ところで。そう言いながらクッキーを口中に放り込んだイリアさんは、行儀悪く肘をついて探るような目を向けた。

「あんた、スパーダとはどうなってんの?」
「…はい?」

どうって、わたしとスパーダさんの、何がどうなるというのだろう。
思わず首を傾げたわたしに、イリアさんは呆れたようにため息を吐いた。

「順風満帆なお付き合いしてます、ってなワケ?つまんなーい!」
「えっ、え、ええ!?」
「そろそろ付き合い始めて三ヶ月っしょ?面白そうなイベントとか起きてないの?」
「イ、イベントって、別に、そんな…!」

スパーダさんとお付き合いを始めて、もう三ヶ月が経つ。
ルミナシアとかジルディアとか、ディセンダーとか地球とか、そういう問題がある程度片付いて、漠然とこれからどうやってこの世界で生きていこうと考えていた時、彼の方から告白してくれた。
何だかんだとわたしも彼に惹かれていて、そのままお付き合いを始めたのだ。

「昨日はデートだったんでしょ?何かあった?」
「な、な、何かって…!別に、いつも通り一緒にご飯食べて…買い物したりしただけです…」
「アンジュには言っておくから、外泊してくればよかったのにぃ〜」
「が、がっ、外泊!?」

イリアさんのからかうような、というか確実にからかわれているのだけれど、とにかくその問題発言には飛び上がるしかなかった。
どうやらそんなわたしがお気に召したらしいイリアさんは、唇を楽しげに歪ませる。

「何よ、もう付き合って三ヶ月でしょ?そろそろそういうこともあっていいんじゃな〜い?」
「あっ、ありません!そんなの全然、一切してませんから!!!」
「はあ?…もしかして、あんたらまさか、そういう雰囲気にすらなってないとか?」
「そういう雰囲気どころか、まだキスだって…」

しまった。そう思って口を押さえた時はもう既に遅く、机から身を乗り出したイリアさんは、眉を釣り上げてわたしの肩を掴んだ。

「嘘でしょ!?あのスパーダよ、スパーダ!」
「スパーダさんは意外と紳士なんです!」
「し、信じらんない…!まさかキスすらしてないなんて…!」
「…べ、別にいいじゃないですか…。そういうことは、わたし達のペースで…」
「だからって、あんた。もう三ヶ月よ?三ヶ月も恋人してて、その間キスも何もなしってどういうことよ」
「…ううっ」

実を言うとわたしも、ほんの少しだけ、気にしてはいたのだ。
スパーダさんは何というか、付き合う前から思っていたけれど、思春期の男の子らしい言動が多くあった。でも実際に付き合い出してみると、彼と二人きりで過ごしている間にそういうことは一切ない。
本当に、ぶっきらぼうだけど紳士なのだ。スパーダさんがただの不良ではなく、貴族の末息子だと改めて思い知らされるくらいには。

「スパーダってば意外と奥手ねえ…。こうなりゃあんたが積極的になるしか、関係が進展しないんじゃない?」
「わ、わたしが!?」
「そうよ。そうと決まればすぐにスパーダ呼んで来るわ!」
「ちょ、ちょっと待ってイリアさ…っ」

爛々と目を輝かせたイリアさんは、部屋にわたしを残して走り去って行った。
話してはいけない人に、話してはいけないことを話してしまった。
スパーダさんと付き合い始めた当初、それはもう悪い笑顔を浮かべた彼女にこれでもかといじられまくったのを、おかげでバンエルティア号内でスパーダさんと一緒にいることだって出来なくなったのを、忘れていないはずなのに。
イリアさんを止めようと立ち上がったままだったので、ため息を吐いてから椅子に戻る。すっかり冷めた紅茶を飲み干してから、イリアさんが残していったクッキーをかじりわたしも行儀悪く机に両肘をつけた。
依頼に出ているはずのスパーダさんが見つからずに諦めて帰って来るまでどうしようか。二枚目のクッキーをかじると同時に、扉が開く音がした。
イリアさんにしては随分と早く諦めてくれたなと思いつつ、クッキーをくわえたまま振り向けば、そこにイリアさんはいなかった。ぽろりと口からクッキーが零れる。

「ス、スパーダさん!」
「何だよ、お前ここにいたのか。依頼も受けてないっつーのに、部屋にもいないからびびったぜ」
「えっ、や、イリアさんとお茶会してて…」
「イリア?…そういや、何か船内走り回ってたけど。あいつ、お前を放り出して何してんだ?」
「ぜ、全然何でもないです!」

ギリギリセーフ。どうやらイリアさんはスパーダさんに気付かなかったらしい。
あからさまに安堵のため息を吐いたわたしに、スパーダさんは首を傾げつつ帽子を外した。それをわたしに被せると、そのまま抱き寄せられる。
甘えるように首元に顔を埋められるのが、相変わらずくすぐったくて身をよじる。その拍子に帽子は落ちてしまったけど、わたしはそのままスパーダさんの背中に腕を回した。

「おかえりなさい」
「おう、ただいま」
「お茶飲みますか?」
「頼むわ」

最後に一度、ぎゅと強く抱きしめられて、離される。彼の体温が感じられない寂しさを味わいながら、イリアさんが座っていた椅子を引きずってわたしのすぐ隣に移動させて腰を下ろしたスパーダさんにお茶の用意を始める。しかしその手を、スパーダさんに取られた。
首を傾げるわたしにその手を取ったまま座るように促し、とりあえず促されるまま、彼の隣に座った。

「スパーダさん、お茶はいいんですか?」
「いいから、そこ座ってろよ。疲れてんだ」
「は、はい」

スパーダさんの緑色の頭が、わたしの肩に寄りかかる。朝早くからの依頼だったからか、どうやら本当にお疲れらしい。
柔らかい緑色の髪に指を通し、撫でる。

「疲れてるなら休みますか?わたし、部屋出ますよ」
「いいっつてんだろ…。黙ってそこいろよ」
「ご、ごめんなさい…」

不機嫌そうな低い声に、慌てて髪を撫でていた手を引き抜いた。
疲れているのにうるさかったかもしれない。気まずい沈黙を味わいながらどうしようかと思っていると、スパーダさんの髪を梳いていた手を握られた。
驚いて肩に頭を乗せたままの彼を見れば、緑色の髪から除く耳が林檎のように、染まっている、ような。

「…ナマエがいるだけで十分だから、ここにいろって言ってんだよ」

言わせんな、と続けてそう小さく呟いたスパーダさんの言葉を理解出来たのは、握られた手の指が絡められたあとで。
スパーダさんに負けず劣らず真っ赤になっているであろうわたしは、込み上げてきた不思議な衝動を初めて知った。
キス、したい。
わたしの視線に気付いたのか、スパーダさんがちらりと視線を向ける。その頬も耳と同じく真っ赤で、わたしも釣られるように更に赤くなる。
ふとわたしの肩から頭を上げたスパーダさんは、おもむろにそっと、頬に触れるだけのキスを、くれた。
思わずスパーダさんから逃げるように飛び退き、頬を押さえたわたしを追って、スパーダさんは身を乗り出す。

「ナマエ、」
「えっ、なん、何で、」
「こっち向けよ」
「ちょ、ちょっと待ってスパーダさ、っ」

肩を掴まれ、反対側の頬にもキスをされる。
椅子から落ちそうなくらいのけ反ったまま、わざわざリップノイズを立てて離れた唇を、スパーダさんを見る。
相変わらず頬を赤く染めたまま、それでも彼は、意地悪い笑みを浮かべてみせた。

「イリアから聞いてる。…そんで、そろそろキスくらいしてもいいだろって、思ってな」
「な、何、それ…」
「…別に、お前が嫌っつーなら、もう少し待ってやるけど」

拗ねたような表情をしたスパーダさんは、静かに体を起こす。のけ反った体制から解放されたわたしは、そんな顔のままクッキーに手を伸ばし口に放り込んだスパーダさんに、思わず手を伸ばす。
そのままスパーダさんの肩に腕を回し、まだ微かに赤いスパーダさんの頬に、キスをする。

「な、おまっ、いきなり何す…っ!?」

今度はスパーダさんが飛び上がる番だった。
衝動のままキスなんてしてしまったわたしは、真っ赤な顔を隠すように飛び上がったスパーダさんに抱きついたまま、その首元に顔を埋める。

「い、嫌じゃないですから…もっと、もっと、」

キスしてください、なんて、さすがに言えないけれど。
本当はずっと不安だったから、嬉しかったのだ。
スパーダさんが静かにわたしの体を離す。もしかして嫌われたかなと息を詰めると、もう一度頬にキスをされる。
耳元を掠めるように唇が離れ、小さな声で囁かれる。

「目ェ、閉じろ」

一度だけ大きく目を見開き、すぐに固く目を閉じる。
閉じる間際に目に入ったスパーダさんの喉元が瞼の裏に焦げ付き、離れない。いよいよ、だ。
スパーダさんに手を取られる。そのまま指が絡み合い、彼の吐息を間近で感じて、そして。
がちゃり。

「…ああ、邪魔したな」

扉を開けたのは、リカルドさんだった。
そういえばこの部屋はイリアさんとルカさんと、リカルドさんが暮らしている部屋で、ノックもせずに入って来れるのは、彼がこの部屋の住人だからで。
固まるわたし達に構わず部屋に踏み入り、ライフルの手入れをする道具箱を取って踵を返す。
しかし扉を開けて、ふと足を止め振り返った。

「ミルダとアニーミには言っておいてやる。どうぞ、ごゆっくり」

その嫌味たっぷりな笑みと言ったら、もう。
リカルドさんは楽しげに肩を震わせたまま去って行った。
扉と、ご丁寧に鍵までも閉まる音がした。

「……最悪だ、あのオッサン…!」
「…………日を、改めましょうか…」

お互いの首元に顔を埋めて、湯気が出そうなほど赤くなった顔を隠す。
スパーダさんに痛いほど抱きしめられたまま、彼とわたしの鼓動が重なり合うのを、ただ聞いていた。
それがきっと、わたし達のペースだから。



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