付き合え、と言われて。首を傾げながら依頼ですか、と返してみれば。
リヒターさんに鋭く睨まれた。

「えっ、あ、もしかして買い出しですか?」
「違う」

更にきつく睨まれた。うっかり土下座したくなる恐ろしさだった。
リヒターさんの眼鏡の奥の瞳が細まるごとに、ただでさえ蟻のように小さな心臓が縮んでいくようだった。
腕を掴まれる。飛び上がるわたしに構わず、腕を引いたリヒターさんはわたしの頬にかかった髪を払う。間近に迫った端正な顔に驚く暇もなく、リヒターさんの手がわたしの視界を閉ざした。
何かが唇に触れたと同時に、何かが口の中へ入り込んでくる。悲鳴を上げることも出来ずに固まったわたしの歯列をなぞるように割り、上顎に触れ舌を絡ませる。
そうだ、これ、リヒターさんの舌だ。気付いた時には、彼の舌が触れた場所から沸き上がる奇妙な感覚に翻弄されていた。
キス、そう、キスをされたんだ、わたし。
ゆっくりと舌が引き抜かれ、唾液の糸がぷつりと切れた。

「付き合え」

さすがにもう、意味がわかる。
呂律の回らない舌で、はい、と答えた。





「か、可愛い…!」

思わず声をそう上げたわたしに、びくびくとしていたエミルさんが驚いた表情をした。
エミルさんの脚に引っ付き離れない、マンドラゴラ。そう、魔物だ。けれど、すごく可愛い魔物なのだ。

「えっ、えっ、この子、どうしたんですか?」
「い、依頼でラングリースに行ったんだけど…。何か、好かれちゃったみたいで…」

エミルさんは何故か、魔物に好かれる。実はこういうことも何度かあったけど、彼も首を傾げていたのだ。
わたしが目を輝かせていれば、苦笑いを浮かべたエミルさんがマンドラゴラを促す。マンドラゴラはわたしをじーっと見つめると、恐る恐るといった様子で、スカートの端を握りしめた。

「珍しいね。僕にはよく懐いてくれるけど、マルタとかが触ろうとすると嫌がる魔物も多いんだ。やっぱり、ナマエがディセンダーだからかな」
「し、幸せ…」

ディセンダーに生まれてよかった、ありがとう世界樹!
結局気の済むまでマンドラゴラと遊び大満足なわたしは、ラングリースへマンドラゴラを送り届けるエミルさんに手を振って船へ戻ろうと甲板を見上げた。





彼と会う時はいつも偶然のようなものなのに、何故か引き込まれる部屋は薄暗く、誰もいない。
さっきだって、そろそろ夕食かなと食堂に行こうとしていた時、リヒターさんに遭遇し声を上げる暇もなく、そのままこの部屋へと引っ張り込まれたのだ。

「っちょ、ん、リ、リヒターさ…!」

リヒターさんのキスは、ねちっこい、らしい。
わたしはもちろん他の人とキスなんてしたことはないし、比べる対象もいないからわからないけれど、たまたま彼とのキスを目撃したジュディスさん曰く、彼のキスってねちっこいのね、らしい。あの時は爆発したくなった。
つまりリヒターさんのキスはねちっこくて、でも何だか、今日のキスはわたしでもわかるほどにしつこい。
息が続かない、さすがに死んじゃう。というか、これ、何か危ない雰囲気じゃないのか。

「ん、んう、……っ!」

リヒターさんの舌が触れる場所に伴う快感。それは否応なしに身体を熱くさせる感覚で、それは彼に教えられたものだ。
その快感に翻弄されている最中に、彼の手が服の隙間から入り込みお腹を撫でていることにようやく気付いた。

「…っちょ、と、待ってください!」

力を振り絞り、リヒターさんの肩を押さえる。
別にリヒターさんにとってわたしの抵抗なんてどうとでもなるだろうけれど、わたしも引き下がるわけにはいかない。
少し唇が離れた瞬間に、口を押さえてリヒターさんを睨み上げる。不機嫌そうに眉を寄せた彼は今でも恐ろしいけれど、それも恋人として付き合う前ほどじゃない。

「い、いきなりはやめてくださいって、わたし、何度も何度も言ってますよね!?」

リヒターさんは馬鹿にするように鼻を鳴らし、自分の肩に置かれたわたしの手を外す。
わたしの話を聞かないどころか、何も言わない。つまり、リヒターさんがとてつもなく不機嫌な証拠だ。
あっさりと片手で纏められた両手に青ざめる。
そしてこういう時のリヒターさんは、十中八九、わたしのせいで不機嫌なわけで。つまり知らずの内にその原因となってしまったわたしは、これから地獄を見るわけで。

「ま、待って!待ってくださいリヒターさん!」
「うるさい、耳元で喚くな」
「うるさ…!」

思わず絶句しているその隙に、拘束された両手を引かれ壁に押し付けられる。マットレスのないベッドに押し倒されるよりマシかもしれないと思うわたしは、大分色々なものを諦めた。
リヒターさんの顔がわたしの首元に埋まる。そうして首筋に落とされる唇に身体を震わせながら、口を開いた。

「こん、…今度は、何で不機嫌なん、ですか…」
「うるさいと言っているだろう。また口を塞がれたいのか」
「…っで、でも、それ、わたしのせい、…なんでしょう?」

ぴたりと、リヒターさんが動きを止めた。
両手は離されないまま、それでもリヒターさんは体の力を抜いて、まるで疲れたかのように、呆れたかのように、深く深く息を吐いた。
静かに両手が解放され、少し躊躇ってから、その背中に添える。

「…お前は、」
「…はい?」
「…お前は、本当に、どんな種族にも平等なんだな。例えそれが、魔物だろうと」

独り言のように呟かれた言葉に首を傾げ、添えていた手を回す。
途端に落ちる沈黙。彼は寡黙なので普段ならあまり気にならないけれど、今ばかりは居心地が悪くて仕方ない。
しかしふと、気付いた。

「…もしかして、マンドラゴラですか?」

ぴくりと体を震わせた。どうやら当たりらしい。
要は、わたしがさっきマンドラゴラと遊んでいたのを見ていたらしい。そして何故か、本当に何故か、マンドラゴラと遊ぶわたしに腹を立てたようだ。

「な、何でマンドラゴラくらいで…」
「…くらい、だと?」

リヒターさんの眼鏡の奥の瞳が、昏く輝く。
それに比例するように、わたしは顔を青くさせていく。駄目だ、どうやら地雷を踏んだらしい。
再び両手を捕られ、噛み付くような苦しいキスをされる。唇を食み、舌を噛んで、息継ぎすら許さないキス。酸欠と快感に震える体が崩れないでいられるのは、リヒターさんがわたしの両足の間に自分の足を入れているからだ。
飲み込めない二人分の唾液が、顎を伝っていく。

「はあ…っ!ん、ふっ、も、やだあ…、リヒターさん、離して…!」

リヒターさんの手袋をした親指が乱暴に顎を伝う唾液を拭う。そのまま顎を掴まれ、強引に上を向かされる。
リヒターさんは眼鏡の奥で、静かに目を細めた。寄せられた眉が痛ましげで、胸が痛む。

「…俺に流されただけのお前は、分からないだろうがな」
「い、いたっ」
「魔物は疎か、人間も、精霊や世界樹にだって、俺はいつでも嫉妬しているんだ」

強引に腕を引かれ、マットレスもないベッドへと引き倒される。強かに打ち付けた背中が痛くて体を起こそうとすれば、すぐにリヒターさんがわたしの上へ跨がった。
薄暗い部屋を舞う埃が、きらきらと輝いて見える気がする。
せめて鍵くらいかけさせてほしいなあ、と思いながら、服の隙間から入り込む手に震える。
そんなわたしを見下ろすリヒターさんは、まるで馬鹿にするように、嘲るように、口元に弧を描いた。

「そうだ。そうやって、俺に流されてしまえ」

あのキスに、流されたことは否定しない。
それでも、最後にその背に腕を回したのは、わたしだから。
今なら、そう、きっと。
付き合え、と言われて、すぐにはい、と答えられるくらい、あなたのことが好き。



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