ガルバンゾの首都は、わたしが今まで見てきた街や村とは何かが違った。
それは大きなお屋敷が軒を連ねて並ぶ光景だったり、馬車とすれ違う人達の服装だったり、駐在する騎士の豪奢な鎧だったり、整備が行き届いた庭だったり。
文字通り田舎から出てきたわたしは馬車の窓から目を輝かせてそれを眺めていたのだけれど、隣に座るエステルさんが同じように目を輝かせていたことが、何だか不思議な気分だった。

「すごいですね、さすが首都って感じ…!」
「大国ガルバンゾの首都だからな、普通の首都とは違うさ」
「あっ、ナマエ!あそこですよ、あそこの道から下町に入れるんです!」
「下町?」

お店が並ぶ大通りの隅にある、逆に全く整備されていない風の煉瓦作りの大きな道。そこを駆けて行く子供達は、大通りを親に手を引かれて歩く子達より質素な服を着ていた。
下町って、確か。記憶を辿るわたしの正面に座るフレンさんが、小さく微笑んだ。

「僕とユーリが育った所だよ。聞いたことなかったかな?」
「…ああ!ユーリさんに聞いたことがあります」
「私が星晶採掘場の異変を調べたくて城から抜け出した時も、あの下町でユーリと出会ったんですよ」

懐かしそうに語るエステルさんに、フレンさんが何だか複雑そうな顔をした。
馬車が静かに速度を緩める。エステルさん、クロエさんと一緒に窓の外を窺えば、立ち並ぶ屋敷達の中でも一際大きな屋敷の門が静かに開いた。
馬車はまるで吸い込まれるように、その門を潜っていった。





「お久しぶりでございます、エステリーゼ様」

乗った時と同じように、クロエさんに手を取られ馬車を降りた。
そこでわたし達を出迎えくれたのは、豪奢な甲冑に身を包んだ白い髪の、壮年の男の人。切れ長の赤い瞳を柔らかく細め、丁寧に一礼したその人にエステルさんが嬉しげな声を上げた。

「アレクセイ!はい、本当にお久しぶりです!」
「ご健勝のようで何よりです。このアレクセイ、心配で夜も眠れない毎日を過ごしていました」
「も、もう…アレクセイは大袈裟です…」

拗ねたように頬を赤らめたエステルさんにその人は丁寧に謝りながらも、どこか砕けたように親しげな雰囲気だ。
見た目とか、豪奢な甲冑とか、この大きな屋敷とかが威圧的で少し怖かったけれど、本人ないい人なのかもしれない。
エステルさんに微笑みかけるその人を眺めながらそんなことを思っていたら、ふと、その人の赤い瞳がわたしを捉えた。

「ナマエ・ミョウジ君にクロエ・ヴァレンス君だな」
「は、はい…!」
「お初にお目にかかります、アレクセイ殿」
「あっ、…は、初めまして!」

慌てて取って付けたように挨拶したわたしに、隣に控えていた見慣れない甲冑の騎士が小さく吹き出した。
フレンさんとアスベルさんはもう既に顔を隠せるようにと親衛隊とやらの甲冑に身を包んでいるのでどちらがどちらだかはわからないけれど、多分声的にアスベルさんだ。恨みがましくその騎士を睨めば、まだ笑いを零しながらも小声でごめん、と謝られた。
そんなわたし達を、その人は微笑ましげに眺めていた。

「君達には、エステリーゼ様を始めとしてフレンやアスベルまでお世話になっている。ガルバンゾ国騎士団長として、礼が言いたい」
「そんな、騎士団長直々にお礼を言われるようなことは…」
「そ、そうですよ。むしろお世話になってるのはわたし…」

って言うか、あれ、騎士団長?
その肩書きに呆気に取られるわたしの手を、その人は優雅に自然な仕草で取った。

「改めて、ガルバンゾ国騎士団長のアレクセイ・ディノイアだ。今回はよろしく頼む」





騎士団長と王女様なら、やっぱり王女様の方が地位が上だし偉いってことはわかっているけれど。アレクセイさんとエステルさんなら、確実にアレクセイさんの方が迫力がある。

「それでは、打ち合わせを始めようか」

アレクセイさんのお屋敷に通され、すっかり護衛騎士になりきっているクロエさんにエスコートされつつ、前を行くアレクセイさんにエスコートされるエステルさんの後を追った。
わたしはクロエさんにエスコートされているだけでどぎまぎしているというのに、彼女はさすが、エスコートされ慣れている風だった。エステルさんすごい。
豪華な応接間に腰を落ちつけるも、まあ気持ちが落ちつくはずもなく。

「エステリーゼ様とナマエ君は、田舎から出てきた私の遠縁の姉妹と言う形で潜入」
「は、はい…!」

今更ながらに、緊張感が込み上げてきた。
アレクセイさんはガルバンゾ国内でも一位か二位を争うくらいの大貴族の当主様で、しかも騎士団長。潜入のためとは言えど、そんな方の遠縁になるのだ。緊張しないはずがない。

「クロエ君は二人の護衛騎士として潜入。フレンとアスベルは、親衛隊として殿下方の様子を探りつつ、エステリーゼ様を支援するように」
「はい!」

フレンさんと言いアスベルさんと言い、クロエさんまでもがすっかりと騎士の顔をしている。
清々しい返事をした彼らに少し驚きつつ、メイドさんに頂いたお茶に口をつけた。わたしはあまりグルメではないけれど、このお茶のおいしさだけは理解出来た。
アレクセイさんとフレンさん達が城の見取り図を広げ、警備がどうとか兵の配置がどうとかを話し合い始めた。
すると、ふと声を上げたエステルさんがわたしの服の裾を引いた。

「ナマエ、ナマエ。ここが私の部屋なんです」
「そ、それってわたしに言っても大丈夫なんですか…?」
「大丈夫です!ね、アレクセイ」
「ええ。エステリーゼ様が国にお帰りになられた暁には、ナマエ君を城にご招待してさしあげたら如何でしょう」
「素敵です…!私の部屋で、一緒にお茶しましょうね!約束です!」
「はい、約束です」

エステルさんと指切りをする。

「その時は、ヨーデルとリチャードも一緒でいいです?」

遠慮がちに聞く彼女に、思わず口元が緩んだ。

「それなら、いつか四人でお茶しましょうね」

舞踏会は、明日の夜だ。


menu

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -