わたしの絆創膏だらけの踵を見たフレンさんは、痛ましげに目を細めた。

「血は止まっているみたいだね…。痛い?」
「す、少しだけ…」

一枚一枚、丁寧に絆創膏を剥がされる。その優しい手つきにどぎまぎしていると、ふと、フレンさんが持つわたしの足が、彼の膝に乗せられていることに気付いた。
慣れないヒールの高い靴で靴擦れを起こして動けずにいたわたしをお姫様抱っこで部屋まで運んでくれた挙げ句に、こうして跪づいて手当てまでしてくれるなんて。
本当に、王子様みたいなひとだ。伏せられた金色のまつげが淡い光に透けて、美しい。

「ファーストエイド」
「…あっ、す、すみません!」
「気にしないでいいよ。まだ痛むかい?」
「ぜ、全然!もう痛くないです!」
「それは良かった」

治癒術なんて自分で使えるのに、フレンさんはそう言って、笑顔を浮かべてくれた。
静かに足を下ろしてくれる、その優しい動作だけだって様になる。

「少し休んでいくといいよ。確かお菓子があったはずだから、ロックスにお茶を貰って来るね」
「えっ!そんな、お構いなく!」
「気にしないで、エステリーゼ様の依頼を受けてくれたお礼だ」

フレンさんはそう柔らかく微笑んで、部屋を後にしようとする。慌ててその背中に声をかけようとした時、ドアが開いた。

「ユーリ」
「んあ、フレンか」
「また食べながら歩いていたのか、行儀が悪いと言っただろう?」
「育ちが悪いもんでね。何だ、珍しい。ナマエもいたのか」

ユーリさんは両手に紙袋を抱え、口の端についたチョコを舐め取りながら部屋にずかずかと入って来た。背後のフレンさんが呆れたようにため息を吐く。それが聞こえていないわけはないのに、ユーリさんはどかりとわたしの隣に腰を下ろした。

「何だよ、その何か言いたげな目は」
「や、別に何も…」
「ユーリ、ナマエに絡むんじゃない」
「はいはい」

本当にこの人達が幼なじみとか、信じられない。
ユーリさんは紙袋の中から可愛くラッピングされた袋を取り出し、一口サイズのチョコを口の中に放り込んだ。
ついでとばかりに投げて寄越されたチョコを受け取り、ピンク色の包装がされたチョコを見る。それからフレンさんを窺えば、彼は苦笑して、部屋を後にした。





「ああ、忘れてた」

フレンさんが持って来てくれたお茶と、ユーリさんが買って来たお菓子。
靴を脱いだままのわたしに何も言わないでくれる二人は有り難い。夕方になれば、またナタリアさんとのレッスンだ。拙い動きで彼女に教えられたようにお茶を飲むわたしをフレンさんは褒めてくれた。それに喜ぶわたしを、ユーリさんが妙なものを見るような目で見てきたことは解せないが。
そんな柔らかい空気の中で、ユーリさんが唐突に声を上げた。そのまま紙袋を漁るように探して、お目当てのものを取り出した。

「ほら、あいつから」
「あいつって…ユーリ、仮にも君は…」
「別にいいだろ、俺はもう辞めたんだから」

全く君は、と文句を言いながら、フレンさんはユーリさんから白い便箋を受け取った。
便箋を開けるフレンさんを眺めながら、ふと、その便箋の裏に名前が書かれているのに気付いた。ファミリーネームは難しくてわからないけれど、ファーストネームなら。

「…良かった、協力していただけるそうだ」
「へえ、珍しいな。あいつのことだから、てっきりそんなことよりエステルを返せ、って言うかと思ってたぜ」
「エステリーゼ様のご意志が固いことは伝えてある。その上で、僕やアスベルをここに寄越しているんだ。…でもこれで、不安材料はほぼなくなったかな」

フレンさんは安心したように胸を撫で下ろして、手紙をしまい便箋を閉じた。ユーリさんは小さく鼻を鳴らす。心なしか、不機嫌そうだ。
必死に便箋の文字を辿りながらも置いてきぼりのわたしに気付いたのか、フレンさんは逆に上機嫌な笑顔を向けてくれた。

「今回の依頼について、ガルバンゾ国内での協力をお願いした人からなんだ。良い返事をいただけたよ」
「そうなんですか。よかったです」
「ああ、エステリーゼ様や君の潜入にも手を貸してくださるらしい。本当に心強いよ」

フレンさんは心なしか、誇らしげな顔だ。
それに対してユーリさんは大分不満そうな顔で、間に挟まれたわたしとしては居心地が悪いことこの上ない。
しかしふと、フレンさんがその美しい顔を曇らせた。

「ナマエ、この依頼を受けてくれて本当にありがとう。僕やエステリーゼ様は顔を隠しての潜入になるだろうから、身動きが取りづらいと思う。君のフォローに回りきれないかもしれない」
「そんな、気にしないでください。依頼を受けた以上、わたし、頑張りますから」
「頼もしいけど、あまり気負わないでくれ。エステリーゼ様も、君に無理をしてほしくないと仰っていたよ」

この、靴ずれだらけの踵のことを言われているのだろう。
確かに痛いし、血は出るし、筋肉痛にはなるし、そもそも歩きづらいし、こんな足でダンスの練習とかただの拷問だ。
でも、依頼は依頼。受けると決めたのはわたしだし、エステルさんの、あの嬉しそうな笑顔が忘れられない。

「ま、どうせ一晩だけだしな。貴族様達の記憶に残る失敗くらいしてこいよ」
「しません!」
「大丈夫だよ。僕達は側にいられないけど護衛は別の人に頼むし、何よりこうして、心強い協力者がいるからね」

そう言ってちょっと見当違いのフォローをしてくれたフレンさんは、本当に上機嫌だ。ユーリさんは呆れたように首を振っている。
一体誰なのだろう。アレクセイ、と言う人は。


menu

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -