わたしに抱きついたまま眠るラザリスを起こし、まだ寝ぼけ眼の彼女の着替えを手伝って、わたしも慌てて着替えて身嗜みを整える。そのままカノンノと二人でラザリスと手を繋ぎ、食堂に行く。好き嫌いばかりで偏食なラザリスを叱ったり褒めたりしつつ何とか食べさせ、食べ終わったラザリスの頭を撫でる。
そしてラザリスと一緒に依頼に出て、わたしは魔術を使うこともなく終わってしまう。ラザリスがわたしに近付く魔物達を全て蹴散らしてしまうからだ。褒めてほしそうに胸を張るラザリスに、とりあえずまた頭を撫でてあげた。
依頼を終えて帰って来たらまずうがいと手洗いをさせて、それからまた手を繋いだまま食堂に行ってご飯を食べて、そのままお風呂。不思議な色をしたきれいな髪を丁寧に洗ってあげて、一緒に百を数えて。
髪を拭いて掛け間違えていたパジャマのボタンを直してあげて、眠そうに目を擦るラザリスの手を引いて部屋に戻る。先に部屋に戻っていたカノンノがベッドを整えていてくれたので、そのままラザリスと一緒にベッドに入った。
明かりを消して少し経てば、甘えるように抱きついて擦り寄ってくるラザリスの背中を撫でる。
そうして一日が終わり、また新しい一日が始まるのだ。

「…何ていうか、まるで親子みたいだよね」
「………うん…」

確かに子供のようなラザリスは可愛いし、母性愛みたいなものに目覚めかけているけれど、さすがに、こんな生活を続けるのは疲れる。
真っ暗な室内でも、わざわざわたしを心配して顔を覗き込んでいるカノンノの顔はわかる。安らかな寝息を立てて眠るラザリスに抱きつかれながらも苦笑いを浮かべれば、カノンノは寂しそうに眉を下げた。

「何か、寂しいな…」
「え?」
「ラザリスに、ナマエが取られちゃったみたい」

照れたように笑ったカノンノに、思わず胸がときめく。これはあれだ、変な意味じゃない。芽生えかけの母性愛が疼いているのだ。
このベッドは大きいし、わたしとラザリスの二人が寝ていてもまだ隙間はある。
眠るラザリスに心の中で謝りつつ、少しだけ壁際へと寄せる。カノンノが寝れるだけのスペースを確保して毛布を捲れば、聞くまでもなくわたしの意図を理解したカノンノが、嬉しそうに瞳を輝かせてベッドに潜り込む。
自然と握り合った手は、温かい。

「やっぱり私、ナマエのことが一番好き」
「ロックスさんは?」
「ロックスも一番、ナマエも一番なんだよ」
「そっか。…わたしも、カノンノが一番好き」

静かに、声を殺して笑い合う。
その声が途切れ、寝息と変わるのに、そう時間はかからなかった。





ラザリスの様子がおかしくなったのは、その次の朝からだった。
今まではあんなにべったりだったのに、とにかくわたしから離れようとする。あからさま過ぎてみんながちらちらと窺ってくる。申し訳ないけど、わたしにも理由がわからないのだ。

「ねえナマエ、さすがにこれは問題だと思うの」
「…で、ですよね…」

そしてついには、わたしと一緒に依頼に行きたくないと言ったらしい。
アンジュさんに呼び出されそれを教えられたわたしは、さすがに落ち込んだ。これは泣いてもいいかもしれない。

「理由がわからない以上は、一度話し合ってみるべきだと思うわ」
「…はい…」
「そんな泣きそうな顔しないの。ラザリスのことだから、きっと大丈夫」

笑顔のアンジュさんに背中を押され、食堂へ移動する。中を覗けば、チェスターさんの隣で昼食を食べているラザリスがいた。
ラザリスはわたしを除いてはどちらかというとつんけんした態度ばかりだけど、アドリビトムのみんなはそんなの気にしない。特にチェスターさんはわたしと同じように世話を焼いてくれている。
ちらちらと中を窺うわたしに気付いたのか、チェスターさんが手招きをする。ラザリスはまだわたしに気付いていない、今がチャンスだ。

「ラザリス!」

わたしの声に、ラザリスが顔を上げる。あの子の赤色の瞳を見たのは久しぶりな気がした。
チェスターさんを始め、食堂で昼食を取っていたみんながわたしを見る。それに構っていられるほど落ちついてなんていられない。ラザリスの元に駆け寄り、逃げないように手を取った。

「ラザリス、どうしてわたしを避けるの?わたし何かした?」
「…別に」

久しぶりに聞いた声は、今まで聞いたこともないような冷たい声だった。
ラザリスは出会った頃からわたしにべったりで、自惚れでもなくとてつもなく好かれていることはわかっていた。
だから、こんな声は始めて聞いた。地味に、かなりショックだ。

「別に、じゃわかんないよ。ラザリス、わたしが何かしたなら謝るから、どうしてわたしを避けるのか言って」

食堂が静まり返る。
本当に申し訳ないけど、今を逃したらラザリスと話し合う機会が見つからないのだ。
何も言わないラザリスにもう一度声をかけようと口を開こうとしたその時に、掴んだラザリスの手が震えているのに気付いた。しまった、そう思ったのと同時に、ラザリスが椅子を倒して勢いよく立ち上がる。わたしの手を振り払ったラザリスの手は、机に叩き付けられた。

「ナマエが、ナマエが悪いんだ…!」

ラザリスが感情の起伏が激しく、情緒不安定な性格なのは、一重にこの子がまだ生まれたばかりの子供だからだ。
しまった、と思ったけれど、衝撃のせいで机から落ちそうになっていた昼食のトレーはチェスターさんがさりげなく支えてくれていた。それにラザリスは頑固なので、一度言わないと決められてしまうと本当に言わなくなってしまう。
結果としてよかったのかもしれない。そう思いながら、ラザリスが再び口を開くのを待つ。
肩を震わせ机に涙の跡を残すラザリスの、小さな背中を撫でながら。それに促されたように、ラザリスは嗚咽混じりの言葉を紡いだ。

「…っナマエが、ナマエが…!」
「うん、わたしが?」
「…ナマエが、カノンノが一番好きだなんて言うから…!僕は、僕はこんなに…こんなにナマエのことが好きなのに!」
「うん、そうだね。ごめんね、ラザリス。わたしが悪かっ…………ん?」

あれ、何か、おかしい。
まるで恋に敗れた少女のように泣きながらわたしに抱きついてきたラザリスを抱きしめ返すことも出来ない。
いや、具体的に何がおかしいのかと聞かれると微妙にわからないというか答えにくいというか、うん、おかしい。

「なあ、ナマエとラザリスは喧嘩してたのか?」
「しっ!黙りなさいスタン、これは修羅場よ」

お願いだからルーティさんも黙って。
ルーティさんの問題発言を皮切りに、食堂はにわかに騒がしくなる。三角関係、浮気、二股、エトセトラ。
待って、落ちつこうわたし。つまりラザリスは、あの夜のわたしとカノンノの会話を聞いていた。そしてわたしの一番じゃないことに拗ねて、わたしを避けていた。つまりは、そういうことだ。
蓋を開けてみれば、簡単な話だった。安堵の息を吐き、しかしまずはこの誤解を解こうとさめざめとわたしの肩を濡らすラザリスを引っぺがす。
赤色の瞳が涙に濡れて、白く柔らかい頬に伝い、落ちる。悲しげな表情のラザリスへの、罪悪感が募っていく。けれどそれ以上に、いっそわたしも泣きたかった。

「ラザリス、あの、ちゃんと聞いてね。わたし、ラザリスのことも好きだよ」
「…一番じゃないなら、他は全部同じだよ…」
「違うの。ラザリスのことも、一番に好きってこと」
「…え?」

ラザリスが首を傾げる。
正直に言うとこれがわたしの気持ちなので、説明することは不可能なのだけれど。
不思議そうに涙の溜まった睫毛を瞬かせたラザリスは、自分を指差す。

「…僕のことも、一番に好き?」
「うん、一番」
「…カノンノは?」
「カノンノも、一番」
「………じゃ、じゃあ!それなら、チェスターはどうなんだい!?」
「え?もちろん、チェスターさんも一番に好きだよ」

チェスターさんは照れたような、嬉しそうな顔をしてくれた。
ラザリスは焦ったような顔で、食堂中の人を順番に指差していく。

「スタンも!?」
「うん」
「キールも!?」
「うん」
「ジューダスも!?」
「うん」
「ゼロス!」
「うん」
「クレア!」
「うん」
「ウィル!」
「うん。…あの、もうそろそろ……」
「ジェイド!」
「う、うん。…ラ、ラザリス?もう良くない?」
「ルビア!」
「もちろん。…ねえ、ラザリスってば」
「ユーリもフレンもエステルも、ヒスイもアスベルもシェリアも!?」
「一番に好きです!はい終了!この話終わり!」

放っておけば永遠に続きそうな質問攻めを、無理やり中断させる。
四方八方から突き刺さるような視線にあえて知らないふりをしてラザリスに向き合えば、ラザリスはまた泣きそうな顔をしていた。

「みんなが一番で同じだなんて…。そんなの、僕も一番だろうと嬉しくないよ……」

この子は、わたしのことが本当に好きで。だからつまりは、特別になりたいのだ。好きな人の特別になりたい。その想い自体は、わからないことはない、けれど。
震えるラザリスの両手を優しく包む。本当はこれは言いたくなかったのだけれど、きっとこれが、ラザリスが求める言葉だろうから。

「…でもね、ラザリスとカノンノはちょっとだけ特別なんだよ」
「特別…?」
「一番よりも、ちょっと上。ちょっとだけ特別に好きってこと」

カノンノは、ルミナシアで初めて出来た友達。
たくさん大変な思いをさせて、たくさん酷い言葉を投げ付けたこともあったのに、カノンノは変わらずわたしの親友でいてくれるから。
ラザリスは、わたしの声を聞いてくれた。
本当なら誰にも届かず、力尽きて消えていくだけの声を、拾い上げてくれたから。
だから二人は、ちょっとだけ特別に、好き。

「あとアンジュさんもかな。ルミナシアでの、わたしのお母さん」
「…ちょっと特別にも、僕以外にたくさん人がいるんだね」
「そ、それは、そうだけど…」

どうやらラザリスはちょっと特別じゃ我慢出来ないらしい。完全に拗ねてしまったラザリスは、またわたしに抱きついてきた。ぐりぐりと鎖骨辺りに頭を押し付けられ、痛いし困るしどうすれば。
すると苦笑いを浮かべたチェスターさんが、わたしとラザリスの頭を掻き混ぜるように撫でた。

「わっ、ちょっ、チェスターさん?」
「な、何するんだ!」
「諦めろよ、ラザリス。ナマエの特別なんて、今のお前じゃ無理だ」

ラザリスがチェスターさんを睨み上げる。
チェスターさんはそんな赤色の瞳に動じることもなく、わたし達の頭を今度は優しく撫でた。
それでも鋭く彼を睨み上げていたラザリスは、しかしふと力を抜く。一度だけぎゅっと強くわたしを抱きしめて、離れた。

「…今は無理でも、いつかは、ナマエの特別になれるかな」
「それはお前の頑張り次第だろ」
「ラザリスに何を頑張らせるつもりですか」

この子純粋だから、そう言われたら絶対変な方向に頑張っちゃうでしょうが。わたしの物言いたげな視線にも笑いを返し、チェスターさんはわたし達の頭から手を離した。
わたしがフォローを入れる前に、ラザリスは両手を握りしめる。

「決めた!僕、いつかナマエの特別になってみせる!絶対に!」
「いや、なるって言ってなれるものじゃ…。…うん、まあ、いっか…」

半分諦めたような思いで頷く。まあ、ラザリスの好きなようにさせてあげよう。
再びわたしに引っ付くようになったラザリスが、一緒に昼食を食べようと急かしてくる。はいはいと頷きながら取りに行こうとしたら、すでにチェスターさんが貰って来てくれていた。
席に着き、脱力してラザリスの頭を撫でるわたしを、チェスターさんが満足そうに眺める。どうやら丸く収まったらしいわたし達にほっとしたように、食堂はまた騒がしさを取り戻した。
手を合わせてフォークを取ろうとして、ふと顔を上げる。そういえばと、チェスターさんを見上げた。

「…チェスターさんも、ちょっと特別ですよ」

チェスターさんはわたしに引っ付いたままのラザリスごと、感極まったように抱きしめた。
素敵なお母さんと、優しい親友と、頼もしいお兄ちゃんと、信頼出来る仲間達に、可愛い娘。
痛いくらいの抱擁が、逆に幸せだった。


「ところで、ナマエの特別になるためにはどうしたらいいと思う?」
「それを本人に聞いちゃうんだ…」

そんなラザリスが愛おしくて仕方がないわたしにとっては、もう、ラザリスは特別なのかもしれない。



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