色を眺める。ああ、もうすぐ出口だ。
生い茂る木々が途切れ始めた頃、陽光の眩しさに目を細める。ふと、ユーリさんが足を止めた。

「ユーリさん?どうかしました?」
「ナマエ、下ろすぞ」
「え?あ、はい。やっぱり疲れましたか?」
「そうじゃねえ。とりあえず一回下ろすぞ」

屈んだユーリさんの背中からそろりと下りる。止血をした足で地面を踏めば、鋭い痛みが走って、思わず上げかけた悲鳴を口の中で殺した。
ユーリさんはそんなわたしに気付いたのか気付いていないのか、わたしを背負ったまま手に下げていた剣を肩にかける。
どうしたんだろうと首を傾げるわたしに向き合ったユーリさんは、ふと腰を折り、わたしの肩と膝の裏に腕を回して、そして。

「きゃあああ!」
「っ、おい!耳元で叫ぶな!」
「さっ、叫びますよ!やだ、下ろして!下ろしてくださいー!」

そのまま持ち上げられれば、そう、お姫様抱っこというやつだ。
足の痛みもなんのその、下ろせ下ろせと喚くわたしに呆れたような顔をしたユーリさんは、まるで頭突きのように、というかこれは頭突きだろう。ごつんと音を立てて額と額を合わせた。
痛みより何より、近すぎるユーリさんの顔。あまりに近すぎて逸らすことも出来ない瞳。耳に掠めた黒い髪。はくはくと、口を開いては閉じてを繰り返すわたしに、ユーリさんは言い聞かせる。

「あのな、これから街に出るだろうが」
「はっ、はい…!」
「おぶったままだと、スカートの中見えるぞ」
「…あっ、」

慌ててスカートを押さえる。けれど膝裏に回されたユーリさんの腕が、さりげなくスカートを押さえてくれていた。
ほっとしたのも束の間、ユーリさんはわたしをお姫様抱っこしたまま歩き出す。
初めてのお姫様抱っこ、緊張と羞恥心が否応なしに込み上げる。仕方ないとは言え、きっとこのうるさい心臓の音もユーリさんに伝わっているのだろう。
土と、水と、木の匂いが遠退いていく。
街に近付いていくのがわかり、胸の前で組んでいた手で顔を覆う。こうしていれば、少なくとも顔は隠れるだろう。
耳まで熱く火照る感覚に思わずため息を零すと、頭上のユーリさんが笑う声が聞こえた。

「そんなんじゃ隠せねえって。隠すんだったら、こうしろよ」

肩に回された腕に強く力が込められる。ぐい、と上半身を引き上げられ、ちょうどユーリさんの首元に、わたしの頭が収まった。

「…えっ、ええええ!?ちょ、あの、あの!?」
「だーかーらっ、耳元で叫ぶなっての!」
「叫びます叫びます叫ばない方が無理ですって!やっ、ちょっと!近い!近いですってばー!」
「あーもう、黙れって。ほら、そろそろ街に入るぞ」
「うわあああ!」

ちらちらと人の姿が見えてきた。わたし達の方を見てはひそひそキャーと話している。いたたまれない、すっごい恥ずかしい。何これ死にたい。
もうなるようになれ、とユーリさんの首元に顔を埋め、そのままついでとばかりに、その首に腕を回して抱きついた。こうすれば隙間もないから顔も隠せるし、何も見えない。微かに聞こえる足音に込み上げる恥ずかしさだけがわたしを苛む。

「も、もうやだ…!ユーリさんの馬鹿、嫌い!」
「運んでやってるっつーのに何だよ、それ」
「元々はユーリさんのせいじゃないですか!」

お互い、さっきとは全く反対のことを言い出す。
二度あることは三度あると言うけれど、もうこんなことは起きませんように。ユーリさんの首元に顔を埋め、わたしは大きくため息を吐いた。



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