急な話だけど、少し早めにガルバンゾ国入りすることになった。
理由は、前にフレンさんが言っていた協力者の人の都合である。どうやらアレクセイと言う人は、城の関係者で舞踏会にも参加するような身分の方らしい。舞踏会直前は特に忙しいらしく、可能な限り早めに打ち合わせをしたいとのこと。
つまり、予定が早まったわけである。

「ナマエ、いいですの?レディたるもの、常に優雅に微笑みを浮かべていなければなりませんわ。殿方にお誘いされても、身持ちの固い貴族の娘としての振る舞いを忘れないように…」
「ナタリアさん、それ何度も聞きました」
「ええ、何度も言いましたわ」

舞踏会が開かれる城があるのは、ガルバンゾ国の首都。しかし、バンエルティア号を直接首都の港に泊めるのは不可能だろう。忘れがちだが、アドリビトムには王女誘拐犯の濡れ衣を現在進行形で被っているユーリさんが潜伏していると言われているのだ。
そのため、バンエルティア号は首都から遠い場所でわたし達を下ろして、舞踏会が終了した頃にまたやって来ると言うことになった。

「…まだまだ不安は残りますが、ナマエを信じるしかありませんわね…。フレンもフレンですわ。まさかあのアレクセイに協力を取り付けたとなれば、もっと厳しく指導しましたのに」

指導をした者として、最後まで見届けたいのだろう。見送りの挨拶と言うよりお小言のようなことを繰り返していたナタリアさんは、拗ねたように遠くにいるフレンさんの背中に嘆息した。
そんな彼の向こうから、馬車が来るのが見えた。恐らくあれが、アレクセイと言う人からの迎えの馬車だろう。

「ナタリア、ナマエはやれば出来る子なんだから大丈夫よ」
「アンジュさんそれ何か違う…」
「…そうですわね。ナマエは、やれば出来る子ですものね…」

アンジュさんのからかうような言葉は不服だが、ナタリアさんにそう不安そうに言われてしまえば何も言えない。
エステルさんがわたしを呼ぶ声がする。慌てて返事をしつつちらりとナタリアさんを窺えば、彼女は己を納得させたのか、吹っ切れたような笑顔を浮かべた。

「行ってらっしゃい、ナマエ。気をつけてね」
「胸を張って行きなさいな、あなたはもう立派なレディですのよ」

背筋を伸ばして頷けば、ナタリアさんは満足したように笑ってくれた。





さすがにいつも着ているような服でアレクセイと言う方のお屋敷を訪ねるわけにはいかないと、ナタリアさんがそれなりの格好に見えるような服を選んでくれた。
パフスリーブの紺色のワンピースに、胸元を飾るピンクのリボンと、同じ色のもはや履き慣れてしまった靴。少し可愛すぎる気がしなくもなかったが、エステルさんには大好評だった。

「ナマエ、リボンが解けてるぞ」
「あ、すみません」
「今だけは貴族の令嬢なんだ、身嗜みには気をつけろ」

口ではそう言いながら、クロエさんは楽しそうな表情で胸元の解けかけたリボンを直してくれた。
クロエさんは、変装して舞踏会に潜入しなければならないフレンさんとアスベルさんの代わりにわたし達を護ってくれる、言わば騎士の役だ。
彼女は本来大貴族のご令嬢だし、騎士として活躍もしている。舞踏会での作法に剣の腕、両方を身につけている。さすが、アンジュさんが選抜しただけはある。

「クロエ、ナマエ!もう準備は出来たんです?」
「はい、わたしはもう」
「ああ、私もだ」
「良かった、馬車の出発はあと少しだそうです」

駆け寄って来たエステルさんは笑顔だけど、緊張した様子が窺える。
そんな彼女に声をかける暇もなく、馬車の方からわたし達を呼ぶ声が聞こえた。

「準備が出来たみたいです!行きましょう!」

エステルさんはどこまでも明るいまま、馬車へと走って行った。
ぼんやりと、彼女がフレンさんの手を取り馬車に乗り込む背中を眺める。すると、クロエさんがその手をわたしに差し出してきた。

「ほら、ナマエも」
「え?」
「貴族の令嬢は、馬車に乗る時こうするんだ。お手をどうぞ」
「…は、はい」

差し出された手におずおずと手を乗せ、クロエさんに手を引かれて、馬車へと向かう。
彼女は確かに同性なはずなのに、こうして騎士や王子様のように凛としている姿がとても似合う。気恥ずかしいような思いのまま、彼女に手を引かれて馬車に乗り込んだ。
静かに馬車が動き出す。それに緊張したような気配を見せたのは、わたしではなく、エステルさんだった。


menu

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -